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誰が鬼ですって? 〜王妃になったスパダリ国王、今日も愛妻を守るために悪役を演じます〜  作者: なな日々


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第16話 執務室での発見と、かつて国を救った王太子妃の記録

 建国記念の舞踏会での暗殺未遂事件から、数週間が経過した。


 迅速かつ的確な処断により、他国の手の者とそれに内通していた反乱貴族たちは一網打尽にされた。現在、王城の地下牢はかつてないほどの大盛況らしいが、表舞台にはようやく平穏な日々が戻ってきている。


 とはいえ、反乱の事後処理という莫大な仕事が消えてなくなるわけではない。


「……終わらない。書類が全然減らないよ、アレクシス……」


「泣き言を言うな。俺が内容を確認して処理するペースより、お前がハンコを押すペースが遅いのがそもそもの問題だ」


 王城の中心にある、豪奢な国王の執務室。


 私は執務机に突っ伏して、切れ長の瞳からウソ泣きの涙を流していた。


 国王の厳めしい顔でメソメソしているロザリアの向かいのソファでは、純白のドレスに身を包んだ絶世の美女――私のお妃様(アレクシス)が、恐ろしいスピードで書類の山をさばいている。


 はたから見れば「有能な王妃に泣きつく駄目な国王」という情けない構図だろうが、二人きりの執務室では誤魔化しようがない事実だ。 実際のところ、政治の実務能力は完全にアレクシスの方が上で、私は基本的に彼が「ヨシ」と判断した書類に、国王の馬鹿力でバンバンと承認印を押していく係なのである。


「ほら、次だ。これは押収した隣国の間者どもの所持品リストと、裏付けの調査報告書だな」


「はーい……」


 アレクシスから渡された分厚い束に、無心で印を押しつけようとした、その時だった。


「……待て」


 ピタリ、と。


 書類をめくっていたアレクシスの華奢な手が止まった。


「え? どうしたの?」


「この資料……隣国の王子が、我が国に潜入するにあたって調べさせていた『王家の秘術』に関する調査メモだ。……おい、ロザリア。ここを見ろ」


 アレクシスの声のトーンが、一段低く、真剣なものに変わる。


 彼が銀糸の髪を揺らしながら立ち上がり、私の執務机に一枚の古い羊皮紙の写しを広げた。


「なになに……?」


 私は身を乗り出し、アレクシスの美しい指先が示す文章を目で追った。そこには、隣国の密偵がどこかからかき集めたらしい、我が国の『おとぎ話』のような伝承が記されていた。


『――調べによれば、対象国の王城地下、王家秘伝の魔導書庫には、古の時代に起きた不可思議な事象を記した禁書が眠っているという。

それは、王族の【婚約の儀式】の最中に魔力が暴走し、王太子とその婚約者の【魂が入れ替わった】という記録である。もしこの禁書の術を我らが解明し、現国王の魂を傀儡と入れ替えることができれば……』


「た、魂の入れ替わり!?」


 私はガタッ! と勢いよく立ち上がった。


「そうか、あの王子は俺を暗殺するのではなく、魂を入れ替えて国を乗っ取るつもりだったのか。……だが、そんなことはどうでもいい。重要なのは前半だ」


 アレクシスは美しいアメジストの瞳を細め、羊皮紙をトン、と指先で叩いた。


「過去の王家でも、俺たちと全く同じ『入れ替わりの事故』が起きていた。そして、その詳細を記した魔導書が、地下の禁書庫に実在するということだ」


「それって……!!」


 私は息を呑んだ。


 5年間、どんなに調べても手がかり一つ掴めなかった、私たちの入れ替わりの謎。元の体に戻るための方法が、その本に書かれているかもしれないのだ。


「行くわよ、アレクシス! 今すぐその書庫へ!!」


「おい待て、まだ書類の確認が……」


「書類なんて後!! 私たちの体の問題の方が大事でしょ!!」


 私はアレクシスの細い腕をガシッと掴むと、彼が止めるのも聞かず、執務室の扉を蹴り開けて王城の地下へと向かって猛ダッシュを始めたのだった。


 王城の地下深くに封印されている『王家秘伝の魔導書庫』。


 歴代の王族と最高位の宮廷魔導師にしか立ち入りが許されないこの禁書庫は、魔術によって温度も湿度も完璧に管理されており、古い羊皮紙とインクの静謐な匂いだけが漂っている。


「……おいロザリア。ここは宮廷魔導師たちが徹底管理している書庫だぞ。そんなにウロウロするな」


「だって! ついに見つけたんだもん! ほらこれ!」


 純白の扇子で口元を隠し、静かに歩く絶世の美女(中身は夫)を振り返り、私は興奮気味に一冊の古びた本を指差した。


 魔力で青白く光る保護ケースの奥に、厳重に保管された黒革の魔導書。


「これ絶対そうじゃない!? 表紙の紋章、あの羊皮紙に描いてあった写しと同じだわ!」


「……どれ」


 アレクシスがため息をつきながら近寄ってくると、王族特有の魔力を指先に込め、保護ケースの封印をスルリとあっけなく解除してしまった。


 私は黒革の重々しい本を取り出し、バンッ! と書見台に置く。


 見た目は厳めしい国王が荒々しく古文書を広げている図だが、中身はただ『歴史的大発見』に目を輝かせている乙女である。


 アレクシスは私の隣に寄り添うように立ち、カサ、カサ、と優雅な手つきでページをめくり始めた。


「ふむ、古代語か。かなり古いな」


「読めるの?」


「俺を誰だと思ってる。……確かに、あの夜の儀式における『魔力の暴走』と『魂の入れ替わり』についての記述がある。……ん?」


 ふと、アレクシスの美しいアメジストの瞳が、少しだけ見開かれた。


 長いまつ毛が伏せられ、ページの一点に視線が釘付けになっている。


「……おい、ロザリア。ここを聞け。かつて魂が入れ替わった『王太子とその婚約者』の『その後』の記録が書かれているぞ」


「えっ!? なになに!? なんて書いてあるの?」


 アレクシスは流暢な言葉で、古代文字を翻訳して読み上げ始めた。


「『元の肉体へと還りし後、二人は婚約を解消。令嬢は隣国へと嫁ぎ、その地の王妃となった』……だと」


「えっ、せっかく元に戻れたのに隣国に嫁いだの!?」


「ああ。……なるほど、合点がいった。だからあの馬鹿な王子が、我が国の秘術の伝承を断片的に知っていたのか。その時の令嬢が隣国の王妃となり、魔術の知識をもたらしたんだな」


 アレクシスの推測に、私は深く頷いた。アレクシスはさらに先の文章を目で追い、翻訳を続ける。


「ただ嫁いだだけではないらしいぞ。『王妃は、かつて我が国で”王太子の体”で過ごした数年間に培った、類まれなる統治の才と政治的手腕を振るい、内乱で傾きかけていた隣国を立て直した。そして国王を支える最強の右腕として、国を大いに繁栄へと導いた』……だとさ」


「すごいわアレクシス! このお妃様、めちゃくちゃカッコいいじゃない!」


 私はパァッと顔を輝かせた。


 入れ替わってしまった数年間、きっとその過去の令嬢も、今の私と同じように「次期国王」としての重圧や政務に苦労したはずだ。だが、その経験は決して無駄ではなかった。己の体に戻った後、その経験を活かして一国を救うまでの存在になったのだ。


「……逞しいな。王太子の体で次期国王として政治を回していた経験が、隣国で活きたというわけか」


「ふふっ、入れ替わりの経験も悪いことばかりじゃないってことね!」


 私は胸を張り、アレクシスに向かって自慢げに微笑んだ。


「で? 肝心の『どうやって元の体に戻ったか』はどこに書いてあるの?」


「ああ、えーっと……」


 私の問いに、アレクシスは再びページに視線を落とし、数行先を黙読し――パタン、と。


 突如、静かに本を閉じてしまった。


「……アレクシス?」


「……読む価値もないな。時間の無駄だった」


 氷の覇王らしい、酷く冷めたような、そして心底呆れたような深いため息。


「ええっ!? なんでよ! 解決方法が書いてあるんでしょ!? もったいぶらないで教えてよ!」


「いや、お前は知らなくていい。さあ、部屋に戻って茶でも……」


「見ーせーてー!!」


 出し惜しみして誤魔化そうとするアレクシスから魔導書をひったくり、私は再び乱暴にページを開いた。


 彼が先ほど読んでいた箇所を、学生時代の記憶と王妃としての教養をフル動員して、必死に(そしてたどたどしく)自力で翻訳する。


「えーっと……なになに……? 『術を破るには、互いの魂を繋ぐ強固な魔力を遮断せねばならぬ』……うんうん」


 私はゴクリと唾を呑み込み、慣れない古代文字を必死に目で追いながら、さらに先の文章を声に出して読み上げた。


『――そのためには、互いへの思慕を完全に断ち切り、愛を捨て去ること。

互いを憎み、あるいは完全に無関心となり、心が完全に冷え切った時。

初めて魔力の繋がりは断たれ、魂は自らの肉体へと還るであろう』


「………………」


 翻訳を終えた私は。


 スッと、完全に真顔になり、静かに本を閉じた。


 そして、にっこりと完璧な(国王の)笑顔を浮かべると――。


 バリィィィィンッ!!!


「あ」


「あ、じゃないわよ。……よし、この本は最初からなかったことにしましょう!」


 私は王家の最高機密である禁書を、国王の圧倒的な筋力で真っ二つに引きちぎり、部屋の隅の魔力式ダストボックスへと勢いよく叩き込んだ。


「おいバカ、それ一応、王家秘伝の貴重な歴史的文献……」


「愛を捨てるなんて、絶対に無理に決まってるじゃない!!」


 私は両手に拳を握りしめ、バンッ! と床を踏み鳴らした。


「私がアレクシスへの愛をなくす? そんな方法、存在するだけ無駄よ! 今さら心が冷え切るわけないじゃない! 一生戻れなくて結構だわ!!」


 息を荒くしてぷんぷんと怒る私を見て、アレクシスは一瞬目を丸くして驚いていたが……やがて、肩を揺らしてクツクツと低く笑い始めた。


「ははっ……全くだ。お前を愛さなくなるくらいなら、一生お前のドレスを着て暮らす方が一万倍マシだな」


 そう言って、アレクシスは純白のドレスの裾を上品につまみ、からかうように私に美しいお辞儀カーテシーをして見せた。


 その日の夜、二人の寝室。


 鍵がかかった静かな部屋で、私はアレクシスの細い腰を引き寄せ、ベッドの上で彼を包み込むように抱きしめていた。


「……でも、本当にいいのか? ロザリア。一生、男の体のままだぞ。お前が憧れていた、可愛いお洋服もドレスも、もうお前自身は着られないんだぞ」


 アレクシスが私の胸に顔を埋めながら、少しだけ寂しそうに呟く。


 私はその(元の私の)綺麗な銀糸の髪に指を絡め、優しく微笑んだ。


「いいのよ。可愛いお洋服やドレスは、これからもこの部屋で二人きりの時に、アレクシスを着せ替え人形にしてたっぷり楽しませてもらうから!」


「……お前なぁ。俺をなんだと思ってるんだ」


 呆れたようにため息をつくアレクシスだが、本気で嫌がっているわけではないのはわかっている。


「ふふっ。それにね、中身がどうであれ、アレクシスが私を世界で一番愛してくれて、私もアレクシスを世界で一番愛してる。それ以上に幸せなことなんて、この世にないわ」


「ロザリア……」


 アレクシスが顔を上げ、蕩けるような甘いアメジストの眼差しで私を見つめる。


 私はもう我慢できなくなって、彼(の元の体)の唇に、深く、深く口づけを交わした。


 元の体に戻れなくたって構わない。私たちはこれからも、誰も手がつけられない最強のバカップルとして、この国を驚かせ続けていくのだから。


(……あっ。でも、一生戻れないとなると、あの一番大事な問題はどうなるの……!?)


 熱いキスの最中、私の頭を、ある「重大な事実」が雷のように突き抜けた。


 私たちは国王と王妃。つまり、どうしても避けては通れない『次世代の世継ぎ』の問題が残っているのだ。


 今、女性の体を持っているのは、アレクシス。


 ということは……。


 私はゆっくりと唇を離すと、熱い吐息を漏らして頬を染めている絶世の美女(中身は旦那様)を見つめ、瞳を細めて不敵な笑みを深く、深く浮かべるのだった。


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