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誰が鬼ですって? 〜王妃になったスパダリ国王、今日も愛妻を守るために悪役を演じます〜  作者: なな日々


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第1話 鬼王妃の華麗なる無双と、寝室の限界国王

※短編お読み頂いた方は2話目からどうぞ。

 王城の天井で眩い光を放つ、巨大な魔石のシャンデリア。


 壁沿いに並べられた豪奢な氷彫刻からは冷涼な空気が流れ出し、熱気を帯びた広間を快適な温度に保っている。


 鼓膜を心地よく揺らすのは、王宮お抱えのトップ楽団が奏でる優雅なワルツの調べ。色とりどりのドレスや燕尾服に身を包んだ貴族たちが、まるで花畑を蝶が舞うように滑らかなステップを踏み、あちこちで華やかな談笑の花を咲かせていた。


「…………(相変わらず、目が痛くなるほど派手な空間だな)」


 そんな熱狂と喧騒が交差する夜会の中心。


 一段高くなった玉座の傍らで、わたくしは完璧な角度で扇を揺らしながら、内心で深々とため息をついていた。


 わたくしの名前は、ロザリア。


 この国の王妃であり、周囲からは血も涙もない冷酷無比な『鬼王妃』として恐れられている存在だ。


 今日のわたくしは、最高級の絹を惜しげもなく使った純白のドレスを身に纏っている。


 月光を思わせるプラチナブロンドの髪は侍女たちが三時間かけて複雑な夜会巻きに仕上げ、耳元には国宝級のサファイアが揺れている。透き通るような白い肌と、氷のように冷たくも圧倒的な美貌。


 わたくしが一瞥をくれるだけで、周囲の貴族たちは弾かれたように道を空け、あるいはその場に跪かんばかりの勢いで平伏す。


『見ろ、今日の王妃様も信じられないほどお美しい……』


『ああ。だが、あの射抜くような冷たい瞳……少しでも粗相をすれば、その場で一族ごと氷漬けにされそうだ』


『まさに、氷の覇王(国王陛下)にふさわしい鬼王妃様ですわね……』


 扇の向こう側で交わされるヒソヒソ話など、わたくしの耳には筒抜けである。


 鬼王妃。結構なことだ。舐められて実害が出るよりは、恐れられて遠ざけられる方がずっとマシである。


 だが、彼らは一つだけ大きな勘違いをしている。


(……あーーっ! 疲れた! コルセット苦しい! ヒールで足痛ぇ!! ……俺、なんで王妃やってんだよ)


 わたくし――この絶世の美女の皮を被っている中身は、正真正銘の『男』。


 幼少期からゴリゴリの帝王学と騎士の過酷な訓練を積み上げてきた、この国の本来の王太子、アレクシスなのだ。


 慣れないヒールで爪先は悲鳴を上げているし、内臓を引き絞るようなコルセットのせいで呼吸すら浅くなる。おまけに、ドレスの裾を踏まないように歩幅まで制限される始末。


 こんな拷問器具のような服を着て、涼しい顔で微笑んでいなければならないなんて、世の女性たちは全員狂戦士か何かなのだろうか。


「……ん?」


 ふと視線を感じて振り返ると、玉座の上からわたくしを見つめている『国王陛下』と目が合った。


 漆黒の髪に、鋭くも端正な顔立ち。広い肩幅と、分厚い胸板。どんな豪奢な衣装にも負けない、王としての圧倒的な威厳と覇気を纏った、世界一の美男子。


 ――しかし、わたくしには分かる。


 あの威厳たっぷりの顔(本来ならば、俺の顔のはずなのだが……)で、中身のロザリア(王妃)が何を考えているのかが。


(あ、今『わぁ、アレクシス今日もすっごく綺麗! でもヒール辛そう、大丈夫かなぁ……よしよししてあげたい!』って顔したな、あいつ)


 玉座の上で足を組み、冷たい視線を放っているように見えるが、微かに揺れる瞳の奥には大型犬のようなソワソワ感が隠しきれていない。


 全く、誰があの席に座らせてやっていると思っているのか。俺があいつの代わりにこの(クソ面倒くさい)王妃の役目を完璧にこなしているからこそ、あのポンコツ乙女は玉座で威厳ある国王のフリが保てているのだ。


 わたくしは扇の陰で微かに口角を上げ、玉座の国王(ロザリア)に向けて「案ずるな、堂々としていろ」と視線で合図を送った。


 その時である。


「王妃様。少し、喉が渇かれたのではなくて?」


 鼓膜を刺すような、甘ったるくも甲高い声。


 振り返ると、香水の匂いをプンプンとさせた一人の令嬢が、わたくしのパーソナルスペースに無遠慮に踏み込んでくるところだった。


 最近、新興貴族として成り上がり、何かと古参の貴族や王家に突っかかってくる伯爵家の娘だ。


 彼女の震える両手には、なみなみと注がれた真紅の赤ワインのグラスが握られている。


 口元には媚びるような笑みを浮かべているが、その目には明らかな嫉妬と、ど黒い悪意が渦巻いていた。


(……なるほど。そういうことか)


 わたくしは、彼女の重心の傾き、足の運び、そしてグラスを持つ指先の僅かな力みを見て、数秒後に起こるであろう『三流の嫌がらせ』の軌道を完全に予測した。


 そして案の定、令嬢はわたくしの目の前で「あっ」とワザとらしく体勢を崩したのだった。

 

「きゃっ!」


 令嬢のわざとらしい短い悲鳴と共に、彼女の手からワイングラスが傾く。

 

 真紅の液体が、シャンデリアの光を反射してドロリとした弧を描き、わたくしの最高級の純白のドレスへと迫ってくる――。


 だが、わたくしの目に映るその光景は、ひどくゆっくりとしたスローモーションのようだった。


(……軌道が甘い。踏み込みも浅ければ、殺気もない。ただの児戯だな)


 バシャッ!


 ――と、真紅の液体がわたくしのドレスを汚す……はずだった。


 ピタリ、と。


 まるでその空間だけ時間が止まったかのように。


 わたくしは令嬢の手首ごと、空中でワイングラスをガシィッ!と掴み止めた。


「ひっ……!?」


 令嬢が息を呑み、目を丸くする。


 無理もない。わたくしが掴んだ彼女の手首からは、ギリギリと骨が軋むような音が鳴っているのだから。


 グラスの中の赤ワインは激しく波打ったが、わたくしの完璧なバランスによって表面張力でギリギリ持ち堪え、一滴たりとも床にはこぼれていない。


 数々の暗殺者の凶刃を潜り抜けてきたわたくしの動体視力と反射神経を、ただの小娘の嫌がらせごときで出し抜けるはずがない。


 わたくしは微塵も表情を変えず、令嬢の手からグラスを奪い取った。


 そして、カツン、とヒールを鳴らして一歩、令嬢へと踏み込む。


「あ、あ……」


 逃げ場を塞ぐようにパーソナルスペースを完全に制圧し、上から射抜くように、絶対零度の視線で見下ろす。


 至近距離で浴びせられる『美の暴力』と『騎士の殺気』に当てられ、令嬢の顔からサァッと血の気が引いていくのが分かった。


「あらあら。手が滑ってしまわれたのね?」


「お、おうひ、さま……わたくし、その……っ」


「あなたの大切な手が、一生使い物にならなくなる前に気づけてよかったですわね?(ニコッ)」


 極上の微笑みを浮かべながら、わたくしは令嬢の耳元に顔を寄せた。


 ふわりと、わたくしの髪から香る高級な薔薇の香りが彼女を包む。傍から見れば、美しき王妃が可憐な令嬢に親しげに囁きかけている、絵画のように優雅な光景だろう。


 わたくしは扇で口元を隠し、誰にも聞こえない、鈴を転がすような愛らしい声で――絶対零度のように冷たく囁いた。


「わたくしに直接意見しようとするその度胸だけは、評価いたしますわ。ですが……あなたのお父様である新興の伯爵が、南部の治水工事の予算を三割ほど誤魔化した件。すでに裏取りは済んでおりますのよ」


「なっ……!?」


 ビクゥッ!と、令嬢の体が大きく跳ねた。

 目を見開き、ガチガチと歯の根を鳴らして震え始める。


「あれで空いた国庫の穴を埋めるには、わたくしがこうしてドレスを倹約し、あなたのような羽虫の相手をして時間を潰すしかありませんの。……愛する陛下の国ですもの、いくらでも身を粉にいたしますけれど?」


「ど、どうして、それを……っ! わたくしの、父は……っ!」


「次にわたくしに向かって吠える時は、自分の首の価値と、実家の一族郎党が処刑台に並ぶ図をよく計算してから口を開くことね。わたくし、一度受けた恩も『無礼』も、決して忘れないタチですの」


 優雅に微笑みながらパッと体を離すと、令嬢は完全に限界を迎えた。


「ひ、ひぃぃっ……!!」と喉の奥で引き攣ったような悲鳴を上げ、ガクガクと震えながらその場にへたり込み、ドレスの裾を握りしめて涙をボロボロとこぼし始めたのだ。


 周囲の貴族たちが、遠巻きにヒソヒソと囁き合っているのが聞こえる。


『見たか、あの王妃様の冷徹な微笑みを……』


『あれほど強気だった新興貴族の令嬢が、言葉を交わしただけで腰を抜かして泣いているぞ……』


『流血沙汰すら起こさず、圧倒的な威厳だけで相手を屈服させるなんて……』


『やはりあの御方は、氷の国王に寄り添うにふさわしい、血も涙もない鬼王妃だ……!』


 ふふっ。


 誰が鬼ですって?


 わたくしは扇の陰で、完璧な淑女の笑みを浮かべたまま、そっと視線を玉座へと向けた。


 そこには、わたくしの(元の)顔を青ざめさせ、オロオロと心配そうにこちらを見つめている『愛しい妻(見た目は威厳たっぷりの国王)』が座っている。

(安心しろ、ロザリア。お前の治めるこの美しい国も、お前自身のことも……この俺が、誰一人近づけさせず完璧に守り抜いてやるからな)


 全ては、あの玉座に座るお人好しで可愛い、俺のたった一人の運命の女のためである。

 


 騒動の火種を瞬時に握り潰し、夜会は何事もなかったかのように優雅な進行を取り戻した。


 わたくし――いや、(アレクシス)は、再び扇を揺らしながら、玉座に座る愛しいロザリアの姿を眺め、ふと過去に思いを馳せていた。


 そもそも、なぜ俺が王妃で、ロザリアが国王なんていう、前代未聞の事態になっているのか。


 事の発端は五年前。


 王太子だった俺と、公爵令嬢だったロザリアが十五歳を迎えた時のことだ。二人は国を挙げての『神聖なる婚約の儀式』を控えていた。


 王家の婚姻は神の祝福を受けるため、儀式が完全に終わるまでは『互いに一切の接触を禁ずる』という絶対の掟があったのだ。


 だが、物心ついた時から両思いで、幼いながらも、すでに互い以外は目に入らないほど想い合っていた俺たちは、初めてお互いが纏った煌びやかな正装姿に浮かれきっていた。


『ねえ、アレクシス。私、似合ってる……?』


『ああ。世界一可愛いよ、ロザリア』


 大人の目を盗んで抜け出した、月明かりの差し込むバルコニー。


 俺たちは掟のことなどすっかり忘れ、惹きつけられるように顔を寄せ……我慢できずに、チュッと可愛らしいキスをしてしまったのだ。


 ――その瞬間だった。


 神罰か、はたまた王宮に張られた古代魔法の暴走か。


 視界が真っ白になるほどの閃光に包まれ、次に目を開けた時、俺の視線の高さはぐんと下がり、目の前には『呆然とした顔の自分アレクシス』が立っていたのである。


『えっ……? アレクシス、どうして私の前に、もう一人の私がいるの……?』


『ロザリア、落ち着け。……いや、俺も全然落ち着けないが。お前、それ俺の体だ』


 神聖な掟を破ったことがバレれば、婚約は破棄され、最悪の場合は幽閉か処刑。


 パニックになった俺たちは、大人に言い出せず「とにかく儀式が終わって、元に戻る方法が見つかるまで誤魔化そう」と固く結託した。


 しかし、神のイタズラか呪いか、二人の体は一向に元に戻る気配を見せず、そのまま互いが互いの完璧なフリをしたまま大人になり、今日に至るというわけだ。


 だが、この五年間は、決して生易しいものではなかった。


 お互いの「本来の役割」を完璧に演じ切るための、血の滲むような地獄の特訓の日々だったのだ。


 俺は、公爵令嬢としての過酷な『淑女教育』を叩き込まれた。


 内臓が飛び出そうになるほど締め付けられるコルセット。分厚い本を頭に乗せて歩かされる姿勢訓練。そして何より、腹黒い貴族の令嬢たちが集まるお茶会での、笑顔の裏に隠された陰湿なマウント合戦。


 俺は持ち前の帝王学と、王太子としての冷徹な論理思考をフル稼働させ、嫌味を言ってくる令嬢たちを笑顔で論破し、物理的な嫌がらせは卓越した反射神経で全て防いだ。結果として、俺は社交界の頂点に君臨する『近寄りがたい完璧な令嬢(後の鬼王妃)』として恐れられるようになってしまった。


 一方、俺の身体(国王)に入っているロザリアの苦労は、俺の比ではなかった。


 王太子としての容赦ない『騎士の訓練』と『帝王学』の詰め込みである。


『ひぐっ……アレクシス、剣が重いよぉ……手にマメがいっぱいできちゃった……』


『泣くなロザリア。俺の体なら絶対にできる。……痛いよな、ごめんな。後でこっそり薬を塗ってやるから、今は耐えてくれ』


 泣き虫で心優しいロザリアが、血反吐を吐くような訓練に耐えられたのは、偏に「アレクシスの体を傷つけたくない、俺の立場を守りたい」という、その一心からだった。


 彼女は俺の顔を使って必死に感情を押し殺し、痛みに耐え、弱音を吐かずに踏ん張った。その結果、周囲からは『感情を一切表に出さない、氷のように冷徹で優秀な王太子(後の氷の国王)』として畏怖されるようになってしまったのだ。


「……本当に、よく頑張ってくれたよな、お前は」


 俺は、扇の陰で誰にも聞こえないよう小さく呟いた。


 五年間。決して誰にも言えない秘密を共有し、互いの痛みを自分自身の痛みとして分かち合い、二人三脚で乗り越えてきた。

 だからこそ、俺たちの絆は誰にも引き裂けないし、お互いへの愛情は、限界などとっくに置き去りにして、日々際限なく膨らみ続けている。


「……王妃様。そろそろ、夜会もお開きの時間でございます」


 侍従の声にハッと我に返る。


 見れば、玉座の上の『国王』も立ち上がり、退室の準備を始めているところだった。

(さあ、長い長い茶番はここまでだ。ここからは、俺たちだけの時間だ)


 わたくしは完璧な淑女の微笑みを浮かべ、愛しい夫(中身は妻)が待つ、二人きりの寝室へと向けて優雅に歩みを進めた。


 


「……皆様、本日も素晴らしい夜を。おやすみなさいませ」


 王城の最奥。王と王妃のプライベートエリアへと続く廊下の前で、俺はは居並ぶ近衛兵たちに向けて完璧な淑女の微笑みを向けた。


 威厳たっぷりに頷く国王(ロザリア)と共に、重厚な樫の扉をくぐる。


 ガチャン、と。


 分厚い扉が閉まり、魔法式の鍵が重々しい音を立てて施錠された。


 完全に外部からの干渉が遮断された、俺たち二人きりの絶対領域。


 その、施錠の音を確認した、次の瞬間。


「あーーーーーっ! 疲れた! コルセット苦しい! ヒールで足痛ぇぇ!!」


 俺――アレクシスは、淑女の被り物を思い切り投げ捨てた。


 誰にも見咎められないことをいいことに、大股で寝室の中央へ歩み寄り、キングサイズの天蓋付きベッドに「ドカッ!」と音を立てて背中から倒れ込む。


 完璧な淑女の所作など知ったことか。俺は足を乱暴に振り上げ、憎き拷問器具(ハイヒール)を蹴り飛ばし、何枚も重なった純白のドレスの裾をバサバサと乱雑に払いのけた。


「ふうぅ……死ぬ。マジで毎日毎日、女ってのはこんな窮屈なもん着てんのか……」


 長い前髪を掻き上げ、ため息をつく。

 と、その時だった。


「アレクーーーーーー!!」


「ぶふっ!?」


 部屋の奥、着替え用のパーティションの影から、信じられないほどの質量とスピードを持った影が、まるで飼い主に飛びつく大型犬のような勢いでベッド上の俺に向かってダイブしてきたのだ。


 みぞおちにクリーンヒットした凄まじい衝撃に、俺は思わずカエルのような声を出した。


「痛っ……! お、重っ……!!」


 俺の上にのしかかってきたのは、高身長で肩幅が広く、分厚い胸板を持った男。


 誰もが平伏すような威厳と美貌を兼ね備えた我が国の国王陛下――の中身である、俺の最愛の妻、ロザリアだった。


「アレク、アレク! 今日の夜会も最高にカッコよかったぁ!!」


「うおっ、バカ止めろ! 重い! 苦しい!!」


「私の(元の)体なのに、どうしてあんなに凛々しくて素敵なの!? グラスをパシッて掴んだ時のあの顔! あの冷たい声! もう最高! 大好き!!」


「だーっ! お前、そのガワ(俺の体)と低いイケボで、子犬みたいに頬擦りしてくるな! 気味悪い通り越してゾワッとするだろうが!!」


 俺は必死に国王の胸板(無駄に筋肉質)を両手で押し返そうとする。


 しかし悲しいかな、今の俺の体はか弱い女性のものだ。しかもロザリアは、この五年間で俺の体を限界まで鍛え上げてしまっているため、フィジカルで勝てるわけがない。


「だ、だって本当のことだもん! 私、昼間アイツらにアレクシスのこと『鬼』とか『血も涙もない』なんて言われて、すっごく悔しくて……! 絶対零度の視線(※本人としては睨みつけて威嚇したつもり)で、あいつら全員まとめて粛清してやろうかと思ったんだからね!」


 ロザリアが、俺の(元の)彫りの深い顔を涙目にしながら、上目遣いで訴えかけてくる。


「……お前がそんなアホな力業ちからわざで押し通そうとしてるのが顔に出てたから、俺が先回りして穏便に(?)処理してやったんだろうが。……たくっ」


「穏便……? あの令嬢、完全に泡吹いて気絶寸前だったけど……」


「ワインぶち撒けられて実家に泥塗られるよりはマシな結末だろ。……ほら、どけ。ドレスがシワになる」


 俺はため息をつきながらも、自分より一回りも大きい国王の背中にそっと腕を回し、その頭をポンポンと優しく撫でた。


「お前が玉座で、今にも泣き出しそうな顔して不安そうにしてるから……つい、やり過ぎちまった。怖がらせて悪かったな」


「……っ!」


 俺が素直に謝罪すると、ロザリアはピタリと動きを止め、俺の胸に顔を埋めた。


「……ふふっ。アレクシスはずるい」


 くぐもった、でも嬉しそうな低い声が、俺の胸元を震わせる。


「私より私の顔を何倍もカッコよく使うし、中身も世界一イケメンだもん。……ねえ、アレクシス。私、自分が入れ替わってしまったことを、時々神様に感謝してしまうのよ」


「……は? なに馬鹿なこと言ってんだ。お前だって、重い剣振らされて、こんなデカい体で不便なことばっかりだろうが」


「だって」


 ロザリアはゆっくりと身を起こすと、ベッドに横たわる俺の手を引き、自分の厚い胸板――つまり『俺の元の胸』へと当てさせた。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 鍛え抜かれた男の分厚い骨格越しに、ひどく早く、力強い心音が手のひらに伝わってくる。


「……この体だからこそ。あなたが私に触れるたびに、どれだけ心臓を跳ねさせているか……あなたが感じる感覚を、すべて知ることができたのだから


「私に触れられて、こんなに熱くなってくれるあなたの体、本当に愛おしいわ……っ」


 ロザリアが、俺の(元の)端正な顔をこれ以上ないほど甘く蕩けさせ、俺の(今の)首筋にふわりと熱い吐息を落とす。


「っ……、お前、なぁ……っ!」


 心臓が、今度は俺の(今の)胸の奥でうるさいほどに跳ね上がった。


 男としてのプライドと、制御しきれない羞恥心が限界突破して、俺の顔は一気にカッと熱を持つ。


 そりゃあそうだ。自分の元の身体が、目の前の愛しい女に触れられてどう反応しているかを、本人から直接至近距離でリアルタイム実況中継されているのだ。これ以上の拷問(ごほうび)がこの世にあるだろうか。


 ロザリアは俺の元の身体――引き締まった男の肉体を使って、随分と余裕たっぷりに俺を見下ろしている。


 だが、俺だってこの五年間、ただ黙って彼女の着せ替え人形をやっていたわけではない。体は女になろうとも、中身はあの一国の騎士たちと共に鍛えてきた元王太子・アレクシスなのだ。


 やられっぱなしで終わるなど、男のプライドが許さない。


「……随分と余裕ぶってくれるじゃないか、ロザリア」


 俺は不敵な笑みを浮かべると、ベッドにのしかかってくるロザリアの首元に、しなやかな両腕を回した。そして、グイッと力を込めて、その大きな身体を引き寄せる。


「ひゃうっ!?」


 イケメン国王の口から、およそ似つかわしくない可愛らしい悲鳴が漏れた。


「……お前だって、昼間に俺が髪に触れたり、腰を抱き寄せたりするたびに、俺の(元の)身体で腰が抜けるほど甘い声、出してただろうが。……違うか?」


 俺はロザリアの耳元に唇を寄せ、かつて王太子だった頃のような、低く、意地悪く、そして極上の色気を孕んだ声を響かせた。


 さらに、回した腕の指先で、彼女が最も弱い、うなじのあたりをわざと優しく愛撫してやる。


「う、あ……っ、ア、アレクシス……っ」


 ストレートに命中した俺の反撃に、ロザリアは一瞬で陥落した。


 さっきまでの余裕はどこへやら、イケメン国王の顔のまま、ボフッ! という効果音が聞こえそうなほど限界まで真っ赤に染まり、フルフルと震え始める。


 元の俺の顔が、自分のせいで真っ赤になり、涙目で潤んでいる光景は、控えめに言っても破壊力がすさまじい。


「ふっ、お前の方こそ、俺の顔でそんな顔して、真っ赤になってやんの」


「もうっ! アレクシスの意地悪! ずるい、ずるいわ……っ!」


 ロザリアは完全に形勢逆転され、真っ赤になった顔を隠すように、俺の首元にぐいぐいと頭を押し付けてきた。その不器用で、愛おしすぎる甘え方に、俺の胸の奥は愛おしさでいっぱいになる。


 外の社交界でどれだけ「冷酷」だの「鬼」だのと呼ばれようが、知ったことか。


 この腕の中にいる、世界で一番愛しい俺のおバカさんを護れるのなら、俺は喜んで、これからも最強の鬼王妃になってやろう。


「ほら、観念しろ。今夜は夜会で頑張ったご褒美に、たっぷり可愛がってやるから」


「……うんっ」


 クスクスと笑いながら、俺は世界で一番愛するロザリア(俺の身体)をしっかりと抱きしめ、その甘い唇を塞ぎにいった。


 中身が逆転した最強のバカップルの夜は、外の静寂を置き去りにしたまま、どこまでも甘く、そして賑やかに更けていくのだった。

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