第1話 姑の陰謀
姉side
「わたくしの子を返して! なぜお義母様が面倒を見るのよ。産んだのはこのわたくしなのよ!」
「あなたは出産したばかりでしょう? 身体を休められるようにと、わたくしが赤子の世話を引き受けてあげているのですよ。それなのに、感謝の言葉ひとつないなんて」
「もう身体は十分に回復しています! それなのに、わたくしが会いに行けばお義母様の侍女に追い返され、抱くことさえ許されない。これのどこが親切だというの?」
サロメが声を荒らげると、姑はわざとらしく胸元に手を当て、悲しげに首を振った。
「困ったこと。そんなに感情的になっては、赤子が怯えてしまいますわ。やはり、あなたに子育てを任せるわけにはいきませんね」
「お義母様こそ、わたくしから子どもを奪うつもりでしょう! 優しい言葉を並べて、腹の中では何を考えているのかわかったものではないわ!」
「まあ……! 嫁を気遣う姑に向かって、なんという言い草でしょう。これほど根性の曲がった母親では、孫の将来が心配ですわ。これからは、わたくしが母親代わりとなって立派に育ててまいります」
「ふざけないで! あの子の母親はわたくしです! 絶対に取り戻してみせる。今に見ていなさい。わたくしから子どもを奪ったことを必ず後悔させてやるわ!」
サロメは悔し涙を浮かべながら姑を睨みつけた。しかし姑は少しも動じず、むしろ哀れむような眼差しを向けてくる。
かつてバルドー伯爵家の令嬢だったサロメは、武芸に秀でており気性も激しい。彼女は相手が目上の者であろうと、理不尽な扱いには黙っていられない性格だった。だが、正面から堂々と立ち向かうことには慣れていても、笑顔の裏で策略を巡らせるような相手は苦手である。
姑は、そんな嫁の性格をよく心得ていた。少し挑発すれば、サロメは必ず怒りをあらわにする。その姿を使用人たちに見せつければ、気性が激しく、母親としてふさわしくない女だという印象を植えつけられる。
実際、姑は息子にもたびたび訴えていた。
「サロメは剣を振り回したり弓矢を射ることしか知らない娘ですもの。大切な跡継ぎを任せるなんて、とても恐ろしくてできませんわ」
そして、その息子であるマクレ侯爵は、母親の言葉を疑ったことがなかった。
「母はわたしを女手一つで立派に育て上げてくれたのだ。お前も少しは母を見習ったらどうだ」
サロメが何を訴えても、夫が口にするのは決まってそんな言葉ばかりだった。
結婚当初から姑の干渉は激しかったが、サロメが男児を出産してからというもの、その態度はいっそう露骨になった。
侯爵家にとって待望の跡継ぎが生まれた今、姑はもはや嫁に遠慮する必要などないと考えていたのである。
そしてサロメはまだ知らなかった。
この日の口論が、やがて自分を死へと追いやる陰謀に利用されることを。
その数日後のこと。突然姑が苦しみだした。急遽、侯爵家の専属医師が呼ばれ、診察にあたった。騒ぎを聞きつけたサロメも姑の寝室に駆けつけ、夫とともに診察の結果を待っていた。
「こ、これは毒を盛られた可能性が高いでしょう。幸い摂取量が少なく、大事には至りませんでした」
「なっ、なんだと? 父亡き後、わたしを女手ひとつで育て上げてくれた母に……毒を盛った鬼畜は誰だ!」
マクレ侯爵は怒りにわなわなと身を震わせた。少し回復した姑がベッドから身を起こし、息子を見つめた。
「このわたくしに毒を盛る者なんていませんよ……でも、数日前にサロメが……いいえ、あの子がこんな大それたことをするはずがありませんわね。息子よ、今のことは聞かなかったことにしなさい」
「なんですか? 教えてください、母上」
姑はためらう素振りを見せながら、数日前にサロメから言われた言葉を息子に告げた。
「サロメはわたくしに『ふざけないで! あの子の母親はわたくしです! 絶対に取り戻してみせる。今に見ていなさい。わたくしから子どもを奪ったことを必ず後悔させてやるわ!』と言ったのです」
「お義母様! あれは子どもを返してほしいという意味で言ったのであって、毒を盛るなんて一言も言っていません!」
サロメは慌てて反論したが、マクレ侯爵は聞く耳を持たなかった。母親を絶対視している彼にとって、サロメの言葉は言い逃れにしか聞こえなかったのである。
「サロメの部屋を捜索せよ! 隅々まで調べ上げろ!」
「ちょっと待って! どうしてわたくしが疑われなければならないの!」
サロメの抗議も無視して、マクレ侯爵は使用人たちに捜索を命じた。メイドたちが引き出しやクローゼットを開け、部屋中を調べ始めた。
「勝手に人の部屋を荒らさないで! いくらなんでも無礼でしょう!」
「やましいことがないなら黙っていろ!」
マクレ侯爵は冷たく言い放った。やがて、一人のメイドがクローゼットの奥から小さな薬瓶を取り出し、声を上げた。
「マクレ侯爵様! こんなところから薬瓶が出てきました。怪しいです。すぐに調べてください!」




