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誰が鬼ですって? 〜王妃になったスパダリ国王、今日も愛妻を守るために悪役を演じます〜  作者: なな日々


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第2話 氷の国王の絶体絶命と、鬼王妃の無慈悲な経済制裁

 王城の最奥に位置する、荘厳な大謁見の間。


 高い天井に描かれた豪奢なフレスコ画から見下ろされるその空間は今、息が詰まるような重苦しい沈黙と、肌を刺すような緊張感に支配されていた。


「へ、陛下……ですから、南部の港ではここ数ヶ月、海魔の異常発生による被害が甚大でして……っ」


 広間の中央に敷かれた赤絨毯の上。


 立派な身なりの恰幅の良い財務大臣が、額から滝のような冷や汗を流しながら、ガタガタと震える手で報告書を読み上げている。


「王都の台所を支えるサヴァルフィッシュや、ルビー・スナッパーの漁獲量が激減しておりまして……このままでは物流が滞り、民の生活が……っ! ゆえに、復興のための特別支援金を、我が省の管轄に……!」


 大臣が必死に声を張り上げるが、玉座からの返答はない。


 あるのはただ、絶対零度の威圧感だけだ。


 豪奢な玉座に深く腰掛け、足を組み、頬杖をついたまま冷酷な眼差しで階下を見下ろす、艶やかな黒髪と切れ長の高貴な瞳を持つ偉大な国王。


 そしてその隣には、氷の刃のごとく冷徹な美貌を湛え、傲然と佇む美しき王妃が並び立っている。


 本来なら男たちの政治の場である御前会議。しかし、我が国において王妃の臨席を咎める者はいない。なぜなら、俺たちは結婚と同時に国を二人で支える「共同統治」の誓いを立てており、並ぶ者のない圧倒的な実務能力を持つ俺(王妃)が隣で手綱を握るのが、この国の暗黙の了解(そしてロザリアの命綱)だからだ。


 だが、階下で平伏する大臣たちには、そんな裏事情など知る由もない。


 玉座に座る国王の、一切の感情を排した氷のような表情は、彼が『氷の覇王』と畏怖される所以を完璧に体現していた。


 ――つまり、(ロザリア)である。

(ひぃぃぃぃぃ!! 怒ってない! 全然怒ってないからそんなに震えないで、おじさん!!)


 外見は誰もが平伏す『氷の覇王』だが、中身はただの恋する乙女である私は、心の中で特大の悲鳴を上げていた。


 (物流? 漁獲量? 海魔の異常発生?)


 王妃としてのマナーや芸術、お茶会の切り抜け方ならいざ知らず、そんな国政の根幹に関わる具体的な経済の数字なんて、言われてもサッパリわからない。


(どうしよう、どうしよう! ここで私が適当に相槌を打ったり、的外れな質問をしてボロを出せば、愛しの彼(アレクシス)が築き上げてきた完璧な王の肉体と名誉に泥を塗ってしまう!)


 私の不用意な発言で、『氷の国王、実は物流の仕組みを理解していなかった』などという噂が立てば、アレクシスの完璧な経歴の致命傷になる。それだけは絶対に避けなければならない。


 だから私は、ただ無言で睨みつけることしかできないのだ。


 恐怖で口が縫い合わされたように動かないだけなのだが、周囲の貴族たちから見れば、これがアレクシス曰く『冷酷に相手の嘘を値踏みしている、恐ろしい暴君の沈黙』に見えるらしい。


「へ、陛下……っ! なにとぞ、なにとぞ南部の港に慈悲を……っ!」


 沈黙に耐えきれなくなった大臣が、ついに床に額を擦り付けるようにして平伏した。


 居並ぶ文官や騎士たちも、国王の逆鱗に触れることを恐れて誰一人として口を開こうとしない。


(あああっ、もう限界! アレクシス、助けてぇ!)


 私が心の中で半泣きになりながら、隣の玉座に向けて必死のSOSを出した、その時だった。


「――大臣。随分と妙なことを仰いますのね」


 静まり返った謁見の間に、リンと澄んだ、氷の結晶がぶつかり合うような美しい声が響き渡った。


 我が国の絶世の美しき王妃――中身は、ゴリゴリの帝王学を修めた本物の国王(アレクシス)である。


 実は俺は、王妃という立場に収まってからも、王太子時代に組織した私設の諜報部隊「影」をそのまま手元で動かしている。だから、市場の物価という表の情報だけでなく、大臣が裏でどこの商会と結託し、誰の名義で私腹を肥やしているかといった「ドス黒い数字」まで、全て俺の机の上に筒抜けなのだ。


 王妃であるわたくし(アレクシス)は、優雅な手つきで扇を広げ、口元を隠しながら玉座の階段から階下の大臣を見下ろした。


「サヴァルフィッシュやルビー・スナッパーが不漁? わたくしが昨日、視察した市場の記録では、全く逆でしたけれど」


「なっ……王妃様、が、市場の記録、ですと……?」


 大臣が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でわたくしを見上げる。


 高貴なる王妃が、生臭い魚の流通など把握しているはずがない。そう高を括っていたのだろう。わたくしは扇の陰で冷たく笑い、あえて平民たちの生活に根ざした具体的な情報を並べ立てた。


「ええ。気圧密閉の魔導釜を使い、骨までとろけるほど柔らかく炊き上げたサヴァルフィッシュ。熟成させた琥珀色の魚醤ガルムと、甘みのある果実酒を使って、ふっくらと照りが出るまで煮付けたルビー・スナッパー……」


 謁見の間に、ゴクリと誰かが生唾を飲み込む音が響く。


 (こう言う時は如何に相手に想像させるのかが勝負よ)


わたくしはふふっと不敵に微笑んだ。それほどまでに、先ほどの料理の描写は具体的で、相手の食欲を完全に刺激していたのだ。


「これらは今や、王都の平民たちの間でも手軽で栄養価の高い食事として大人気の献立ですわ。価格も非常に安定しており、王都の台所には南部からの荷馬車がひっきりなしに到着して、物流も潤沢そのもの。……それなのに、南部の港だけが不漁で、国からの『特別支援金』が必要だなんて……随分とおかしな話ですわね?」


 痛いところを完璧に突かれた財務大臣の顔が、みるみるうちに赤紫に染まっていく。


 玉座に座る国王(ロザリア)が、ホッとしたような、そして「うちのお妃様カッコいい!」と言わんばかりのキラキラした瞳でこちらを見つめてきているのが横目でわかった。


「そ、それは……っ! 王妃様がご覧になったのは、ごく一部の幸運な商人の記録にすぎませぬ! 港の倉庫は海魔の被害で倒壊し、修繕のための莫大な費用が――」


「あら。では、先週あなたの名義でダヌンツィオ商会に発注された『高級建築石材』は、その港の倉庫の修繕に使われるのかしら? 確か、王都の一等地にあるご自身の別邸の増築用だと伺っておりますけれど」


「なっ……!?」


 カチン、と。わたくしが扇を閉じる音が、静まり返った広間に鋭く響く。


「ご自身の別邸は豪奢な石材で飾り立てるのに、南部の港の倉庫は安価な木材すら回してもらえず放置されている。これのどこが『海魔の被害』ですの? 単にあなたが、復興支援金を名目に国庫から金を引き出し、私腹を肥やそうとしているだけではありませんか」


 完璧な理詰めの包囲網。


 逃げ場を完全に塞がれ、周囲の貴族たちからも疑念の目を向けられ始めた大臣は、滝のような汗を流しながらギリギリと歯を食いしばった。


 そして、反論の余地がないと悟った彼は、焦りのあまり、ついに最悪のカードを切ってしまったのだ。


「お、王妃様……っ! ここは神聖なる御前会議の場でございますぞ!」


「……あら?」


「女が、厨房の献立の話など持ち出して、国政に口を挟むなど……っ! そもそも、国王陛下を差し置いて出過ぎた真似を!」


 怒鳴り声が、広間にこだまする。


 その瞬間。


 玉座で『氷の覇王』を演じていたロザリアが、(あああーっ! 言っちゃった! アレクシスに向かって一番言っちゃいけない地雷を踏んじゃったよこのおじさん!!)と、内心で頭を抱え、絶望的な顔をするのがわかった。


 その瞬間、王妃(アレクシス)の瞳から、スッと最後の温度が消え去った。


「……女が、国政に口を出すなと?」


 鈴を転がすような愛らしく高い美声。だが、そこに乗せられた絶対的な覇気と拒絶のトーンが、広間の温度を奪うほどに冷酷に響いた。


 パチン、と。扇を閉じる音が、今度は死神の足音のように広間に響く。


 わたくし(アレクシス)はゆっくりと立ち上がり、玉座の階段を一段、また一段と降りていった。


 カツン、カツンと響くヒールの音が、大臣の心臓を直接踏み潰すように間隔を詰めていく。


「厨房の献立と侮りましたね、大臣。ですが、民の食卓こそが国家の経済の縮図ですわ」


 わたくしは大臣の目の前まで歩み寄り、見下ろすように冷たく微笑んだ。


「ルビー・スナッパー一匹の末端価格の変動。魔導釜を動かすための火の魔石の消費量と流通ルート。魚醤を運ぶための、南部から王都へ続く街道の馬車の運賃。……それらすべての『生きた数字』がわたくしの頭に入っているからこそ、あなたの提出した横領前提の杜撰な帳簿と、決定的な矛盾が生じていると申し上げているのですわ」


「な、なにを……っ! 詭弁だ! 私は国の財政を預かる――」


「市場の物価一つ把握できず、一族で国庫を食い物にしようとする寄生虫に、愛する陛下の国の財布を預けるわけにはいきませんのよ」


 完全に退路を断つ、理詰めの嵐。


 美しい王妃の口から次々と飛び出す精緻な経済の数字と、逃げ場のない正論の刃に切り刻まれ、大臣はついに言葉を失った。


 玉座に座る国王(ロザリア)の様子をチラリと窺うと、表面上は微動だにせず『氷の覇王』を保っているが、その瞳の奥は完全に熱狂していた。


(ひぃぃぃ! アレクシス、カッコいい! さすが! 私の顔を使って、無慈悲に論破する姿が美しすぎるし理詰めの圧がエグい! 大好き!!)


 と、内心で立ち上がって大歓声を上げ、惜しみない拍手を送っている声が聞こえてきそうである。


 わたくしは再び大臣に向き直ると、鈴を転がすような愛らしい声で、最後の一撃を放った。


「それに、国王陛下を差し置いて出過ぎた真似……と言いましたわね? わたくしと陛下は一心同体。わたくしの言葉は陛下の意志であり、陛下の怒りはわたくしの怒りですの」


 わたくしは、完全に血の気を失い、床にへたり込んだ大臣から視線を外すと、優雅な所作で玉座へと振り返った。


「陛下も、この愚か者の浅知恵に大変お怒りですわ。……ねえ、あなた?」


 わたくしが極上の微笑みを向けると、玉座の国王(ロザリア)は、ビクッと肩を震わせた。


(えっ!? 私!? ここで私にパスが来るの!?)


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