第3幕ー10 遊戯と駒
王城に行くと入り口より少し先にアルベルトと仲良く腕を組んで歩くエミリアを見かけた。
そうなる原因が彼女の身に着けているアクセサリーのせいだと理解している分、気は楽だ。何も知らなければ、あれが操られてそうなっているとは思わない。
エミリアが絡む男性はアルベルトを含め5人。クラウディオは彼女を連れてきたから、まあ分かる。
他にはまた女性問題で婚約者に捨てられそうなマルコス・ブリオネス。婚約者のナタリアはエミリアを張り飛ばしたとか。残りの2人は女好きのカルロス・イバルラと女性嫌いのルカ・グラシア。この2人には婚約者は居ないが、彼らを慕っている女性が何人か居る。親しくしているように見えるエミリアは嫉妬の的だ。
いじめてくださいとお願いする位なのだから、喜んでいるのかもしれない。
ここで私もエミリアに向かって何か言おうものなら大喜びではないか。生憎エミリアを喜ばせるつもりは毛頭ない。
それに気になる事が1つある。クラウディオの行動だ。
エミリアが他の男性と一緒に居る時に必ず彼は現れる。プレディエール国から連れて来る程好きで、他の男性が近付く事すら許せないくらい嫉妬深いのだと思っていた。
そこまで嫉妬深いのならば閉じ込めてしまえば良いのに、何故かそうしない。エミリアの評判は落ち続け、周囲の印象は最悪とも言って良い。
私は周囲を見渡し、少し離れた所でじっとアルベルトとエミリアを見つめるクラウディオの背中を見つけた。
「王太子殿下」
ビクッと大きく肩を跳ね上げ、そろりと後ろを振り向いた。
「……オリビア・クレーエか」
「ごきげんよう」
スカートを摘んでお辞儀をすると嫌そうな顔で頷いた。見られたくない所を見られたからだろう。
「行かないのですか?」
「今はそういう気分じゃないだけだ」
「もしかして、もう飽きたのですか?」
「……別に」
フイと顔を逸らされ再びアルベルトとエミリアの方に視線を向けた。気になるのなら早く行けば良いのに、まるで彼は何かを待っているかのようだ。
「エミリア・バルバーニーをどう思う?」
「他人の評価が気になると? わざわざ聞かなくても殿下の耳にエミリア様の事は入るでしょう」
「別に良いだろう。質問に答えろ」
「何を考えているのかさっぱりですね。周りが受けている自分の印象に興味が無いのでしょうか、正直に言って貴族社会ではやっていけないでしょう」
「まあ、そうなるな。エミリアは遊び感覚でやっているから尚更だろう」
遊びでここまで周りに迷惑を振りまけるのか。あまりな事に眩暈がする。考えの読めない行動も、常識の無さも納得できた。
「……全く面白くありませんよ」
「僕も思う。でも彼女は本気でこの世界はゲームとやらの世界だと思っている。誰かを悲しませることになっても主人公であるエミリアが幸せなら全てが幸福な結末を迎えられるそうだよ」
「そんなはずが無いでしょう」
「それでも利用する価値がある。中途半端に利口では無くて良かったよ」
プレディエール国から連れてきた理由は婚約者としてでは無く、利用するためだったという事か。どうりで婚約者として連れてきておきながら、評価だだ下がりな事をしても放置していた訳だ。
一緒にいる自分自身の評判が下がってでも成し遂げたい事があるらしい。
「エミリアにとって僕達は割り振られた役を演じる駒でしかないんだよ。……そろそろあれを終わらせようか。長時間太陽の下にいては2人が倒れてしまう」
エスコートする気があるのか手を差し出し、私はその手を取った。クラウディオと一緒に行くとアルベルトとエミリアが近づくにつれて雰囲気が変わる。あと数歩の辺りで手を離し、突き進んでいく背中を見送る。
彼はエミリアの望むゲームの駒としての役割を演じるつもりらしい。
「兄上! 僕の大切な人から離れてくれませんか?」
「クラウディオ……」
「ディオ様!」
パッとアルベルトから離れたエミリアが両手を組んだ。こういうのを昨年まではよく見たなと懐かしい気持ちで見る。
「エミリアが可愛いからって近づきすぎですよ。彼女の隣に居て良いのは僕だけだ!」
「ディオ様……!」
押しのけてエミリアの傍に立ったクラウディオにアルベルトは不思議そうな顔をした。ぼんやりした表情で目には光が無かったが、クラウディオが大きな声を出して注意を引き付けた途端に表情が変わり目の光が戻ってきた。
クラウディオなりに対処法を見極めたという事だろうか。私をここまでエスコートしたのはそれを見せるためなのだろう。
クラウディオとアルベルトの間に立っているエミリアがおかしな顔でオロオロしていた。笑いたいのを我慢しているような、そんな顔に見える。
「アル」
「……オリビア」
あまり険悪な姿を周囲に見せるのは良くないと考えて声を掛けると、私が居る事にやっと気づいたエミリアに睨まれた。多分どうしていじめてくれないのかと言いたいのだろう。変態を喜ばせる程お人好しでは無い。
アルベルトは私の元へやって来てぎゅうと抱きしめた。
「俺とエミリア嬢の仲を周りに変に解釈されるのは困るからな。クラウディオ、俺には婚約者がいるんだ。お前の大切な人を求めたりなんかしないよ」
「……」
少し振り返ってクラウディオに言うとアルベルトは私の背を押して歩きだす。背中に刺さる視線が痛い……。間違いなくエミリアの視線だ。
ぐいぐい押されるので立ち止まる事は出来ず、そのまま王城内へ入り離宮へと向かった。
離宮に着くと王妃がメイド服姿では無く、ドレスを着て応接間のソファーで読書をしていた。もちろん髪の色も本来の赤。
これまで大抵あちこちどこかへ行っている人が珍しいと思っていると本から目を離した王妃がニコリと微笑む。
「ワタクシだっていつもメイド服を着ている訳では無いのよ?」
「本日の情報収集は終わっているのですね。流石王妃様です」
「そうなの、と言いたい所なのだけど……毎日顔を出していると怪しまれるから、今日はお休みなのよ」
「王城は週1回のお休みがあるのでしたね」
「そういう事よ。ワタクシの事は置物だと思って頂戴」
それは無理。
心の中で即答した。
アルベルトが持って来た冷えたお茶で喉を潤しひと息つく。やはり離宮は涼しい。暫く太陽の下でエミリアに引きずられていたアルベルトは近くに置いてあった扇を広げて仰いでいた。
「ねえ、1つ試したい事があるのだけど、協力してくれる?」
前に立てた仮説を思い出したのだ。シャーロットからは正解か不正解かという答えは無く、呪いとも取れなくはない回答。
クラウディオは何故か対処法を知っているようだ。恐らく私と同じ考えを持ったに違いない。
アルベルトに傍仕えを付けないか聞くと迷うことなく了解の返事を得た。本来であれば従者などの傍仕えは誰かしら付くはずなのに1人も居ない。離宮自体誰も世話をする人が居ないのだ。
彼らは全て自分でやっているのである。王族なのにありえない事だが、アルベルトや王妃はそれを受け入れている。そうせざるを得なかったのだ。
身を守るためにも王城から離れた以上、王城から配属される人を信用出来なかったとも言える。
私を信用するという意味でアルベルトは了承したのだ。こちらから言ったのだから、当然傍仕えはクレーエ家から出す。
屋敷に戻ってからイベッテとイバンを呼び出した。昨年カレスティア家を解雇され、家で引き取ったのである。私が使える数少ない配下とも言える2人を送り出すことにしたのだった。




