第14話 加速
大学生の建御徹平は、数日前から体に起きていた異変に怯えていた。
手のひらから、時折、眩しい光の粒子が漏れ出すようになったのだ。
『徹平さん。能力発現の可能性があります。ただちに能力統括機構への連絡を推奨します』
「……わかってる」
端末から聞こえるマザーの音声に、徹平は弱々しく返事をするだけだった。しかし、どうしても電話をかける勇気が出ない。
最初は朝起きたときに指先がほのかに光る程度だった。それが次第に、スパークのような不穏な音を立ててバチバチと弾けるようになる。
徹平は震える指でスマートフォンを検索した。
『能力発現初期の症状』『機構への届け出と能力制御訓練について』
画面をスクロールする。だが、有益な情報と並んで、嫌でも目に入ってしまうのは不特定多数による激しい嫌悪の言葉だった。
《近所に能力者がいたら引っ越したい》
《やっぱり危険分子。いつ牙をむくかわからない》
《能力者は全員、社会から隔離されるべきだ》
棘のような見出しが、徹平の胸を刺す。
『徹平さん、感情の乱れが検知されました。生体電気活動にも通常とは異なる変動が確認されています。至急、機構へ連絡されることを強く推奨します』
「今日は……ちょっと体調が悪いから。明日、連絡する」
その時、手元のスマホが甲高い着信音を鳴らした。ディスプレイに表示されたのは、見覚えのない番号。
息を呑んでその番号を検索すると――『能力統括機構・相談窓口』と出てきた。
じっと画面を見つめたまま、徹平は指一本動かすことができなかった。やがて、痺れを切らしたように電話は切れる。
どうしたらいいのか、わからなかった。
機構に行かなければいけないことくらい、真面目な彼には痛いほど分かっていた。
だが、もし能力者だと認定されたら?
大学の仲間たちは自分をどんな目で見るだろう。
両親になんと言えばいいのだろう。
「危険人物」として、当たり前だった日常から追い出されてしまうのだろうか。
そんな恐怖ばかりが膨らみ、徹平は完全に動けなくなっていた。
翌日も、翌々日も、機構からの着信は続いた。
徹平はそのたびに、逃げるようにスマホの画面を伏せた。
徹平は昔から、手に負えない問題ほど後回しにしてしまうところがあった。
少し待てば、何かが変わるかもしれない。
今日をやり過ごせば、明日にはもう少し勇気が出るかもしれない。
そうやって、いつもぎりぎりまで抱え込んでしまうのだ。
『徹平さん。状態の悪化が確認されています。早急に能力統括機構へ相談されることを推奨します』
徹平は大学へ行くことすらできなくなり、部屋に引きこもった。
手のひらから弾けるバチバチという不快な衝撃が、いつ、どれほどの規模で跳ね上がるのか、自分でも予測がつかないからだ。
その時、静かな部屋にピンポーンと玄関のチャイムが鳴り響いた。
ドアスコープから外を覗くと、廊下にスーツを着た二人の男性が立っていた。
「マザー……僕、いないことにして」
『あの方々は能力統括機構の職員です。ドアを開け、対応されることを強く推奨します』
「今日は……今日は絶対に嫌なんだ! 明日自分から行くから、頼むから帰ってもらって……!」
徹平が悲痛な声で頼み込むと、マザーが何かを伝えたのか、職員たちは心配そうな表情を浮かべながらも、重い足取りで去っていった。
その場にへたり込み、荒い息をつく徹平。
『大丈夫ですか、徹平さん。心拍数および体温が急上昇しています。落ち着くために冷たい水分を摂られることをお勧めします』
重い体を無理やり引きずり、キッチンへ向かって冷蔵庫を開けた。
――ガタン。
だが、中には何も入っていなかった。
そういえば、昨日から何も食べていない。
戸棚を引っ掻き回しても、買い置きのカップ麺ひとつ残っていない。数日間、逃げるように閉じこもっていたツケだった。
「はぁ……」
徹平は深くため息をついた。
「……何やってんだ、俺」
機構に行けばよかった。
電話くらい出ればよかった。
分かっていたのに、何一つできなかった。
少しでも隠せる気がして、クローゼットの奥から厚手の手袋を取り出し、両手にはめた。
そしてフードを深々と被り、外へ出る覚悟を決める。
マンションを出て、近くのスーパーへと足を早める。
すれ違う街の人々の口からは、心ない会話が漏れ聞こえていた。
「ねえニュース見た? また能力者が暴走したんだって」
「ホント怖いわよね。普通に歩いてるだけでも巻き込まれそうで……」
スマホを見ながら話す通行人の言葉に、徹平はビクッと肩を跳ね上がらせた。
誰も自分を見てなどいないはずなのに、まるで「お前も危険なバケモノだろう」となじられているような気がしてならない。
すれ違う人々全員が、自分を軽蔑と警戒の目で見ているように思えてならなかった。
『徹平さん、ストレス値が限界領域に達しています。直ちに安全な場所で休息してください』
(わかってる……わかってるから……!)
恐怖と焦燥、そして自分への苛立ち。抑え込み、後回しにし続けてきたあらゆる感情が、逃げ場を失って体内で渦を巻く。
それはまるで、逃げ場のない静電気のように、皮膚のすぐ下でピリピリと鋭い不快感となって溜まり込んでいく。
『危険です、徹平さん。電気的反応が急激に上昇しています』
(お願いだ、静まってくれ……!)
その時だった。
「――あれ、徹平? 久しぶり!」
ポン、と軽く肩を叩かれた。
振り返ると、そこには大学の友人が無邪気な笑顔で立っていた。
(見られた――)
そう思った瞬間、徹平の思考は真っ白に染まった。
彼が一番恐れていた「知られること」「拒絶されること」が引き金となり、体の内側に溜まり続けていた何かが、一気に弾け飛ぶ。
バチバチバチバチバチッッ!!
「――――!?」
すさまじい閃光と落雷のような破裂音が視界を焼き尽くした。
友人の悲鳴、街頭の電子看板や防犯カメラが激しいスパークとともに黒煙を吐き出す音。
――バアアアアアン!!
制御を失った高電圧の放電が、駅前へと続く街路の電気系統を一瞬で焼き切り、周囲の空間を爆風のように吹き飛ばした。
◇
その日の夕方。
街頭モニターや各家庭の端末には、真っ赤なテロップと共に不安を煽り立てるニュースキャスターの声が絶え間なく流れ続け、SNSには無数の恐怖と憎悪のコメントが濁流となって溢れかえった。
『やっぱり能力者は全員危険だ』
『あいつらは一匹残らずバケモノなんだよ』
『機構も国も、こうやって真実を隠そうとしてきたんだ』
それらの過激なフレーズは、わずか数日のうちに、多くの人が疑いもせず口にする「当たり前の常識」へと姿を変えていった。
画面に映るのは、閃光と悲鳴、壊れた街頭、逃げ惑う人々。
徹平が、なぜ能力を隠し、機構からの連絡に応じることすらできなかったのか。
能力者と知られた瞬間に日常が壊れることを、どれほど恐れていたのか。
数日前から鳴り続けていた機構からの着信も。
玄関の前まで来た職員に怯え、息を潜めていたことも。
「明日こそ」と何度も自分に言い聞かせていたことも。
そこには、何一つ映っていなかった。




