第3幕ー9 風の向き
シャーロットは劇場へ行った翌日、プレディエール国王の危篤の知らせを聞き国へ帰っていった。その日の朝に知らせが来て、叩き起こされ胸倉を掴まれたのは良い思い出である。
劇場での騒ぎは瞬く間に社交界に広まった。
ある婦人曰く、クラウディオ殿下が連れてきた令嬢は変わっている、と。
またお茶会に招いた婦人曰く、あれがプレディエール式なのね、と。
どうやらお茶会の席でプレディエール国ではいかに自分が凄いのか大いに語っていたそうで、エミリアが将来王妃になるのを不安に感じている人が多い。
アルベルトと出席した夜会ではそのような会話が飛び交っていた。そのせいか、クラウディオを王太子から降ろしてアルベルトを王太子にと考え始めた輩が出始め近寄って来る。
今までずっと見捨てておいて、この変わり様は目を瞠るものがある。お陰で私にアルベルトと釣り合いが取れないから別れるよう親切心で言ってくる夫人も出てきた。やはり5回婚約破棄された痛手というものだろう。
どうせ別れたら自分の娘を宛がうつもりなのだから調子の良いものである。
それらを笑顔で乗り切りつつ頭の中でリストを作成していく。
後で父を通して商会で高額商品を売りつける為である。欲をかきたいのならば、先に物欲を刺激して満たしてあげれば、別れろなんて言っていられなくなる。商会の従業員たちは優秀だから良い品を沢山売りさばいてくれることだろう。
詐欺ではない、これは彼女達にとって必要経費に入るのだから。
とはいえ、あと数か月経って同じことが言えるかどうか。最終的な決定は自分で言葉を発しない王では無く、側妃とブリオネス公爵に握られたままなのだ。
「疲れた?」
「……平気だ」
ぼんやり窓の外を眺めているアルベルトに声を掛けると、少し間をおいて返事が返ってきた。
「今日の夜会で、私はアルに相応しく無いと色んな人に言われたのでしょう?」
「オリビアも言われたのか」
「ええ。エミリア様があちこちでやらかしてくれたお陰で」
「バルバーニー嬢か……」
アルベルトが再びぼんやりし始めたのを見て、あのいわくつきのアクセサリーの事を思い出していた。何度もエミリアに操られているせいか、こうしてぼんやりする事が増えた。
エミリアは1人では物足りない性分なのか、アルベルト以外にも何人か同じような事をしている。
場所は王城の庭や廊下など、あちこちで人目もはばからずだ。そしてブリオネス家の嫡男であるマルコスも含まれており、ナタリアを本当に怒らせ婚約解消は目の前だったりする。
私が目を瞑っていられるのはシャーロットが必ずこの国へ来ると思っているからだ。プレディエール国で起きた婚約破棄騒動を完全に終わらせるために、シャーロットは来なければならない。
「改めて言っておくが、婚約は解消しないからな。誰が何と言おうとだ」
「分かっているわ」
あえて言葉にしてくれるのは、ここ最近のエミリアとの事もあるからだろうし、マルコスとナタリアの事も耳にしているせいかもしれない。
原因は分かっていても対処する為の物は制作中である。
「私はアルを信じているから」
微笑みながら答えるとアルベルトは少し辛そうな表情を浮かべた。
屋敷に戻ると珍しく父から呼び出しがかかり書斎へ行く。
椅子に深く座り葉巻を吸う父を前に何を言われるのだろうとソワソワする。父はおもむろに懐中時計を取り出して時間を確認し立ち上がった。
「どこへ?」
「ちょっと着いてきなさい」
本棚を動かして現れたドアを開けて入っていく父の後について行く。この部屋へ自由に出入りする事が出来るのは当主だけだ。部屋の存在は知っていても1度も入った事が無かった部屋へ足を踏み入れた。
薄暗い部屋の中には大きな額縁がいくつも壁に掛けられているが、額縁の中に絵画は1つも入れられていない。部屋の中央には1人掛けのソファーとこれまた大きな鏡が1つ。父はソファーに座ると鏡の縁に触れた。
≪待っていたよファウスト≫
驚くことに何も入っていない額縁の中に人の姿が現れて喋ったではないか。沢山ある額縁の1つだけ、黒髪で金色の目をした父と同じ年齢くらいの男性が肖像画のように納まっていた。
「待たせたなアシュリー」
≪わざわざ今日を指定してくるなんて性格が悪いね≫
「どうせ簡単に終わらせられるだろう」
≪まあな。で、そちらがオリビアかね?≫
「ええと、初めまして?」
≪初めまして。アシュリー・クロウだ。シリルが世話になっている。 今日君をここへ連れてきてもらったのは他でもない、君がシリルを通じて送ってきたシナリオの結末を伝えたくてね≫
ニコリとアシュリーと呼ばれた人は微笑んだ。
父は私に黙って何をしたんだ? と言いたそうな視線を向けた。
≪結果はシャーロット王女が次の王に決まったよ。こちらでも計画はしていたけれど、こういう事は遺恨を残さないよう穏便に進めるべきだろう。なのに君はかなり過激な方法を送ってきた。それは何故なのか聞いても?≫
「何故と言われても……早々に終わらせた方がこちらの問題も早く片付けられるからです。エミリア・バルバーニー様にはプレディエール国へ帰って頂きたいですし」
≪…………? ああ! あの!≫
名前を出すとアシュリーは誰なのか思い出せないようだったが、すぐに思い出したようで手をポンと打った。
≪そういえばいたね。婚約破棄騒動の後、確かにベラーク国のクラウディオ王子と同時に居なくなったのは分かっていたけれど、そうかまだ一緒にいるのか≫
「その様子だと上手く罪を付けることが出来たようですね」
≪陛下を害しようとした罪でね。シャーロット王女が居ない今なら陛下に何かあれば、次の王は貴方でしょうねと言っただけだが……それから君の指示通り陛下の水差しに毒を入れて倒れてもらった。解毒剤のある毒だからすぐに一命は取り留められた。君のシナリオ通りにね≫
そして父親が危篤と知りシャーロットは急ぎ国へ帰り、原因は毒である事、国王を害する理由があるのはシャーロットと伯爵夫人だが、シャーロットは国に居なかった。婚約破棄騒動の事もあり、彼女には味方が少なく叔母である伯爵夫人に疑いの目が向く。
ひとまず余計な手出しが出来ないように出来れば上々だ。とぼけようが、沈黙を守ろうが、エミリアが身に着けているアクセサリーが何か分かれば後は勝手に想像されて伯爵夫人は罪に問える。
≪まだ落ち着いてはいないが、ひとつ区切りは付けられた≫
「良かったですね」
≪何故陛下の命を危うくさせる必要があった? 証拠ならば少しずつだが集められていた≫
「必要ならありますよ。その方が劇的ではありませんか」
婚約破棄の後に叔母の裏切り。シャーロットに降りかかる苦難のようにも見える。人々はシャーロット王女に心を寄せるだろう。
私の答えを聞いたアシュリーがポカンとして、父は隣で呆れた視線を送ってきたのだった。




