第7話 愛人との対決-2
リディアがサロメの頬を打ち返そうと手を振り上げたところを、サロメがしっかりとその手を受け止めねじり上げた。
「愛人の分際で正妻の頬を打ち返すというの? どこまで躾がなっていないのかしら?」
「い、痛い。やめてよ。助けてー! カール様。奥様があたしを虐めるー!」
リディアは自分ではサロメに敵わないと悟り、早速ソワイエ辺境伯を呼んだ。すぐに辺境伯が飛んできて、リディアは彼が来たことで勝利を確信し、口元に笑みを浮かべた。
「その手を離せ! リディアは俺の大事な女だ」
「旦那様。今、わたくしは愛人を躾けているのよ。家政のことは正妻が仕切るのが当たり前。この家にはお義母様もお義父様もお亡くなりになっていない。だったら、わたくしが家の中のことは管理するのが当然でしょう? カール様は国境の守備や騎士たちの訓練など、お忙しい身だわ。屋敷のことはどうぞ安心して任せて 」
「なに言ってるのよ。あんたの勝手にはさせないわ。カール様。この怪力女からあたしを助けてよ。すっごい力なのよ」
カールがサロメの顔を目がけて拳を振り上げた。その瞬間、サロメはねじり上げていたリディアの腕を引き、素早く自分とカールの間に立たせた。 リディアの顔面に拳が打ち込まれ血が出て床に倒れ込む。
「リ、リディアー。大丈夫か? なんてことだ。サロメ、なにをしたかわかっているのか? お前は俺の大事な女を傷つけたんだぞ」
「カール様がしたことよ。使用人たちも見ていたわ。それよりも早く手当てをしたほうがいいわよ」
「くそっ! 医者を呼べ! 今すぐだ!」
辺境伯は近くにいた使用人に怒鳴りつけると、床に倒れているリディアを抱き起こした。リディアは鼻から血を流し、痛みに顔を歪めている。
「ひ、酷いわ。い、痛くて死にそうよ……」
「見ろ、リディアがこんなにも痛がっている。サロメ! このことは忘れんぞ!」
「わたくしを恨むのはお門違いだし、今はリディアの心配をしたほうがいいわよ」
カールは何か言い返そうとしたが、結局、忌々しそうに舌打ちしただけだった。怒りを抑えきれない様子でサロメを睨みつけると、リディアを抱えたまま足早に立ち去った。
その後ろ姿を見送りながら、サロメは小さく肩をすくめた。まったく、なんとも気の短い男である。もっとも、相手が暴力に訴えてくるのなら、こちらとしても対処しやすい。
「さて、屋敷の案内の途中だったでしょう? 続きをお願いできるかしら」
「は、はい。かしこまりました、奥様」
執事は少々面食らった様子だったが、すぐに頭を下げる。つい先ほどまで辺境伯とリディアを相手に一歩も引かなかったサロメが、何事もなかったかのように屋敷の案内を求めてきたのだから、驚くのも無理はない。
サロメは執事に案内され、屋敷の中を見て回った。ソワイエ辺境伯家は国境を守る名門だけあって、屋敷もなかなか立派なものだった。広い廊下には歴代当主の肖像画が並び、窓の外には手入れの行き届いた庭園が広がっている。
その間に、リディアの診察も終わっていた。カールの拳をまともに受けたことで鼻の骨が折れ、顔もひどく腫れていたが、幸い命に別状はなかった。医師からそう告げられたカールはひとまず安堵したものの、改めてサロメに対する怒りが込み上げてきた。
自分の大切な女が怪我をしたというのに、その原因を作った妻は謝罪するどころか、平然としている。しかも、使用人たちの目の前で毅然と発言し、当主としての面目まで潰された。そもそも、サロメが余計なことをしなければ、リディアがこんな目に遭うこともなかったのだ。そう考えると腹立たしくてならず、カールは再びサロメのもとへ向かった。
一方、サロメがいくつかの部屋を見て回り、二階へ上がったところで、背後から荒々しい足音が聞こえてきた。
「サロメ!」




