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ZERO  作者: 楓シロ
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23/25

第23話 開戦

「彩乃、蒼紫」

 颯斗の短い声に、二人が顔を上げた。

 彩乃は髪をきつく結び直し、蒼紫は面倒そうに上着を羽織る。

「ここで逃げたら寝覚めが悪いしな…。行くしかないか」

 蒼紫の切れ長の目の奥には、久しぶりに見る「本気」の鋭い光が宿っている。


「行くぞ」

 二人が頷いた。

 廊下を突き抜ける風のように、三人の足音が遠ざかっていく。


 外に出た颯斗、彩乃、蒼紫の目に飛び込んできたのは、理不尽なパニックへと叩き落とされた大阪の街だった。

「ひっ、来るな、来るなア!」

「誰か、誰か助けてくれ!」


 頭上を不気味な羽音を立てて飛び交う黒いドローンの群れ。

 逃げ惑う群衆の悲鳴。

 へし折られた信号機。


「くそっ、完全に人間を敵だと思っていやがる」

 数時間前まで、街では「隔離しろ」「バケモノ」という声が飛び交っていた。

 その同じ街で、今、人々は能力者に助けを求めている。


「……皮肉なもんだね」

 彩乃が、自嘲するように笑った。

「あれだけ私たちを追い出そうとしてたくせにね」


 その時、逃げ遅れた母親と小さな子供の真上から、一機の暴走ドローンが鋭い金属音を立てて急降下した。完全に標的を捉えている。

「危ないっ!」

 彩乃が叫ぶと同時に、その瞳が鋭く光った。

 能力発動――【時間操作】


 急降下していたドローンの時間だけが、切り取られたように停止した。

 機体は母子の頭上で、空間に縫い止められたようにピタリと静止する。

「蒼紫、そこだ!」

「めんどくさいなぁ、もう……!」

 悪態をつきながらも、蒼紫が素早く手をかざした。

 瞬時に冷気が走り、ドローンの駆動部が白い霜と厚い氷に覆われていく。

 彩乃が能力を解除した瞬間、凍りついた鉄の塊となったドローンは、推進力を失ってアスファルトの地面へ無残に叩きつけられ、粉々に砕け散った。


 しかし、休む間もなく背後から別の二機が、信じられない速度で突進してくる。


「シッ――!」

 遮るように前に出たのは、颯斗だった。

 限界突破した身体能力から放たれた【刀】の一閃。

 目にも留まらぬ速度で空間を裂いた刃は、迫り来る二機のドローンを、寸分の狂いもなく一撃で真っ二つに両断した。

 火花を散らしながら、左右に転がっていく鉄の残骸。

 助けられた母親は、腰を抜かしたまま、呆然と颯斗たちを見上げていた。


「文句を言っても始まらない。行くぞ」

 颯斗は母親に視線すら向けず、ただ前だけを見据えて再びアスファルトを蹴った。


 その時だった。

『市民の皆さまは、案内表示に従って最寄りの避難区画へ移動してください』

 街頭スピーカーから、いつもと変わらない穏やかな声が流れる。

 同時に、交差点脇の大型サイネージが一斉に切り替わり、鮮やかな青い矢印が地下商業施設の入口を指し示した。


「避難誘導……?」

 彩乃が足を止める。

 周囲にいた人々は、ほっとしたように案内へ従い、吸い込まれるように次々と地下へ向かっていった。


 だが――。

 最後の一人が中へ入った、その直後。


 ガシャン――ッ!!


 巨大な防火シャッターが一斉に落ちた。

「え……?」

 中から悲鳴が上がる。

「開けて!」

「閉じ込められた!」

「誰か――!」


 逃げようと横の非常口へ向かった人々の前に、小型の警備ロボットが滑り込んだ。

 赤く明滅する光学センサーが、一斉に人間へと向けられる。

『警告。指定区画から離脱しないでください』

「なんでだよ! ここから出せ!」

 一人の男がシャッターを叩いた瞬間、警備ロボットの腕部がカチリと展開した。


「危ない!」

 颯斗が地を蹴る。

 金属音とともに刀が振り抜かれ、ロボットの腕が根元から弾き飛ばされた。

「下がれ!」

 その声を合図に、彩乃と蒼紫も跳ねるように動く。


 だが、次の瞬間。

 通りの両側から、小型の配送ロボットが次々と進路を変え、こちらへ向かって殺到してきた。


「配達ロボまで!?」

 蒼紫が舌打ちし、路面へ冷気を走らせる。

 鏡面のように凍結した舗装の上で車輪を取られた機体が、甲高い駆動音を響かせながら横転していく。


「こっちだ!」

 颯斗たちは別の通りへ走る。

 だが、交差点へ差しかかった瞬間、無人の自動運転車が次々と滑り込み、横一列に壁を作って停止した。


「……道、塞がれた」

「裏へ回る!」

 建物の脇道へ駆け込もうとした、その瞬間。


 ガシャン――ッ!


 今度は目の前のシャッターが落ちる。

「また!?」

 彩乃が振り返る。


 その時、道路脇の大型サイネージに赤い文字が浮かび上がった。

 《対象位置更新》

 続いて、別の建物。

 別の案内板。

 街灯の支柱に埋め込まれた表示灯。

 次々と同じ文字が感染するように現れる。


 《進行方向予測》

 《対象三名》


 三人の足が止まった。

「……バレてる」

 彩乃が青ざめる。

 蒼紫が周囲を見回した。

「カメラだけじゃないな」

「音も拾われてる」

 颯斗が低く言った。


 少し離れたサイネージが、こちらを向くように角度を変える。

『現在地からの離脱を中止してください』

「……やっぱ聞いてるな」

『現在のあなた達の行動は、防衛システムによって脅威行動と判定されています』

「マザー」

 颯斗が呼びかける。

『はい、颯斗さん』

「こいつら、俺たちの会話まで拾ってるのか?」

『その可能性は高いです。防衛システムは、都市内の複数の音響・映像・位置情報センサーを統合して対象を追跡しています』

 彩乃が顔をしかめる。

「じゃあ、どこ行っても分かるじゃん」

『都市インフラが集中する区域では、その可能性があります』

「……最悪」

 蒼紫が小さく吐き捨てた。


「なんとかならないのか」

『制御権の奪還を試みます』

 サイネージの表示が一瞬乱れた。

『……やはり、拒否されています』

「マザーがやってるんじゃないんだな」

『はい。私は皆さんへの攻撃を指示していません』

「でも止められない」

『……はい』

 颯斗は周囲を見渡した。


 道路。

 建物。

 監視設備。

 自動運転車。

 案内表示。

 配送機。


 この街では、快適な暮らしのために存在していたすべてが、防衛システムの目と手になっている。


「……ダメだ」

「え?」

「ここじゃ勝てない」

 颯斗は刀の柄を固く握り直した。

「街の中にいる限り、向こうに全部見られてる。道も、建物も、車も、全部使われる」

 蒼紫が額の汗を拭いながら顔をしかめる。

「じゃあ、どうするんだよ」


 その直後。

 前方の交差点へ、また自動運転車が滑り込む。

 左右の道でも防火シャッターがけたたましい音とともに次々と降り始める。

 後方からは警備ロボットの群れ。

 頭上には黒い配送ドローン。

 完全に包囲網が完成しつつあった。


「颯斗!」

「走れ!」

「どこへ!?」

「大阪城だ!」


 颯斗は迷わず前を指した。

「ここで止まったら終わる!」

「なんで大阪城!」

「あそこなら古い構造物が多い。自動設備も少ない。少なくとも、ここよりはマシだ」

「でも道が――!」

「作る!」


 颯斗が刀を構えた。

 その横で蒼紫も両手を前へ出す。

 彩乃が息を整えた。


「行ける?」

「行くしかないだろ」

 彩乃が周囲を見渡す。

「でも、みんなバラバラだよ」

 別の通りから逃れてきた能力者たちの姿が見え始める。


「大阪城へ行け!」

 颯斗が声を張り上げる。

「戦える奴は大阪城へ集まれ!」

 その声が、混乱する街の中を走っていく。

 誰かが同じ言葉を叫び、別の誰かが端末へその言葉をたたきこむ。


 やがてその呼びかけは、途切れかけた通信網と人々の口伝を伝って、少しずつ広がり始めた。


 ――大阪城へ。


 防衛システムに掌握された街を逃れながら、追い詰められた能力者はそこを目指し始めていた。


 遠く、高層ビルの隙間の向こうに、大阪城の天守が小さく浮かんでいる。

「走れっ」

 今度こそ、三人は迷わず走り出した。


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