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15話 吹雪

2度目の冬がやって来た。もう近くのスキー場は先週から開かれたし、何よりも寒い。外に出るのも億劫だし、ついつい家に閉じこもる生活になった。

そして昼前からとうとう小雪が舞い始めた。こんな天気ではポンチを連れて山に向かうのも考え物だ。彼も今日一日はストーブに暖まると決めたようで、ほとんどじっとしている。

私は薪ストーブの傍をほとんど離れることもなく、朝から本を読みふけっていた。

「ピンポーン」そこに突然呼び鈴がなった。

何だろう。まだ近所づきあいが深くなく、雪の中を来るような人はないし、宅配も郵便も心当たりがない。

不審気にドアから覗くと女性が立っていた。

「助けてください。車が動けなくなりました」その女性は頭からすっぽり雪に覆われ、寒そうに凍えている。

雪女と思ってしまう格好だったが、とにかく、事情を訊くことにした。

「ありがとうございます」女性が玄関に入って雪を払いつつコートのフードを外した時、そこで始めて気づいた。

その女は金髪の外人だった。

アクセントが違っていたが、寒さで震えているせいだと思ってしまった私は外人女性とは気づかなかった。

「寒かったでしょう。ストーブに当たって体を温めてください」それならもっと丁寧に応対しても良かったかなと、自分の迂闊さに苦笑いしながら金髪さんを招き入れた。


ストーブの傍に座り、ホットミルクを口にするとようやく金髪さんも安どして、事情を話し始めた。

彼女は近くの高校の英語教師だ。そしてスノボーマニアであり、早めに授業を終えると、開かれたばかりのスキー場に駆けつけることにした。

その時、彼女の選んだルートが我が家の傍を通る道だった。確かに町の高校から来るとすればこの道が最短ルートだった。だが、ここは農家しかなく交通量は少なく、雪が降り始めれば、車に踏み消されることもなく雪は積もってしまう。そして除雪車もなかなか来てくれない。

「夏に、スキー場にハイキングに来ました。だからこの道、知ってます」

彼女がここを選んだ理由が分かったが、このルートはスキー場へのメインルートではないんだ。地元の者ならだれもここを選択しない。

「着替えはあるの?」ようやく人心地した表情になった金髪さんに尋ねた。

防寒着をきたまま歩いて来たのだろうから、下着は汗で濡れているだろう。着替えないと風邪をひくことになることを心配した。

「車に置いて来ました」少し気落ちするように彼女は答えた。


金髪さんのために車を出すことにする。

「雪道なら、軽の4駆で、車高のあるやつを選べばよいよ。車体が軽いから雪深くても沈まずに乗り切れる」我が愛車は地元のディーラーの話を聞いて決めた。

そして、見事に期待に応えてくれた。勾配のある雪道をものともせず、新雪を踏み分け、スイスイと走っていく。

彼女の車は家から1キロ近く離れた場所に置いてあった。もうすでに、車の屋根には20センチ以上も雪が積もっている。この辺りは雪の吹き溜まりで深く積もるし、道の手前から坂が急になり、彼女の車は立ち往生したのだ。

小雪が降りしきり見通しのきかない所から、懸命に見渡してようやく我が家を見つけ出したのだろう。

車の中で過ごそうにも、もしガス欠になりエンジンが切れれば、凍死は間違いない。家の近くで凍死者が出たなんて、こんな寝覚めの悪い話はない。よく我が家まで辿り着いてくれたと思う。

彼女の車を救出するのは諦めて、彼女の荷物を乗せ換えて我が家に戻った。


早速家に戻ると、彼女に更衣室に案内した。汗をかいたままでは冷えるし、着替えさせることにした。

そこで、風呂場を見て彼女は感激した。

「ワオー。素敵ですね。入りたいです」

風呂場は私の自慢でもある。大きな浴槽は体を思い切り伸ばせてゆったりと出来るし、3方向はガラス張りで外の風景が見通せる。今日は期待できないのだが、晴れた日には雪見も出来るのだ。私は去年、何度も風呂につかりながら雪見酒を楽しんだものだ。

ただ大きな浴槽に湯を張るのは時間がかかるので、バスタブの使い方を教えてあげる。


「ああ、そうですか。そんなにかかりますか?」彼女が風呂に使っている間に市役所に連絡して、道路状況、除雪計画の説明を聞いていた。

しばらくして彼女が湯から上がって来た。

「ありがとうございました」湯上りの彼女からほんのりと石鹸の匂いがしてくる。

彼女は身体の芯から暖まったのだろう、すっかり和んだ様子だ。

「明日にならなければ、雪は止まないし、除雪は明日の午後から始まるそうだよ」

「オー、ノー」悲鳴に近い声だった。折角、休みを利用してスキーに来たのに、明日の1日もつぶれかねないと思ったのだろう。

「だから今夜は家で、休みなさい。そして明日になったら、どうしたらスキー場に行けるか考えよう。とにかく雪が止むまでは何もできないから」そう言って慰めるしかない。


その晩は少しでも彼女の気を引き立たせようと得意料理をふるまった。

冬に出す料理は鍋が定番である。地元の石狩鍋を私風にアレンジして、チーズをたっぷり盛って提供した。

「こんなおいしい料理は初めてです」彼女も大満足である。

ちょっぴりと酒を飲みながら彼女の話を聞いた。

「私はオーストラリア人で、キャサリン=オークリッジと言います。37歳です。

3年前に始めて日本に来て、北海道の雪のすばらしさを知りました。

是非ともまた日本に来て、もっと雪を楽しみたいと思ったのです。

ただ、長く日本にいることはお金がかかります。私にはそんなお金は持ってません。

そうしたところ、日本での英語教師の職を見つけました。私は小学校の教師をしてましたから、人を教えるのは慣れてます。日本に来て、英語を教えようと思い、日本語の勉強をしてきました。そして今年の春からこちらの高校に来ました」

いや、如何にスキー(スノボー?)好きでも、それをするために遠い外国まで来るのかね。あきれるやら、感心するやら。ともかく、彼女の実行力には敬意を払う。


とにかく、泊る部屋を用意することにした。今まで、和樹たちや、北村夫妻に加藤の夫婦だけしか我が家に泊まってない。夏以来の客人であり、部屋はあまり手入れをしてないのだ。

家全体が断熱材で包まれているので、薪ストーブの熱がゆっくりと伝わっていて、2階でもひんやりとした寒さは感じさせない。それでもまず、オイルヒーターの電源を入れる。それからベッドメーキングだったが、これは彼女が手際よくやってくれた。幸いにシートも枕も多少埃を払っただけですみ、カビくささもないようだ。

一応、シャワーとトイレ、シンクの水やお湯の出るのを確認する。

「問題ないようだな。」お休みを言って、私も自室で寝ることにした。


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