16話 キャサリン
次の日になって雪は止んでいた。我が愛車で彼女の車の所まで行くと、昨日よりも深く雪に埋もれ、さらに救出不能の状態となっていた。
「午後にならないと除雪してくれない。君をゲレンデに運ぶから、今日1日スキーをしてきなさい。帰りはスキー場のバスなどを使ってここまで帰るか、誰か友達に連れてきてもらえば良い。どうしても帰りの足がなければ電話しなさい」
彼女はこの助言に素直に従った。
「ありがとうございました。あのう、また、お邪魔しても良いですか?」ゲレンデの駐車場まで送ると、別れ際に彼女が言って来た。
また来たいと言うのは本心のようである。
「ああ、いいよ」金髪さんに嬉しがられれば、私の鼻の下は長くもなる。私はつい言ってしまう。
「嬉しいです」何と彼女は私に抱き着いてきた。
いやあ、女性から抱き着かれるのはまんざらではないが、もう駐車場には大勢のスキー客がいる。その面前で抱き着かれたのには赤面するしかない。
柔らかい女体の感触を覚え、このまま抱いていたいと思いながらも帰路についた。ウキウキの気分だったのは嘘ではない。
夕方になって気になり彼女の車を確認すると、もういなくなっており、どうやら無事に帰れたようで安心とともに、もう彼女には会えないのかなと残念にも思った。
それから3週間、ポンチといつもの山の生活を続けていた。もうキャサリンのことは頭から消えかけた頃の夕方、呼び鈴がなり、ドアを開けると彼女がいた。
「すいませんまた、来ました。お風呂を使わせて欲しいです」
余程、彼女は我が家の風呂が気に入ってくれた。風呂にはいろいろ考えお金を掛けただけに、率直に嬉しくなる。
「ああ、いいとも。」
風呂上がりの後、彼女はスキーをやりたいと言い出した。
「スノボーはやらないのか?」
「あなたのスキーを見てやりたくなりました。」
私が、ゲレンデを使わないのはポンチを連れて行けないからだ。ポンチを連れて行けるようにこちらに来て歩くスキーを始めたのだが、これが随分気に入っている。それをキャサリンも興味を持ったようだ。
「ポンチはいい犬ですね」夕食後もポンチを撫ぜまくっている。
前回の訪問の時も感じたのだが、彼女は大きな秋田犬を少しも怖がらなかった。和樹の女友達がポンチを見て後ずさりしたことに比べ、彼女は最初から平気でポンチに近寄り、触っていたのだ。
「私、子供の時から大きな犬がいました。全然、平気です」彼女もポンチと一緒にスキーをしたくなったのだ。
その彼女を山の見晴らしの良い場所まで、連れてくると感動ぶりが半端なかった。
「オー、ワンダフォー」大げさに思えるほど感嘆の声を上げる。和樹たちも感激したのだが、彼女の喜びようははるかに上回った。
スキー場にはここよりも素晴らしい見晴らし場があるのだが、リフトに乗せられて見るものと、自分の足で上って来たのとは、感動が違うのだろう。
ここまで、1時間。私とポンチの後を懸命に追って、汗をかきながら、彼女はここまでなんとかたどり着いた。その苦労が目の前に広がる雪世界に報われたのだ。
「さあ、お湯が沸いた。コーヒーを飲もう」ポンチとはしゃぎまわる彼女に声を掛ける。
彼女のためにお茶をふるまった。勿論、ポンチには愛用のクッキーだ。
「ゲレンデよりもいいですね」すっかり気にいっている。
ただ、帰りは彼女のスキーの腕前を見せつけられることになる。私はこちらに来てスキーを始めた初心者だ。彼女はスキー歴20年、腕が違い過ぎる。
彼女は山スキーに喜びはしゃぎすぎて一気に我が家に目指してすぐ小さくなり、私もポンチもすぐに置き去りにされることになった。
次からは、彼女はゲレンデに行かなくなり、もっぱら私の家にきて歩くスキーにはまってしまった。山ばかりではなく、林間、牧場など毎回コースを自分の足で行けるのも気に入ったようだ。何よりも私やポンチと出歩くのが楽しくて仕方ない。
「ゲレンデはただ滑るだけです。ここは違います、あなたがいてポンチもいます」いや、私よりもポンチといるのがお気に入りだと思うのだが、敢えて突っ込みはよそう。ともかく、こちらもキャサリンが来てくれると心が弾む。
休みの日には私の家に来るのが定番となる。彼女も雪道の運転が上手くなったのと、車を軽に変えたのでもうスタックなどしないで来られるようになっている。晴れてない時も私の家にいるのが居心地よいようだ。ポンチを傍らにおいて薪ストーブにあたりながら、本を読んでいる。そして風呂に入れるのだから彼女が入りびたりになる気持ちは分かる。
彼女も厄介になるだけなのは心苦しいのか、掃除や洗濯などをしてくれるようになった。私は部屋が散らかっても無頓着なタイプだが、やはりきちんと整理された部屋は良いものだ。いつの間にか彼女のやり方で部屋を整頓してもらうことになった。そして料理の後片付けをしてくれる。正直料理の腕は私の方が上だ。ただ、どうも皿を洗い、片づけるのは億劫である。汚れがこびりついた皿の裏側まで綺麗になっている。食卓には花が飾られるようにもなった。やはり女性らしい細やかさに心休まるものだった。
私も彼女の来訪を心待ちにしていたところがある。ポンチがいるとはいえ、長い冬を一人で過ごすのは流石にうんざりする。
彼女がいると、心温まるのを感じた。
「来期は別の学校に行くことになりました。」3月の初め頃、彼女が言って来た。
「もう、ここに来られなくなるので、一度でもいいから大きな湯舟に入りたいです」
私は貧乏性のせいか、一人では大きな湯船を使おうとはしなかった。まして冬は大きな湯舟にお湯を溜めるのが面倒になり、一人用のバスタブで済ませていた。キャサリンは小さなバスタブでなく、我が家の湯船に入りたいという。それならその願いをかなえてやろうではないか。
「本当に温泉の様です」キャサリンはその大きな湯船に満たされるのを見て、はしゃいでいた。
そしてとんでもないことを言い出した。
「あなたも一緒に入りましょう」




