第6話 愛人との対決-1
sideサロメ
それからしばらくして、姉妹の縁談は正式にまとまり、それぞれの嫁ぎ先へ向かう日がやって来た。
サロメを乗せた馬車は、ソワイエ辺境伯領へと続く街道を進んでいた。これから向かうのは、前世でジュリエットが苦しめられた場所である。
馬車の窓から見える景色は、バルドー伯爵領とはずいぶん違っていた。広々とした草原の向こうには山々が連なり、時折、騎馬の騎士たちが街道を駆け抜けていく。
サロメはその景色を眺めながら、満足そうに微笑んだ。
(なるほど、馬を走らせるには絶好の土地ね。わたくしはこちらの方が性に合っているわ)
もちろん、これから待ち受けているのが楽しい新婚生活ではないことくらい、十分承知している。
夫となったソワイエ辺境伯は、気に入らないことがあればすぐに暴力を振るう男だとジュリエットから聞いている。しかも、屋敷にはすでに寵愛するメイドがいる。こちらもすぐに手を出す気性の荒い女だ。
普通の令嬢なら、そんな話を聞いただけで恐ろしくなってしまうだろう。
しかし、サロメは違った。
(正妻を殴るような男と愛人なら、こちらも遠慮する必要はないわね)
そう考えると、むしろ気が楽になった。
やがて馬車は大きな城門をくぐり、立派な石造りの城の前で停まった。
出迎えに現れたのは執事と数人の使用人たちで、肝心の夫の姿はどこにも見当たらなかった。
「奥様、ようこそおいでくださいました。私はこの城の執事を務めております」
「出迎えご苦労様。ところで、旦那様はどちらにいらっしゃるの?」
「旦那様は、その……少々お忙しくしておられまして」
執事長は申し訳なさそうに頭を下げた。
サロメはその様子を見て、すぐに事情を察した。
おそらく、例のメイドと一緒にいるのだろう。正式な妻が到着したというのに、出迎える気さえないらしい。
「そう。それなら仕方がないわね。まずは部屋に案内してちょうだい」
サロメが平然と答えたため、執事はほっとしたようだった。
ところが、城の中に入った途端、一人の若い女が廊下の向こうから現れた。艶のある黒髪を結い上げ、上質な生地で仕立てられたドレスを身につけている。華やかな美人というわけではないが、健康的な肌と引き締まった身体つきが印象的だった。勝ち気そうな顔立ちで、歩き方にも妙な自信が感じられる。女はサロメを見るなり、値踏みするように上から下まで眺め回した。
「あら、あなたが奥様?」
その高圧的な言葉を聞いても、執事は何も言わなかった。辺境伯の寵愛を受けているリディアには、誰も逆らえないのがこの屋敷の現状だった。
「わたくしはソワイエ辺境伯夫人ですわ。口の利き方がなってないわね」
「まあ、立場上はそうなるわね。でも、実質的な屋敷の女主人はあたしよ。旦那様はあたしに夢中なんですもの」
女は勝ち誇ったように笑った。なるほど、これがジュリエットを苦しめたメイドなのだろう。サロメは女の顔をじっと見つめた。
「あなた、名前は?」
「……え?」
「名前を聞いているのよ。わたくしの質問が聞こえなかった?」
サロメがもう一度尋ねると、女は不愉快そうに眉を顰めた。
「あたしは旦那様の特別なお気に入りなの。使用人じゃないわ」
「そう、使用人でないというなら、ただの愛人ね。それで、名前は?」
サロメはまったく動じなかった。
女はしばらく口を開けたままサロメを見つめていたが、やがて苛立たしげに名乗った。
「……リディアよ」
「リディアね。覚えたわ」
サロメはにっこり微笑んだ。
「では、リディア。まずはわたくしに挨拶なさい。あなたがどれほど旦那様に気に入られていようと、この家の女主人はわたくしよ。愛人が正妻に対してどう振る舞うべきかくらい、わかっているでしょう?」
その言葉を聞いた途端、リディアの顔が真っ赤になった。
「なっ……! あたしにそんな口をきいて、ただで済むと思っているの!?」
サロメは少しも怯まず、むしろ面白そうに目を細めた。
「それは、こちらの台詞だわ」
そう言うなり、サロメはリディアの頬を容赦なく平手で打った。




