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竜癒の姫と五つの竜  作者: 君祈
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16.  意志が弱いとは。



 それからの話は……………………………………………………………………………  ああ、うん寝てない。起きてる起きてる。

 いや思い出すと、ほんとなんてゆうか、いろんな意味でこの2日は…………。


 つまりは、こんな感じだ。






       ◇     ◇     ◇






 異世界2日目の朝。鎮雪さんが持ってきてくれた冷水で、顔をものすごく洗って手も冷やした。

 雪解け水のようにキーンと冷たい清廉さに痛みも目の腫れも引いたし、気分も視界も爽快だ。

 差し出してくれたガーゼのような手ぬぐいをぺこぺこしながら受け取り、私が顔を拭ったのを確認すると鎮雪さんは立ち上がった。

 朝餉あさげを取りに行くと微笑んで、止める間もなく限界突破重量の扉を音も隙間もなくしっかりと閉じて出て行った彼を、私は大人しく待つしかなくなった。

 嘘。竜癒的な何かの力で開いたりしないかなと思って、こっそりもう一回扉を引いてみた。

 あの、首に振り下ろされた刃が折れた瞬間みたいに、七色の光が出たりしないかなと手に力を込めてみたり、セイのネックレスを握ってみたり、「破!」とか言ってみたりしたけど、無駄だった。

 すごすごと諦めて元の場所に座ると、すらりと戸が開いた。


「朝餉をお持ち致しました。…………お待たせしたようで、申し訳ございません」


 両手に巨大なお膳、両腕に釣った洗面器よりも大きいおひつと土鍋と急須。

 唖然とする私ににっこり笑って、鎮雪さんはこちらを向いたまま右足を後ろに曲げ、扉に足先を引っ掛けてぴたりと閉めた。


 片足でも閉められるんかーい、それでも品があるってどういうことやねーん。朝食じゃなくてそれは私の2日分の食糧かーい、どんだけ食わすねーん。


 懐かしい、今はいずこの芸人男爵のノリで胸の内で律儀につっこんでいる私に、恐るべき早さで用意を整え終えた彼は言う。


「どうぞ、お好きなだけお召し上がりくださいませ。満たされ…………扉を開けたいと、貴女様が二度と思われませんように」




 聞いとったんかーーいっ!!! 恥ずかしすぎるやんけーーいっ!!!






       ◇     ◇     ◇






 それから1時間半かけて用意してもらったご飯の5分の1を死ぬ気で食べた。……かなり気分が悪い。

 日本では飢えの妖怪である餓鬼がよく知られるが、実は憑りついたら死ぬまでご飯を食べ続けさせる恐ろしい妖怪も存在するのだ。ほんとうに、恐ろしい。

 そんなことを思い出しながら、普段の朝食の3倍は詰め込み青くなってきた頃。

 後は取っておいて昼食に廻して欲しいと懇願すれば、宗龍はそれには及びませんと笑った。

 20分後。

 洗面器より大きい米櫃の白米、巨大善2つ、実家で家族で使っていた大きさの土鍋山菜お味噌汁、すべてが、やんわりと微笑む鎮雪さんの胃に収まった。

 ぐったりと動けない私に反して、さらさらと上品な所作で異次元な胃を持つ鎮雪さんは、気づけば器を片付けて帰ってきた。行きも帰りも、きちんと扉を閉じて。


「愛歌さまに楽しんでお過ごしいただけますよう、勝手ながら手慰みをご用意いたしました」


 朱塗りの盆に広げられた、本と刺繍道具と双六っぽいもの。

 あ、いや、実はご飯食べたらこれからのことを相談しようと思ってたのよ、私。

 どうしようと、見つめた刺繍糸が、きらりと光る。


 え、なにこの糸。今までこんな光沢見たことない。サテン布よりもずっと優しく、けれど引き寄せられる照りがある。しかも、なにその色。淡い桜のような、儚い紅色。ただ在るだけで、濃くも薄くもなる。

 気づけば、手をのばしていた。

 さらさら、すべつる、きらきら。

 

 魅惑の、感触。



 「本当にお上手ですね。とても美しい桜でございます」



 はっ!


 気づけば、真白の絹布には光や角度によって色の深さを変える幻のような桜が、咲き乱れていた。

 くぅ! くやしい、情けない。つい目先の煩悩に負けた。でも元手芸部部長として大満足の出来。奇跡の糸、最高! 間違いなく、私の人生最高傑作!


「昼餉の用意が整いました。お召し上がりくださいませ」


 いい匂いがする。鎮雪さんの前の、湯気を立てるお膳たちから。


 汚れないように、糸や道具たちを丁寧に片付けて、手を合わせた。

 いただきますを唱えつつ、これを食べたら今度こそ必ずやこの世界の龍を滅ぼす原因を探すのだと、己の意志薄弱ぶりに自己嫌悪しながら。






       ◇     ◇     ◇






 ぴたっと、扉を閉めた鎮雪さんは、背筋をのばして正座で待っていた私に笑う。

 これからのことを話し合うんだ! と息巻いている私にあの双六のようなものをすっと差し出しながら。

 こう言った。


「恥ずかしながら私は、双六というものをしたことはございません。愛歌様……どうか、私に一度お付き合いくださいませんでしょうか」 


 闇の箱では、得られるはずもない時間でございますので。




 ――――では、多数決を取りまーす。

 伏せていた深青の瞳をこちらへ、かすかに乞うような想いをにじませて向けた彼にNOを言える人、はい挙手。 

 ………………、厳粛かつ公正なこの場において、満場一致で「甘んじて意志薄弱のそしりを受ける」ことに決定致しました。このチョイスをしたことに責任と覚悟を持ち、対応することを誓います。


「はい、一緒に遊びましょう」


 にっこり笑って言った私に、ぱちりと大きく瞬きをした後、鎮雪さんは夕顔のように微笑んだ。

 本当に、嬉しそうに。

 ……うん、悔いはない。 たとえ。

 その後きゃっきゃとはしゃいで、抜きつ抜かれつの白熱した戦いを楽しみ、――――夕餉の、時間になったとしても。きちんと扉を閉めて出て行った鎮雪さんを待ちながら、たぶんこの人サイコロの出る目完全に狙えて激戦を演じた後私に勝ちを譲ってくれただろうことに気づいてしまっても。


 無表情のまま、けれどどこかいそいそと毎度豪華な料理を持って隙間なく扉を閉めた彼が、私を見つめて涼やかに、照れたように笑うから。



 この夕餉の後こそは、きっときっと何としてもお話合いをするから、い・い・の!

 





       ◇     ◇     ◇






 異世界二日目の終わりに。

 少し高さのある和中華寝台に横たわり、私は考える。


 夕餉後、お風呂を勧められ背中を流そうとした鎮雪さんを全力で阻止したはいいが、ずっと扉に張り付き、部屋に帰ってからも今までよりもぐっと近くに座る彼。

 は、しばらく一言も話さなかったかと思えばこんなことを言った。


「本を、読みませんか」


 あまりに真剣な顔で言われ、思わず頷くと、となりに彼が座りなぜか1冊の本を二人で読むことになった。

 かつて、弟妹に絵本を読んであげた時と同じ、温かい気持ちになる。

 そういえば二人も、私が他の友達と遊んだ日には必ずねだったものだ。

 短い一冊を読み終えると、満足したのか私を寝かせる準備をはじめた。床で正座でいるという鎮雪さんを説き伏せて、寝台の隣にふとんをひいてもらった。


「鎮雪さん。おやすみなさい」


 その言葉に二度ぱちりと瞬いた彼は、今までで一番まぶしく笑った。


「……おやすみなさいませ、愛歌様。明日も……どうかおそばに」






 祈るように言うその言葉が、本当に祈っているのだと。

 私に竜癒としての話をさせないのは、今が変わるのが怖いのだと。

 開けられぬ扉をそれでも固く閉じるのは、消えないで欲しいのだと。


 本を読む時、わざと触れさせた腕で、伝えたあなたに。




 

 私はどうやって、外に出たいって伝えたらいいんだろう。





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