第2話 サロメの死と死に戻り
「おのれ……サロメよ。お前が母上に毒を盛ったのなら決して許しはしない」
「……なんでそんなものが? わたくしはそんな薬瓶など知りませんわ。見たこともありません」
薬瓶が医師に渡され、彼は顔色を変えた。
「間違いありません。これは大奥様がお飲みになった毒と同じでございます」
「嘘よ! わたくしは知らない。誰かがわたくしに罪を着せたのよ」
姑は眉尻を下げ悲しげに言った。
「我が娘と思いこれほど親切にしてやったのに、逆恨みされるとは。それほどわたくしが憎かったのですか? なんと悲しいことでしょう。しかし息子よ、サロメに辛くあたってはなりません。孫を産んでくれた大事な嫁です」
「母上は毒を盛られてもまだサロメを庇う。わたしはこの毒婦を許せません! サロメを離れに閉じ込めよ。食事は一日一回。どんなに寒い日があろうとも薪のひとつも与えるな!」
サロメが必死に無実を訴えても、姑を脅したという証言を覆すことはできなかった。その場には大勢の使用人がいたが、皆、姑の息がかかった者ばかりで、サロメを庇う者は一人もいない。
こうしてサロメは、侯爵邸の敷地の隅にある古びた離れへ押し込められた。長年使われていなかった建物は壁にひびが入り、窓の隙間から冷たい風が吹き込んでくる。家具も寝台も古びており、まともに暮らせるような場所ではなかった。
サロメは何度も無実を訴え、夫との面会を求めた。姑の言葉ばかり信じる男が自分の話に耳を傾けるとは思えなかったが、身に覚えのない罪を認めるつもりはない。何より、幼い息子を姑に奪われたまま、ここに閉じ込められているわけにはいかなかった。
しかし、夫が姿を見せることはなかった。
「侯爵様から、奥様には一切取り次ぐなと命じられております」
食事を運んできた使用人にそう告げられ、サロメは歯噛みした。
「それなら、せめて息子に会わせてちょうだい」
「若様は大奥様がお世話をしておりますので、ご心配には及びません」
「わたくしが母親なのよ! どうして会うことさえ許されないの!」
声を荒らげても頼んでも、使用人は首を横に振るばかりだった。
やがて季節は冬へと移り、離れの寒さはいっそう厳しくなった。暖炉はあっても薪は届けられず、食事は一日に一度、冷めたスープと硬いパンが運ばれてくるだけだ。サロメは何度も待遇の改善を求めたが、聞き入れられることはなく、次第に体力を失っていった。
そんなある朝、目を覚ますと身体がひどく重かった。喉が痛み、咳も止まらない。熱があることは明らかだったが、休んでいても一向によくならなかった。
サロメは食事を届けに来た使用人に医師を呼ぶよう頼んだ。
「申し訳ございません。医師をお呼びするには侯爵様の許可が必要ですので」
「それなら侯爵に伝えてちょうだい。高熱が続いているの。お願いだから、お医者様を呼んで……」
「お伝えはいたします」
しかし、何日経っても医師は訪れなかった。
熱は下がらず、咳はますますひどくなり、やがて食事を口にすることさえつらくなった。寝台から起き上がることもできなくなったサロメは、ようやく自分の命が危ないことを悟った。
夫も姑も、もはや自分がどうなろうと構わないのだろう。跡継ぎさえ手に入れば、妻など必要ないのだ。
それが悔しくてならなかった。
姑に子どもを奪われ、身に覚えのない罪を着せられた挙げ句、こんな場所で死ななければならないなんて。
せめて、もう一度だけ息子を抱きしめたかった。
薄暗い部屋で横たわりながら、サロメはこれまでのことを思い返した。
武芸には自信があった。正面から立ち向かってくる相手なら、誰にも負けないつもりだった。だが、姑のように笑顔で人を陥れる相手には、どうすることもできなかった。
もし自分が、もう少しうまく立ち回れる女だったなら、こんなことにはならなかったのだろうか。
そのとき、ふと双子の妹の顔が浮かんだ。
幼い頃から何かにつけて衝突してきた妹は、サロメとは正反対の性格だった。剣を握ることもできないくせに、人の心を読むことには長けていて、いつの間にか周囲を自分の味方につけてしまう。
あの妹なら、姑の見え透いた親切にも笑顔で応じ、決して人前で怒鳴ったりしなかっただろう。
もっとも、今さら妹のことを考えたところで、どうにもならない。
サロメは重い瞼を閉じた。
「……あの子に、会いたかったわ」
せめて最後に、息子の顔だけでも見たかった。
その願いが叶うことはなく、その夜、サロメは誰にも看取られずに息を引き取った。
マクレ侯爵家に嫁いで三年。かつて剣や弓矢の腕を誇り、誰よりも気丈だった伯爵令嬢の最期は、あまりにも寂しいものだった。
――だが、サロメの人生は、そこで終わらなかった。
次に目を開けたとき、彼女がいたのは見慣れたバルドー伯爵家の自室だったのだ。




