14話 新居
私は娘と離れ、全国を気ままに旅して行こうと思っていた。いつか自分に合った土地を見つければいいなと考えていた。ところがひと月もしないで北海道に自分に合った場所を見つけた。
そこは有名なスキー場、観光地とは少し離れた、ローカルのスキー場が近くにあり、低い山から麓まで林と牧草地が続いていた。
そこにはペンションと牧場が売りに出されていた。30年前のリゾート開発に触発された、都会のサラリーマンが建てたペンションがブームに取り残されていた。それと身体のきかなくなった夫婦が町の娘と一緒になるため、牧場を売りに出していた。別々の物件だったが、隣接しており、思わず購入を決めた。
この広大な土地をまとめて買い取り、家を新築して終の住まいにしようと考えたのだ。
軍資金はたんまりある。元の家はさして価値はなかったが、ただ、私には昔加藤から渡された株券があった。
加藤の会社はその後発展して、今ではジャスダックに上場するまでになっていた。
20年を越した今、その株券は100倍を大きく超える価値の物に変わったのだ。
「あの株を売っていいか?」
「当り前だ。株はお前の物だ。それにしてもお前今まで、良く平気で持っていたよな」
株の売買の相談をしたら、あきれ顔で答えてもらった。その株で、3億以上の現金が手に入ることになった。
今まで、人のための家ばかり設計していたが、始めて自分の希望通りの家を造れる。張り切るしかなかった。
近くのアパートを借り、家の設計をして、近くの工務店に持ち込んだ。
「お客さんが自ら図面を持って新築工事なんて初めてですよ」担当者がびっくりしていた。
私は杭打ちから、基礎、棟上げ、屋根ふき、内装など工事のすべてに目を光らせた。
こんなにも自分の家が作るのが面白いとは思わなかった。約1年近くで家は完成した。
「なかなかしゃれた家じゃないか?」新築してすぐに、わざわざ加藤が来てくれた。
「ああ、お前のような奴が泊まりに来てくれると思って、ちょっと金をかけたぞ」
木造の2階建て、1階は私の寝室兼書斎。居間と台所、トイレに洗濯場、更衣室その向こうには浴室がある。
「おいおい、これは少しやり過ぎじゃないのか」
風呂場は楽に大人が5人は入れる大きさだ。
「どうだ、これなら楽しめるだろう。後で入ろう」私は自慢顔で家中を案内した。
2階は二部屋だが、それぞれ広さは20畳近くあり、家族連れ数人でも余裕で泊れるようにしてある。
「奥さんと今度来てくれよ」
そう言うのには訳がある。ここはスキー場にも近いが、春から秋にかけても、牧草地を吹き抜ける風が心地よく、自然を楽しむのは絶好なのだ。
「これなら、一年通してゆっくりできるな」
「ああ、裏山に上ったが、いい景色だし、川も傍を流れている。この広い場所で気兼ねなく自然と遊べる」
「お前らしいな」
「いや、お前が俺に山を勧めたんだぞ」久しぶりに学生に戻った気分になる。
少し早かったが、薪ストーブに火を入れて、久しぶりに酒を酌み交わしていた。
「いいものだな。ストーブの燃える木を見ていると心が和む」
「どうだ、お前もこっちに別荘でも作れ。別荘のひとつやふたつ雪国に持つのは悪くあるまい。」
「まあな。だが、俺が別荘を使うのは引退してからだ。それまではのんびりできん」
それも分かる。加藤はいまや、世界中に販売網を築こうとしている会社のオーナーだ。まだ経営者として目を光らせており、気が抜けないのだろう。
この家で拘ったのが、耐震性と気密断熱である。地震の多い日本では耐震性は勿論だが、ここ北海道では断熱性も重要だ。壁の薄い家ではどんなに暖房をしても寒い。今の家は標準よりも倍近く断熱材を厚くしている。窓ガラスは3層にもしている。
ちょっと薪ストーブで暖めただけでもう家の中はいつまでもぽかぽかである。
そして私には最良の相棒が出来た。加藤が一人で広い家にいると寂しいだろうと贈ってくれたのが、秋田犬だった。
まだ子犬で、ポンチと名をつけた。
こいつが無茶苦茶可愛い。猫は自由気ままな動物で、それが好きだと言う人も多い。ただ、一方犬は一度主と認めると、裏切らないのだ。
広い野原で遊びまわっていても私の声が届けば必ず駆け寄って来る。
「ポンチ!」散歩に行くのが日課になる。もうリードがなくても私の傍を離れようとしない。この散歩によって私と彼は深い絆が生まれていく。
冬になって、雪が舞い始めると、散歩の替わりに歩くスキーの出番だ。スノボーやスキーにも興味はあったが、ゲレンデにはポンチを連れて行けない。一人ぼっちで彼を家に置いとくわけにはいかないので裏山まで、スキーで歩いていくことにした。そして雪の散歩がポンチはことのほか喜ぶのだ。
少し小高い所まで行くと、町まで見下ろせる。約1時間のコースだが、私にもポンチにも最高の雪道コースとなった。
私と子犬との冬の生活がこうして始まった。
年が明けると、和樹が友達を連れてやって来た。4人は3泊4日で近くのスキー場や山スキーを楽しむ予定だ。
「ひえー広い家だな。トーリーは良くこんな家を拵えたな」これが和樹の我が家を見た第一声である。
ちなみにいうが、彼は大学の建築科を卒業して、何と私の昔務めていた会社に入ることができた。北村課長は重役になっていたので、彼の採用成績を聞いたのだが、決して北村さんの後押しではなく、実力で受かったようだ。高校、大学、そして入社試験と相変わらず、試験には強いことを見せていた。何か彼は要領がいいものを持っているのだろう。
「エレベーターもあって、よくこんな家が建てられたな」和樹の言葉には遠慮がない。
「お前と違って、俺は真面目に勉強したから金持ちになれたんだ。お前も真面目に仕事をやれよ」
女友達の前でそう言って、彼を黙らせることにする。
「どうだ、田舎暮らしも悪くないだろう?」二人の時和樹に言ってやった。
「こんな家と土地を持てた時の話だよ。ところで美優紀にはこの家に来てもらってないのか?」
突然、和樹が話題を変えてきた。
「手紙のやり取りはしているが、呼んではいない」
「あいつも相当反省していたよ」
和樹の気にする気持ちは分かるが、まだ私はもやもや感が残っていた。
そんな和樹を置いといて、ともかくもにぎやかな連中だった。
ゲレンデスキーだけではつまらないだろうと言って1日だけ彼らを山スキーに連れだした。私とポンチは慣れたものであるが、彼らは悪戦苦闘している。山の上から下ることしか経験のない彼らに取って、雪山に上るのは考えてもみない。軟弱者と若者たちを叱咤激励してやった。
それでも山の頂上で、沸かしたコーヒーは特別に上手い。雪に閉ざされた山と、眼下に見える街並み。その絶景を堪能すればいままで登って来た苦労はすっかり忘れてくれた。
そんな4人は私の家を満喫してくれた。
「お世話になりました」「また来たいです」「今度、1週間はいたいな」口々にそう言って帰って行った。
また静かな生活に戻ることになる。




