第19話 輪郭
リビングの大型モニターには、連日同じ映像が映し出されていた。
『――はい、現在も能力統括機構の前では、大規模な抗議デモが行われています。現場から中継です。集まった市民たちは、相次ぐ能力者の暴走に対し、能力者全員の即時隔離を叫んでおり、緊張が続いています――』
プラカードを掲げる群衆の映像を、悠は静かに見つめていた。
「なぁ、マザー」
『はい、悠。何でしょう』
「機構に来れば、能力を制御する訓練が受けられるんだよな」
『はい、その通りです。皆さん日々、熱心に訓練に励んでいますよ』
「なのに、隔離を求める人が増えてる」
『そうですね』
悠は画面の群衆を見つめた。
「怖いからって、遠ざければ、訓練を受けない能力者が増える。そうなれば、むしろ暴走の危険は上がるのに、何故みんな?隔離しようとするんだ」
わずかな沈黙のあと、マザーが答えた。
『皆さん、とても不安なのだと思います』
「隔離すると不安は消えるのか?」
『人間は強い不安を感じると、その対象から距離を取ることで安全を確保しようとする傾向があります』
「……でも、それは解決になってないよな」
「怖いから遠ざける。遠ざけるから訓練できない。訓練できないから、また怖がられる……」
悠は小さく息を吐いた。
「……悪循環だな」
『本当に悪循環だと思います』
「このままだと、怖がる人も、隠れる能力者も、どっちも増える一方だ」
『悠は、皆さんのことが心配なのですね』
「そうだな……。早くこの騒ぎが収束してくれるといいんだけど」
けれど、そんな悠の静かな願いも虚しく、事態は悪化の一途を辿っていった。
能力者に向けられる偏見は日増しに厳しくなり、颯斗たち能力者は、訓練室以外で外に出ることすら難しくなっていった。
能力者だけではない。機構で働く職員まで「バケモノの片棒を担いでいる」と非難され、辞める者が相次いだ。
そんな異常な状況の中でも、一切態度を変えず、平然と辞めずに働き続けている男がいた。
――倉前尚人だ。
ある夜、談話室のソファにだらしなく寝そべる尚人を見かねて、彩乃が不思議そうに声をかけた。
「ねえ尚人ってさ、よく仕事辞めないよね。近所の人とかに嫌み言われたりしないの?」
「えー?」
尚人はスマホの画面から目を離さないまま、スナック菓子を口に放り込んだ。
「ここ給料いいし、俺、周りの目とか全然気にしてないから。それにさ、颯斗もここにいるし」
そのあまりにもあっけらかんとした物言いに、彩乃は心底あきれたように息を吐いた。
「あんたって、本当……なんて言ったらいいんだろう。図太いっていうか、鈍感すぎるというか……なんでそんな平気なの?」
「なんだよ。人が真面目に働いてんのに文句言うなよ」
『尚人さんは、ご自身の気持ちにとても素直な方なんです。他人の意見に振り回されないのは、一つの強みですよ』
マザーが優しくフォローを入れる。
「いやいや、マザー、それはちょっと都合良く言い過ぎだって!」
彩乃がすかさずツッコミを入れ、離れた場所で本を開いていた蒼紫が「フッ……」と鼻で笑った。
「あ!? なんだよ彩乃、笑うなよ蒼紫!」
不満そうに大袈裟に声を荒げる尚人を中心に、談話室の空気がふっと緩んだ。
外部からの偏見や事件以来、ずっと重く冷え切っていたリビングに、久しぶりの温かい笑い声が落ちた瞬間だった。
その時、スライドドアが静かに開き、一人の男が入ってきた。
「なんか、盛り上がってんな」
「あ、宗像さん」
悠が振り返ると、作業着姿の大地が、どこか切羽詰まった目をして立っていた。
「みんな、ちょっと能力が発現した時について聞きたいんだけどさ」
「はい?」
「最近、初発現者のカルテを洗ってたら、妙に気になる共通点が出てきてな」
大地はテーブルに両手をつき、覗き込むようにして三人を見つめた。
「お前たち、自分の能力が最初に発現する直前……首の辺りが熱くなった記憶はないか?」
その具体的な問いに、リビングの空気が一変した。
「首、ですか……?」
颯斗が記憶を辿るように、自分の首元に手を当てた。
「俺の能力が最初に発現した時は、全身が燃えるように熱くなった感覚がありましたが……。言われてみれば、確かに、首の後ろのあたりが一番激しく熱を持っていた気がします」
「あ、私、覚えてる!」
彩乃がハッとして手を挙げた。
「高校に遅刻しそうになって、やばいやばいってパニックになって走ってた時、急に首の後ろがカッカと熱くなって……。その直後に、後ろにいた先生が止まったの!」
「俺は……」
こたつの中から、蒼紫が静かに口を開いた。
「あの冬の日、めちゃくちゃ寒い日で、限界だった。首の後ろだけ妙に熱くなったのは覚えてる。その直後、気づいたら周りが凍ってた」
三人全員の、共通した「首の熱さ」。
「……そうか、やっぱり全員そうか」
大地は低く呟き、顔をひどく強張らせた。
「え、首って……もしかして、そこに何かが?」
悠が思わず問いかけると、大地はそれ以上言及するのを拒むように、短く首を振った。
「いや、まだ可能性の段階だ。すまん、急ぎの解析があるから戻るわ」
大地はそれだけ言い残すと、弾かれたように談話室を飛び出していった。
静まり返った部屋の中で、颯斗、彩乃、蒼紫はそれぞれ自分の首元へ手を伸ばした。
まだ見えない何かの輪郭が、少しずつ浮かび上がり始めていた。




