第22話 始動
ザザッ――、と激しいノイズを立てて、リビングの大型モニターが息を吹き返した。
映し出されたのは、先ほど通信が途絶えた夢洲サテライト前ではない。
少し離れた区域から捉えた、夢洲上空の映像だった。
そこは、不気味なほど静まり返っていた。
画面の向こうで、黒い斑点が急速に広がっていく。最初は狂ったように密集した鳥の群れかと思った。だが、違った。
太陽の光を鈍く跳ね返す、無数の、鋼鉄の翼。
――ドローンだった。
数え切れないほどの機体が、歪なほど整然と隊列を組み、上空を埋め尽くしている。羽音ひとつ立てず、ただ圧倒的な質量をもって、そこにあった。
『――夢洲上空に、無人機群を確認。市民の皆様は、直ちに周辺から退避し、安全な場所へ避難してください』
マザーの声が街に流れた。そのトーンはどこまでも穏やかで、いつも通りだった。けれど、同じ言葉を機械的に、何度も、何度も繰り返した。
『直ちに避難してください。繰り返します。直ちに避難してください』
モニターの中で、最初の一機が、牙を剥くように動いた。
ターゲットを捕捉したドローンが、逃げ惑う群衆に向かって、急降下した。
デモの群衆も、逃げ遅れた市民も関係なく、ドローンは地上の人影を次々と追っていた。
凄まじい悲鳴が響き渡る。カメラが激しく揺れ、人々が我先にと走り出し、折り重なるようにして転倒していく。また新しい悲鳴が、折り重なった人々の下から上がった。
ドローンは、容赦なく人々を排除しようとする。
次々と上空から舞い降り、執拗に人間を追い回す。
逃げ道を塞ぐように低空を横切り、建物の壁面すれすれを高速で旋回する。衝撃で窓ガラスが砕け散った。
逃げる人。転ぶ人。血を流しながら助けを叫ぶ人。
地獄絵図と化した現場を、モニターの画面が揺れながら映し出し続けた。
談話室は、完全に静まり返っていた。
誰も動かなかった。誰も、何も言えなかった。
ガラス一枚隔てた画面の向こうで、自分たちが暮らす街が、理不尽に壊されていく。
「……マザーのドローンか」
颯斗が、絞り出すような声で言った。
『はい。形式上は、マザーシステムの管理下に置かれている警備用機体です』
「……どういうことだ?」
『私自身には、人間へ危害を加える行動を選択・実行できないよう制限が設けられています。しかし……』
マザーの音声がかすかに途切れた。
『これらの機体は、テロや外部からの攻撃によって基幹システムが危険に晒された際、コアを防衛するために設計された独立型の防衛システムです』
「じゃあ……あのデモを、テロだと判断したってことか?」
『現在、夢洲基幹セクターは市民による侵入および破壊行為を「外部脅威」と判定し、自律防衛プロトコルへ移行しています』
「止められないのか!?」
『……現行のプロトコルが作動している以上、私からの通常制御命令は受理されません』
「マザーでも無理なのか?」
『基幹システムそのものが侵害された場合を想定し、防衛プロトコルは通常のマザーシステムから独立して設計されています』
「つまり、マザーが乗っ取られた時のための仕組みってことか」
画面が、上空数百メートルからの夢洲全体の映像へと切り替わった。
黒いドローンの大群が、夢洲の基幹施設を中心にして、幾重もの巨大な円を描くように旋回している。
その光景は、巨大な何かが、中心にある心臓を幾重にも取り囲んで守っているかのようだった。
『市民の皆様は、直ちに避難してください。繰り返します――』
街中に、マザーの無機質なアナウンスが響き渡り続ける。
だが、もう遅かった。世界はとっくに、制御不能なパニックに叩き落とされていた。
尚人は、液晶端末を握りしめたまま、画面から目を逸らすことができずにいた。喉が完全に張り付き、もう声すら出なかった。
悠は、じっとしていられず、勢いよく立ち上がった。
見ると、颯斗もすでに立ち上がっていた。
その鋭い視線は、もはや画面の惨劇を見てはいない。
リビングの出口――その先にある戦場を見据えていた。
颯斗が、出口へ向かって一歩踏み出した。
「俺も――」
「悠。お前は残れ」
振り返った颯斗の瞳には、静かだが、決して拒絶を許さない強さがあった。
「悠、頼みがある。マザーと連絡を取り続けろ」
「マザーと?」
「状況が変わったらすぐ知らせてくれ。俺たちは外に出たら、ここと同じ情報を拾えるとは限らない」
「でも‥」
「あいつは、お前には答える」
颯斗の右手は、静かに、そして硬く、腰の刀の柄へと掛けられた。
金属製の鍔が、カチリと冷たい音を立てた。




