第3話 氷の覇王(中身乙女)、限界でした
(えっ!? 私!? ここで私にパスが来るの!?)
というロザリアの心の声が聞こえる。
そうだ。いくらわたくしが理詰めで追い詰めたところで、最終的な処罰の権限を持つのは『国王』なのだ。
さあ、愛しいおバカさん。お膳立ては全て済ませてやった。あとはお前が、国王らしく威厳たっぷりにトドメを刺すだけだ。
(ひええええええええええっ!? 私ぃぃぃぃ!?)
王妃から極上の微笑みと共にバトンを渡された瞬間、私の脳内は嵐に巻き込まれた小鳥のように激しくパニックを起こしていた。
お膳立てが完璧すぎる。完璧すぎて逆にプレッシャーがすごすぎる。
だって、あんなにカッコよく、市場の物価から魔石の流通ルートまでスラスラ挙げて不正を暴いたお妃様の後なのだ。ここで私が少しでも噛んだり、情けない声を裏返らせたりしたら、全ての台無しどころか歴史的な大失態になってしまう。
(大丈夫、落ち着いて私! アレクシスの体は、彼が必死に鍛え上げてくれた、世界で一番強くて、世界で一番カッコいい王様の体なんだから!)
私は心の中で自分に強く言い聞かせ、深く息を吸い込んだ。
そして、玉座の手すりをゆっくりと、トントン……と規則的なリズムで指先で叩く。これだけで、広間に残っていた僅かな空気の振動すら恐怖で凍りつくのが分かった。
顔の筋肉を一切動かさず、ただ絶対的な強者として、床にへたり込む大臣へと視線を落とす。
アレクシスのこの鋭い猛禽類のような瞳は、ただ普通に見つめるだけで「すべてを見透かされている」と相手に錯覚させる最高の武器だ。
私は腹の底から、地を這うような重厚で低い声を響かせた。
「……見苦しいぞ、愚か者が」
アレクシスの肉体が持つ、低く心地よい極上の美声。中身のパニックを必死に押し殺し、ただ一言だけ、冷徹な君主として広間に轟かせた。
「己の私欲のために民の食卓を脅かし、あまつさえ我が王妃を侮辱した罪、万死に値する。……近衛兵、この者を直ちに地下牢へ連れて行け。我が国の財政に寄生した虫ケラの処分は、後ほどじっくりと言い渡してやる」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!! お、お許しを! 陛下、お許しくださいぃぃぃ!!」
その場にへたり込んでいた財務大臣は、ついに完全に腰を抜かし、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら見苦しく絶叫した。
しかし、国王の冷徹な命令の前に躊躇する兵士などいるはずもない。左右からガシッと屈強な近衛兵に両腕を掴まれ、大臣の肥満体が無様に引きずられていく。
彼の情けない悲鳴が遠ざかり、大謁見の間には再び、耳が痛くなるほどの沈黙が戻ってきた。
ひそひそと、文官や他の貴族たちが顔を青ざめさせながら、視線だけで会話を交わしているのが嫌でも伝わってくる。
『なんと恐ろしい……王妃様は市場の物価から我々の隠し口座まで、すべてを把握しておられるのか……』
『ああ、それだけではないぞ。国王陛下をご覧みろ。王妃様が理詰めで追い詰めるのを、最初からすべて知っていた上で、泳がせておられたのだ……』
『最初から全ては陛下の掌の上だったというわけか。逆らえば、一族郎党、一瞬で破滅だな……』
ふふっ。
またみんなが勝手に誤解して、アレクシスのことを怖がっている。
全部、あそこに立つ私のお妃様が一人で暴いてくれただけなのに!
こうして今日もまた、国王の『恐ろしい絶対君主伝説』と、王妃の『血も涙もない鬼伝説』に、誰も破れない新たなる最凶の1ページが刻まれてしまったのだった。
バタン! と重厚な寝室の扉が閉まり、魔法式の鍵がカチャリと締まった瞬間。
「あーーーーーーっ! 怖かったぁぁぁぁぁ!!」
私はイケメン国王の姿のまま、ベッドに向かって一直線にダイブした。
国中の貴族を恐怖に陥れた『氷の覇王』の威厳はどこへやら。フカフカの枕に顔を埋め、長い足をバタバタと悶絶するように動かす。
「おい、俺の身体で情けない声を出すな。というかお前、玉座の上でずっと心ここにあらずって顔をしてただろう。また俺に丸投げしやがって」
窮屈なドレスの肩紐を乱暴に緩め、ふぅとため息をつきながら、アレクシスが呆れたようにこちらを振り返る。
出ている声は鈴の音のような可愛らしい声だが、立ち姿や不機嫌そうな眉の寄せ方は完全に「不敵な男」のそれだ。
私はガバッと顔を上げると、ベッドから飛び起きてアレクシスに勢いよく抱きついた。
「違うもん! 上の空だったんじゃなくて、アレクシスに見惚れてただけだもん! あんな風に冷酷に数字を並べて論破する私の顔、最高に美人でカッコよかった! 大好き!!」
「バカ、くっつくな! お前(の今の身体)、デカいし筋肉質で重いんだよ! ……それに、お前が見惚れてたのは『自分の顔』だろうが」
「ううん、違うわ。私の顔をあんなに魅力的に、冷徹に動かしている『アレクシスの魂』に見惚れてたのよ」
アレクシスにどれだけ文句を言われようが関係ない。
アレクシスの細い腰をガッチリとホールドし、その華奢な肩に自分の(元の)顎を乗せて、すりすりとおでこを擦り付けた。
「あの大臣が震え上がっていくのを見ながら、私、心臓がドキドキしっぱなしだったんだから。今日も私を助けてくれた素敵なお妃様に、私から特別にキスのご褒美をあげるわ。……ほら、目を閉じなさい?」
「……っ、お前なぁ。自分の(元の)女の顔に向かって『キスしてやる』って迫るの、どんな性癖してんだよ」
アレクシスは真っ赤になって顔を背けるが、私を突き飛ばそうとするその手には全く力が入っていない。
口では文句を言いながらも、結局は私を甘やかして強く拒絶できないのが、私の大好きなアレクシスの可愛いところなのだ。
「性癖じゃないわ。私のこの身体が、あなたに触れたがってるのよ」
「……本当に、口の減らないヤツだ」
悪態をつきながらも、アレクシスは観念したように私の(元アレクシスの)大きな背中に、そっと白い腕を回した。
そして、ドレスの裾を少しだけ揺らしながら、爪先立ちで背伸びをして唇を重ねてくれた。
触れ合った瞬間、アレクシス(の中身)がビクッと微かに震える。
(ふふっ。昼間はあんなに冷酷に大臣を論破してたのに、私のこの(男の)身体で少し触れられただけで、今にも腰が抜けてしまいそうなほど甘い声を漏らすんだから……本当に可愛い!)
外では誰もが恐れる「鬼王妃」だが、二人きりの寝室では、結局いつも私に流されて甘やかされてしまうのだ。
(ああ……私、やっぱり元に戻れなくてもいいかも)
重い剣を振らされたり、不便なことは山ほどあるけれど。
こんなにも愛され、守られ、お互いの鼓動を一番近くで感じられるなら。
私はこれからも喜んで、お妃様のために『氷の国王』を完璧に演じ切ろう――。
熱く深い口づけの最中、自分の元の胸板に触れるアレクシスの手の体温を感じながら、私は心の中でこっそりと幸せな誓いを立てるのだった。




