第15話 神回避の正体はただの虫!?〜スパダリ夫の華麗なる守護神いじり〜
「ーーーーっ! 疲れた! コルセットでガチガチに固められたままナイフのフル遠投すんのが、どんだけ腹筋と肩甲骨にくると思ってんだ……!!」
バタン! と寝室の扉が閉まった瞬間、俺――アレクシス(外見:王妃)は、淑女の被り物を思い切り投げ捨てた。
誰にも見咎められないのをいいことに、ソファにドカッと男らしく腰を下ろし、憎き拷問器具を蹴り飛ばす。
「ふうぅ……死ぬ。ただでさえドレス重いのに、何が悲しくてドレス姿でナイフ投げて、そのあと空中に放り投げられなきゃいけないんだよ……」
長い前髪を掻き上げ、深いため息をつく。
と、その時だった。
「アレクーーーーーー!!」
「ぶふっ!?」
いつもの如く超大型犬の勢いで俺の上にダイブしてきたのは、この5年間で無駄にさらに鍛え上げられた分厚い胸板を持つ男――我が国の国王陛下(中身:ロザリア)だ。
「痛っ……! だから、お、重いっての……!!」
「アレク、アレク! お疲れ様! 今日のアレクシス、ナイフ投げたのも最高にカッコよかったぁ!!」
「うおっ、バカ止めろ! 苦しい!! お前、そのガワ(俺の体)と低いイケボで、目をキラキラさせながらすり寄ってくるな! 毎度毎度ゾワッとするだろうが!!」
必死に国王の胸板を両手で押し返そうとするが、今の俺の腕力はか弱い女性のもの。悲しいかな、フィジカルで勝てるわけがない。
俺は諦めてベッドに背中を預けながら、ふっと息を吐いた。
「……まぁ、お前も今日はよくやったな」
「えっ? 私?」
「ああ。あの暗殺者の不意打ちだ。気配を完全に殺していたはずなのに、お前、間一髪で首をのけぞらせて完璧に躱しただろ。正直、ヒヤッとしたが……いつの間にあんな神がかった反射神経を身につけたんだ? 貴族共も『氷の覇王の神回避』って絶賛してたぞ」
俺が素直に感心してやると、ロザリアは気まずそうに目を泳がせ、俺の胸板の上でモジモジと巨大な体を揺らした。
「……あー、アレね」
「なんだよ」
「実は私、暗殺者なんて全然気づいてなくて……」
「は?」
「すっごいデカい虫が顔面に向かって飛んできたから、『ひゃああっ』って全力で避けただけなんだよね……」
「…………」
俺は、自分の元の顔面を至近距離で見つめたまま、スッと真顔になった。
「そ、それでね、アレクシスがナイフ投げてくれたあと、ふと後ろを見たら玉座に短剣が刺さってたから、『えっ、虫じゃなくてナイフ!?』って本気でビックリしちゃって……あはは」
「…………」
暗殺者の凶刃を避けたのではなく。デカい虫にビビって腰を抜かした結果の、奇跡の神回避。
「……なるほど。そういうことか」
「えっ、何が?」
俺は腕を組み、わざとらしく深く頷いてみせた。
「あの虫は、ただの虫ではない。お前の無垢な魂に引き寄せられ、暗殺者の危機を知らせに来た大自然の使いだったのだ」
「……はい?」
「偶然などではない。あの虫こそが、お前を凶刃から救った真の功労者……いや、もはや我が国の守護神だ。おい、誰かおるか。今すぐ玉座の周りを飛んでいたあの羽虫を捕獲しろ。今日から我が国の『新たな守護神』として神殿で丁重に祀り上げるぞ」
俺が扉に向かって(真顔で)声をかけようとすると、ロザリアが慌てて俺の肩にすがりついてきた。
「ちょっと待ってストップストップ!! 冗談だよね!? 本気じゃないよね!? 虫を守護神にするとか絶対に嫌だからね!! 毎日お祈りさせられる身にもなってよ!!」
「はっ。命の恩人(虫)に向かってなんて言い草だ」
「恩人じゃなくてただの偶然! 私が虫嫌いなのをからかってるでしょ!!」
涙目で抗議してくる国王(中身:乙女)の顔があまりにも必死で、俺はたまらず「ふっ」と吹き出した。
くくっ、と肩を揺らして笑う俺を見て、ロザリアが「もうっ!」と頬を膨らませる。
「……まぁ、冗談はさておき。結果的にお前のその間抜けな『虫避け』のおかげで、俺がナイフを叩き込む隙が生まれたのは事実だ」
「う、うん……」
「無傷だったならそれでいい。……お前はこれからも、玉座で呑気に虫にだけビビってればいいさ」
俺は笑いを収め、大きな体を縮こまらせているロザリアの頭を、ポンと優しく撫でた。
「お前に近づく本物の害悪(暗殺者)は、俺が全部叩き落としてやるからな」
「……っ、アレクシス……大好き!!」
「うおっ、だから急に飛びつくな。……たくっ、しょうがない奴だな」
俺の首に腕を回して抱きついてきたロザリアの背中を、俺はポンポンと優しく撫でてやった。ロザリアは「えへへ」と笑って、大型犬のように俺の肩口にすり寄ったまま離れる気配がない。
「……まったく。お前は本当に、呑気な奴だな」
呆れながらも、俺は自分自身の大きな体の背中にそっと腕を回し返した。
外見はか弱いお妃様が、巨大な国王をよしよしと優しく抱きしめるという、端から見れば酷くシュールな光景。
だが、これが今の俺たちにとって一番落ち着く形だった。
「ほら、いつまでも引っ付いてないで着替えるぞ。明日も朝から公務があるんだ」
「うん。……ねえ、アレクシス」
「なんだ」
「明日も私のこと、守ってね」
俺の元の低い声で、甘えるように囁かれる。
まったく、自分の顔にここまで甘えられて愛おしさを感じる日が来るとは、昔の俺には想像もつかなかっただろう。
「……当たり前だ。俺の命に代えてもな」
「ふふっ。おやすみ、私のカッコいいお妃様」
他国の暗殺者という不穏な影は、まだ完全に去ったわけではない。
けれど、俺の腕の中で安心しきって笑うこの呑気な妻だけは、どんな手を使ってでも俺が守り抜く。
ーーその静かな決意と共に。
寝室の夜は、こうして静かに、そして甘く更けていくのだった。




