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ZERO  作者: 楓シロ
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第20話 トリガー

 宗像大地は、一睡もしていなかった。


 深夜の解析室。暗闇の中に青白く浮かび上がるモニターには、無数の数字と波形グラフが羅列されていた。

 一年前に行われたチップに関するアップデートの実施記録。能力初発現の報告日時。発現者の年齢、居住地。そして、彼らが装着しているチップの型番。

 それらのデータを並べ、重ね、ひとつずつ照合していく。


「……嘘だろ」

 誰もいない静まり返った部屋に、大地の掠れた声が虚しく響いた。

 もう一度確認した。プログラムのバグを疑い、さらに別の角度からデータを重ね直した。

 ――だが、結果は1ミリもずれなかった。


 能力発現者の急増は、大規模なチップアップデートの直後から始まっていた。

 そして確認できた発現者のほぼ全員が、同一系列のチップを使用していた。


 チップが、能力発現に関与している可能性が極めて高い。

 だが、同じチップを持つ者すべてが発現しているわけではない。


 なら、何が発現する者としない者を分けているのか。

 大地は力なく椅子の背もたれに倒れ込み、白々と明けていく室内の天井を見つめた。

 窓の外の空が、冷たい灰色から朝の光へと変わり始めていた。


 ◇


 午前中、大地は機構の上層部へ緊急の報告を入れた。

 重苦しい空気の満ちた会議室に集まったのは、幹部を含む五人の上層部。大地は会議卓の上に手際よく資料を並べ、冷徹な数字とグラフを示しながら事実を説明した。


 説明が終わると、部屋には重い沈黙が降りた。

「……宗像主任。これは、確かなのかね」

「データ上、明らかな相関関係が出ています。現段階で因果関係までは断言できませんが、アップデート以降の能力発現増加と無関係とは考えにくいです」

 再び、息の詰まるような沈黙が会議室を支配する。幹部たちは互いに顔を見合わせ、やがて中央に座る部長が重い口を開いた。

「……この件に関する公表は、しばらく見送ってくれ」

「なぜですか!?」

 大地は思わず机を叩き、身を乗り出した。

「今、この状況でこんなデータを出してみろ。大騒ぎになるぞ。ただでさえ能力者への風当たりが強い時期なんだ。もし『チップが原因で能力者になった』などという話が外に漏れれば、市民のパニックは免れない」

「ですが、もし本当に関連があるなら、今この瞬間も市民はその危険なチップを――」

「だからこそだ。確証のない相関データだけで『チップが能力を生む』と発表するわけにはいかん。社会に無用な混乱を招くだけだ」

 部長の有無を言わせぬ冷淡な口調に、大地は言葉を詰まらせた。

 資料をまとめ、会議室を後にする。

 無機質な廊下を歩きながら、大地は手の中の端末を、壊れそうなほど強く握り締めていた。

 ――しかし、彼の懸念は、最悪の形で現実のものとなった。


 その日の夜、SNSの片隅が一気に動き始めた。

【なぁ、首の後ろが熱くなって能力出た人っていない? 一年前のチップのアップデートと時期がピッタリ合う気がするんだけど】

 最初は、タイムラインの底に埋もれるような小さな個人投稿に過ぎなかった。

 だが、それは瞬く間に拡散され、翌朝には制御不能なまでの大炎上へと発展していた。


『チップがやばい。俺たちの首に変なもん埋め込まれてるってことか?』

『全部マザーのせいだったのかよ!?』

『能力者(バケモノ)を作り出してたのは、他でもない機構とマザーじゃないか!』


 世界が一気にひっくり返っていく画面を、大地は自室で呆然と見つめていた。

 大地の脳裏に、あの夜、談話室にいた顔ぶれが浮かんだ。

 颯斗、彩乃、蒼紫、悠――そして、尚人。

「……っ」

 大地は端末を机に叩きつけると、両手で乱暴に頭を抱え込んだ。

「あいつ……また、何も考えないで……!」


 もう、誰にも止められなかった。

『本日、SNS上において、生活支援チップと能力発現の関連性を示す真偽不明の投稿が広範囲に拡散しております。現在、機構およびシステム部門にて厳密な事実関係を確認中です――』

 耳の奥で、マザーの声が静かに、そして滑らかに響く。

 街中に設置された街頭サイネージからも、全く同じアナウンスが繰り返されていた。

 その声はどこまでも穏やかで、いつも通りの「完璧なシステム」そのものだった。


 けれど、その声を聞く人々の側は、もう昨日までと同じではいられなかった。

 いつも通りの優しい声に守られていた街の空気は、いまや決定的な亀裂をはらみ、確実に変わり始めていた。

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