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江南の夢(不定期連載)  作者: 久慈川 京


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比叡山延暦寺



 叡山山門へ向かうと、既にそこを守護していた武田右衛門佐信景が俺の前で跪く。既に主従関係を受け入れている事が解る。兄である武田義統の死後、若狭国一国を掠め取るように接収した六角家だが、彼はそれを恨みに思う事がなかった。

 元々、武田右衛門佐は、当主であった義統と同腹の兄弟でありながら国外に出された男だ。史実よりも早い形になったが、それは史実とは異なり、六角家が若狭救援に出兵したからだろう。その時、幕府を通しての使者として観音寺を訪れた経緯から、幕府と六角に対する武田の橋渡し的な行動を行っていた。

 御家騒動が終わっても一向に落ち着きを見せない若狭国の武家と疲弊する民。逃げるように若狭を離れる商人達に荒廃する港。それらを見続ける内に何処かで自家を見限っていたのかもしれない。

 今では六角家の一家臣でありながら一門衆という立場で働いており、その実直さからも近々所領を与えようと考えている。


「御屋形様、日吉(ひえ)大社から何度か使者が来ております」


「天台座主ではなく、日吉からか?」


 元々、日吉大社は山王信仰の神社である。叡山を鎮護国家の神が宿る山として祀り、それを護って来た社であるのだ。平安京遷都の際には表鬼門を護る社とされていた。だが、最澄によって比叡山に比叡寺が創建されると、何故かその鎮守社とされている。後から建てられた寺の鎮守社にされるというのが良く分からないが、元々はこの日吉大社の方が古いのだ。

 神仏習合によって延暦寺と共に非常に栄えて行くが、大きくなっていく延暦寺の影響力に次第に飲み込まれて行き、延暦寺による日吉大社祭祀への干渉などが強まる中、対抗しようと動きを見せるが、逆に衰退していったのだ。史実では江戸時代に入ると管理権さえも延暦寺に奪われるようになるほどの衰退を見せ、明治の神仏分離までその状態が続いたらしい。


「会おう」


 この室町末期では既に延暦寺の一部のような扱いをされ始めており、織田信長の延暦寺焼き討ちの際に共に焼かれている。だが、本来は神道と仏教という相容れないものであり、帰依する相手も異なっているのだ。

 つまりは何らかの不満があってもおかしくはなく、日吉大社の不満は我ら武家にではなく、延暦寺に向かっていてもおかしくはない。叡山にいる僧兵である悪僧は、日吉大社の荘園を護ってくれていたのかもしれないが、それ以上の無理難題を日吉大社にしていた可能性もあり、それこそかなり高圧的な態度を取っていた可能性が高い。


「社司を務めております祝部成慶と申します」


「六角右衛門督弼頼である」


 俺の元に現れた男が思わず顔を上げる。まさか六角家当主自らに目通り出来るとは思っていなかったのかもしれない。だが、自分の起こした行動が不敬であると思ったのだろう。即時にそのまま顔を伏せた。


「して、延暦寺の鎮守社である日吉大社の社司が何用だ?」


「…畏れながら、これだけの大軍を前に皆が不安に思うております。右衛門督様の御心を知る事が出来ればと罷り越しましてございます」


 要は、『お前こそ何用でここに来たのか?』という問いかけなのだろう。正直、日吉大社に思う事は余りないのだが、この大社も延暦寺の勢いが強い時は共に甘い汁を吸って来た経緯もあるだろう。だが、坂本の町で暴虐を行っているかと問われれば、悪僧程ではない筈だ。


「此度、我が六角領内にて、叡山の僧兵共が町を襲い、そして坂本を治めている我が家臣に牙を剥いた。その経緯と理由を問いに参った。我が道を妨げるつもりがなければ社に戻られるが良かろう。もし、邪魔立てするのであれば、六角家の敵と見做すがよろしいか?」


「め、滅相もございませぬ。この日吉大社は大宮、二宮共に六角様に逆らうつもりは毛頭ございませぬ」


「一つ聞くが、悪僧など匿ってはおらぬな? もし、哀れと思い匿っておるのであれば、今の内に我が家臣共に伝え、引き渡すが良い。今ならばその方らの慈悲深き行為であったと咎めはせぬ。だが、後で発覚した折には、大宮、二宮の存続を保証は出来ぬぞ」


 織田信長が叡山と対立した際には、延暦寺に組し、この日吉大社でも浅井と朝倉の軍勢を匿い続けた経緯がある。何故、あの時に浅井と朝倉を匿ったのかは解らない。相応の金品を貰っていたのか、単純な織田家嫌いだったのか、宗教的な道義の問題ではないだろう。

 ただ、もし悪僧と呼ばれる僧兵達を匿っているのであれば、それは同門としての情であってもおかしくはない。それでも今この時に悪僧を匿う事は日吉大社の利にはならない筈だ。


「社司殿、某は日吉大社が祀る「大山咋神」様への信仰を禁ずるつもりはない。むしろ、農耕の神であられる大山咋神様に感謝をしておるし、その為の祭りの開催を六角家でも援助したいと考えておる。だが、そもそも神仏とは異なるものであり、日吉大社と延暦寺は全くの別物と見ておるのだ。故に、その方らが延暦寺に組し、我ら六角家とその領内で暮らす民達を苦しめる存在でない限り、某はこの日吉大社をどうこうするつもりはござらぬ」


「な、なんと…。有難きお言葉。近頃は、日吉大社そのものを延暦寺の鎮守社として見られる御方も多く、そもそもの日吉大社の成り立ちを知る者も少なくなっております。大山咋神は日ノ本全土の山々にあられ、その土地の農耕を司られる御神。大山咋神を祀る社の総本社であるのがこの日吉大社なのでございます。それを右衛門督様は、その若さでご存じであるとは…。この祝部成慶、不覚にも目から鱗が落ちる思いにございます」


 社司がその場に跪き、両手を付いて額を地面に着けるように平伏した。

 神仏分離は史実では明治に入るまで行われてはいなかった筈。だが、それ以降の時代の記憶が残る身とすれば、神も仏も一緒という感覚がない。神棚と仏壇が同じ部屋にある家は数多くあったが、向きが向かい合わせにならないように配置をし、神棚は高い位置で、仏壇は低い位置にというのが常識であったように思う。

 神社は神社、寺は寺というのが当たり前の世界であり、結婚式は神社で、葬式は寺でというのも当たり前の事であった。そんな身からすると、神仏習合など違和感しかないのだ。


「日吉大社が持つ元来の荘園を六角が奪う事はない。もしそのような輩がいたのならば六角に願い出よ。但し、荘園を護るためとはいえ、僧兵やあぶれ者を囲うような事はするな。それらの者達が六角領へ仇なした際には、七百年続く大社の最後と心得よ」


 深々と頭を下げる祝部社司を置いて、そのまま叡山山道へ入る。狭い山道ではあるが、既に斥候部隊が進んでおり、伏兵の有無を確認しており、俺本隊の前方は武田勢が固めている。日吉大社への備えとして後藤隊を置き、その大将は後藤喜三郎定豊に努めさせた。父である後藤但馬守は進藤山城守と共に俺の傍にいる。

 山道を進む兵は三千。主力は武田勢と進藤勢の各五百、そして六角本隊から二千という形だ。既に大半の僧兵が此度の戦で極楽浄土へ渡っており、叡山に残る僧兵など数百いるかどうか。下手をすれば数十という可能性もある。その程度の相手であれば問題はないだろう。


「御屋形様、山門前に武装した僧兵が…」


「座主と話に来たと伝えよ。それでも武力行使に出るのであれば、殲滅せよ」


 長い山道を騎乗したまま進むと前方から伝令が入る。当たり前だが、延暦寺への山門を僧兵の残兵が塞いでいるという物だった。本来の役目がこれなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、坂本城下町で散々欲を吐き出している僧兵達が暴れていた為、本来の役目を全うする僧兵の事を聞いても鼻で笑ってしまう。

 既に先発の武田勢、進藤勢合わせて千の兵は山門近くまで行っているだろう。細い山道であり、高低の差がある為にこちらが不利ではあるが、いざ戦闘となれば殲滅は可能だ。もし、延暦寺側が山門を閉じて完全な籠城を見せるのであれば、望み通りに焼き討ちにするだけ。


 山道を暫く上がると、ようやく延暦寺に入る山門が見えてくる。門の前には多くの僧兵が武装して立ちはだかっており、その前に六角勢が犇めくように群がっていた。山門を起点に延暦寺を囲うように広がっている『鶴の丸』の家紋旗が壮観だ。

 対する僧兵は武装しているとはいえ、見たところ百には届いていないように見える。寺の防備としては頼りなく、籠城したとしても数刻で寺が落ちるのは避けられないだろう。そしてそれを僧兵達も理解しているからこそ、睨み合いの状態が続いているのだ。


「六角右衛門督弼頼である! 天台座主の目通りを願いたい!」


 現天台座主は『応胤法親王』という伏見宮貞敦親王の子である。先代天台座主も伏見宮貞敦親王であるから兄弟で座主を受け継いだ形となるのだろう。この辺りは甲賀衆に調べて貰ったが、そもそも伏見宮貞敦親王が誰だか解らないのだが、皇族であるという事は間違いがない。

 だが、あと数年もすれば、史実では現帝である『正親町天皇』の弟君である『覚恕』が天台座主となる。そうなると今よりも厄介になるだろう。


「武家が何用だ!? ここは神聖なる場所、血生臭い武家が土足で踏み入れて良い場所ではないわ!」


 一人の僧兵が自身の中に残る偽善を吐き出す。『俺は武家が相手であろうが言ってやった』という実績を元に自分の地位を確保する為なのか、それともただ単純に武家に対して怒りを持っているのかは解らないが、今この時に限っては完全な悪手だ。


「斬れ」


 俺の指示が届くか届かないかの時間で、その僧兵の首が飛んだ。

 血飛沫を真上に吹上た胴体は力なく仰向けに倒れて行き、山門内部をどす黒い赤に染める。周りの僧兵達は一瞬何が起きたか解らない顔を向けるが、理解が及び武器を手にするよりも前に六角兵の槍衾が完成された。

 槍衾を前面に出しながら、じりじりと押し出し山門を潜る。

 しかし、改めて思うが、これはもう一つの町だな。今俺がいる場所が東塔の場所ではあるが、『三塔十六谷三千坊』と云われる程に広大な場所であり、歩いて全てを巡ろうとすれば数日はかかるだろう。

 これだけ広大な広さを誇れば受け入れる人間の数も多くなり、そこに屋敷を立て、防備施設を作れば、一つの山城となる。しかも頑強な山城だ。信長はこの全てを焼いたのだから、それを考えるととてつもない苦労であった事だろう。


「抗う者は武器を取れ。六角右衛門督弼頼は、天台座主と話に来たのであって、悪僧如きの声を聞きに来た訳ではない! 問答をするつもりもない! 『一切衆生悉有仏性』の思想であれば、其の方らも仏に成れよう。安心して往生致せ!」


 俺の声が響き渡ると、六角兵が槍を突き出したまま一歩前に出る。僧兵達の表情を見ると、僧兵達の中でも分かれ始めているのが解る。明らかな反抗心を目に宿す者と、怯えが見える者。武器を持つ僧兵達の中でもそれなのだ。遠巻きに見ている小僧達は明らかに怯えが見える。

 人一人が目の前で殺されたのだ。何の慈悲もなく、一刀のもと首を刎ねられ、盛大な血液を噴出しながら倒れた胴体を見れば、次は自分の番ではないか誰でも怯えるだろう。


「現世を生きたい者は武器を捨てよ! 既に悟りを開いた者は武器を取れ!」


 最後通告を告げると、僧兵の中でも武器を取り落とす者達が出て来る。だが、瞳に憎悪を燃やしている者はそのまま武器を手に槍衾へ向かって来た。

 だが、数の前には何も出来ない。闇雲に振り回す薙刀の隙間から一本の槍が僧兵の腹部を突き刺すと、一気に数十本の槍によって串刺しに合い、そしてその胴体が高々と持ち上げられた。

 滴る血液を振り払うように、数十本の槍にて持ち上げられたその身体がそのまま地面へ打ち捨てられる。数度の痙攣の後、その僧兵は動かなくなった。

 最早百にも満たない僧兵では出来る事がない事を悟ったのであろう。全ての僧兵が武器を捨て、その武器を六角兵が回収していく。


「再度申す! 天台座主へ目通り願いたい!」


 数人の僧たちが俺の声を聞き、走って行く。逃げた訳ではなく、取次に行ったのだろう。まぁ、逃げても良い。俺の待つ時間が長くなれば長くなるほど、この延暦寺の寿命が縮んでいくのだから。


「右衛門佐(武田信景)、山城守、手勢で各館を調べよ。この叡山延暦寺は天台宗の総本山だ。女や、僧ではない子供、酒や生臭物などがいる筈もある筈もない。もし万が一それらを見つけたら、この場所まで連れて参れ」


「承知致しました」


 この頃の延暦寺の半分は腐っていた。普通に遊女を連れ込む僧もおり、その間に生まれた子供もいたという。中には門前町であった坂本や大津より連れ去られたり、荘園の村から連れ去られた娘もいたと云われている。最早、山賊と同じだな。

 ただ、中にはそれら俗世の誘惑に負けず、一心不乱に学ぶ僧もいた事も事実。全てを一緒くたにして焼き払うつもりはなかった。


「僧兵達は拘束しておけ」


「畏まりました」


 武器を持っていた僧兵達は後ろ手を縛り、拘束する。

 抗わなければ命までは取らない。今はだが。

 だが、彼らが経典より武具を選ぶのであれば、その保証は出来ないだろう。

 そんな事を考えながら待つ事半刻。使いに出た僧は戻らないが、各地に派遣した部下たちの方は続々と戻って来た。大量の人間を引き連れて。

 女の数は考えていたよりも多く、遊女のような者から虚ろな目をしている者までいる。乳飲み子を抱えたみすぼらしい女もいて、その裾を握る幼い子供までいた。


「…ここまで腐っていたか」


 遊女は良い。本来いるべき場所ではないが、僧も人である以上三大欲求がある。延暦寺では禁忌ではあるが、男のそれを商売のタネとする遊女が金の匂いに誘われて来るのは致し方のない事だろう。

 だが、多くの遊女の中にいる見すぼらしい女達は明らかに一般の民。囲われていたのか、この山を子供連れで下りる事も出来なかったのかは解らない。まさかとは思うが悪僧共が連れ去ったという事はないだろうと思いたい。

 それでは完全な山賊であり、最早僧でも何でもない。


「…山城守、あの女共に話を聞いて来い。手荒な真似はするな。声を荒げるな。何故この場にいるのか、その子供達は誰の子なのかをゆっくりと聞いて参れ。配下の者達にも徹底させよ。帰る所があるのであれば連れて行くし、ないのであれば働く場所も与えると」


「承知致しました」


 万が一にも攫われて来たというのであれば、この山賊の巣窟を全て焼き払わなければならない。僧と恋仲となり、寺まで追いかけてくるような女であれば、それはそれで僧と共に極楽に行って貰えば良いだろう。

 願わくば、避難民である事を願う。京の戦火を逃れた避難民の女性達が戻る場所もなく寺に寄宿しているのであればそれで良いのだ。だが、避難民であるとするならば男性の数が少な過ぎる。


「遅い」


 胸が騒ぎ、いら立つ。天台座主とはそれ程に偉い人間なのだろうか。この山を燃やして来た訳ではない。ただ目通りを願っているだけなのに、何故ここまでもったいぶる。嫌ならば断われば良い。断るならばこちらもそれ相応の対応をするまでなのだ。

 六角家当主として働く中で、目通りを願う者達は多かったが、嫌みのように待たせたりする事は一度もした事はない。会いたくなければ会わないと告げる。その理由は後に相手に伝える。それで良い筈だ。


「…お待たせいたしました。ご案内申し上げます」


 ようやく来た案内役の僧は高圧的ではないが、慇懃無礼な態度であった。彼らからすれば代々天台座主に補任される人間は皇族出身者が多く、それ以外でも有力な公家衆が多いため、『武家如きが何様のつもりだ』という想いがあるのだろう。

 公家衆は武家を嫌い、下に見ている。元々は公家が所有する荘園の護衛が武士の始まりと考えれば当然だろう。それに加え公家衆は血生臭さを嫌う。刀を握り、刀傷沙汰を繰り返す武家を疎ましく思っていても致し方ない。

 延暦寺などの寺の高僧はそんな公家出身者がおおいのだ。


「六角家ご当主のみお入りください」


「無礼な!」


 暫し歩いた先の講堂に案内され、中へ通されるが、俺一人で入れという言葉を聞き、同道していた進藤山城守が怒りを露にする。本当に疲れる。この近江周辺一帯を治める武家の当主が一人で室内に入る訳がないだろう。例えこちらが望んだ会談だとしても、その対応は僧がするものではない。


「断る。此度の会談、我が家臣である後藤、進藤両名に立ち合いを命じておる。この場で刀を抜く事はないが、それでも武装した僧がいる可能性がある場所に丸腰で近づく気もない」


「それでは座主の前へ通す訳にはいきませぬ。お帰り頂こう」


「そうか、最後通告を含めての目通り願いであったが、それを拒否されるのであれば最早是非もなし。叡山諸共に皆焼け死ぬが良かろう」


 今のこの状況でどちらの立場が上かという事をこの僧は理解していない。いついかなる時もこの延暦寺勢に皆が尻込みしていたのだ。俺が知る限り、本格的に延暦寺と事を構えたのは室町六代将軍である足利義教だけではないだろうか。それも今、俺がいるこの時代よりも三百年前の話であり、文献に残る程度の話だ。

 だからこそ、この僧達は驕るのだ。強訴を行えば誰しもが折れ、僧兵共が出て行けば武家も退く。それが数百年の単位で繰り返されてくれば当たり前となり、誰も延暦寺を害せないという考えになるのだろう。

 だが、俺にこの時代の常識は通用しない。兵を出し、俺が領する土地を荒したのだ。売られた喧嘩は盛大に買ってやる。俺の中に残る六角義治の精神がそれを良しとしている。


「なんと罰当たりな!」


「ぐだぐだ囀るな! 俺は天台座主と話すと言っている! 木っ端と語る言葉などないわ!」


 入口で騒いでいれば中にも聞こえよう。暫しの後、引き戸が開かれ、俺と後藤、進藤の三名が中へ通された。案内していた僧は憎しみを込めた瞳で俺を見ていたが、同席を許されなかった六角家臣に肩を掴まれ、そのまま外に連れ出されて行った。

 五体満足で戻れれば良いが。


「お待たせ致しました。第165世座主を務めます応胤にございます」


「佐々木六角十六代当主、六角右衛門督弼頼にございます」


 現天台座主である応胤法親王は皇族である。だが、流石にそこまで遜るつもりはない。敬意をもって応じるが、それだけだ。

 本来であれば、天台座主ともなれば、御簾で隔てられた場所で会うのが普通なのかもしれないが、今は戦時。そして俺は一家の棟梁である。

 座主の正面に遠慮なく座り、その左右後方に後藤と進藤の両名が座った。一応敵意がない事を示す為に刀の大小を右手に置く。利き腕側に置く事で瞬時に刀を抜く事が出来ないという証となるのだ。


「さて、右衛門督殿からお話があるとお伺いしておりますが、何用か?」


「化かし合いをしに来た訳ではない故、単刀直入に申す。比叡山延暦寺の腐敗、これ以上見過ごす事は出来申さぬ。近江にて懸命に暮らす民達を襲い、畑や田を荒し、それを治める城を襲った。これら全て叡山が抱えし悪僧共の仕業。そしてそれを確認する為に寺に入れば、女人禁制を謳う叡山のあちこちから遊女はおろか町娘や子供らまでいる始末。これ如何に?」


 問答をしようとしている訳ではない。

 如何に未来を生きて来た俺であろうと、この時代で一心不乱に修行をした高僧を言い負かす事など不可能に近い。


「この寺にいる者達は皆、近隣で戦火を逃れてきた者達ばかりでございます。武家が起こす身勝手な闘争により苦しむのは民ばかりにございます。その民達を匿う事こそこの寺の役目にございましょう」


「ならば何故、新たに戦火を広げる?この近江で暮らす者達の誰が争いを望んでおった?まさか堅田の一向門徒共に諭された訳ではなかろうな?」


 史実で織田家が叡山を焼き討ちした際にも多くの女子供がいたと云われてはいるが、それらの多くは長く続く織田と浅井、朝倉の戦いによって疲弊した近江の民であったという説もある。

 だが、この世界では近江が六角によって統一されてから既に五年の月日が経過しており、近江国内で戦など起ってはいない。荒廃した京から逃げて来た者達だと言われれば理解もするが、山城国から近江へ入り、叡山を登るというのは難しい。一人ならまだしも、家族で避難を行うには難しい場所である。

 女子供の数に比べて男の数が少ないのも、戦で命を落としたからだという話があるだろうが、この近辺で言えば越前や若狭の民となり、女子供の足でこの叡山まで辿り着くには無理があるだろう。


「なんと罰当たりな!この叡山が、天台座主たる拙僧が一向衆などに絆されたとでも言うつもりか!?」


「武家に向けて兵を出したのだ。それがこの叡山の総意ではないというには無理があろう。座主にもそれなりの覚悟があったと見える。先年の真野城の末路を知らぬとは言わさぬぞ。武家に向けて兵を出し、戦を仕掛けるという事は武家の理に入るという事と心得られよ。武家には武家の、僧には僧の理があろう。武家が所有する領土の政(まつりごと)に武力で以て関わろうというのであれば、それは我ら武家の敵となる。ならば武家と同じくどちらかが滅びる事でのみ決着となる。我ら六角が滅びるか、最澄によって開かれ八百余年の歴史を持つ、この総本山が滅びるかのどちらかとなる。その覚悟はおありか?」


 一向宗と手を組んだというのは飛躍しているが、この座主には無断で悪僧共が通じている可能性は否定出来ない。正直、これだけ広大な土地を所有している延暦寺の全てを把握する事など不可能だろう。

 だが、それは言い訳にはならない。六角家とて既に百万石を越える大領となっているが、それでも各地を預けている家臣達が勝手に戦を起こし、それによって他家との諍いになった場合は主家として対応をしなければならない。

 家臣を守る為に主家として表に出て戦うか、それとも見捨てるかという選択をしなければならないのだ。


「某は、叡山を破却し、焼き払いたいと言っているのではござらぬ。もし今回の悪僧共の狼藉が、座主殿の与り知らぬ事であったのであれば、これを機に叡山内を改めなされ。女子供、戦火からの避難民達には、六角領内にて暮らす場所を与えましょう。北近江、越前敦賀、若狭には開墾を進めている箇所が多くありまする。また、北伊勢では俵物の製造で人手を欲しておる故、賃金もしっかりと支払われよう」


「な、なにを…」


 坊主は坊主らしく生きていれば良いのだ。目先の利益や快楽を欲する坊主の説教程聞き苦しい物はない。徳を積み、説法を説き、人々の安寧を望むのであれば、欲を捨ててこそ説得力もあるという物。

 つまりは蜥蜴の尻尾切りをしろと言っているのだ。


「悪僧共全てを切り離し、寺から武力を捨てなされ。古来よりの叡山の荘園に六角家が手を出さぬ事をお約束致そう。六角家中の者達にもそれは厳命致す。僧兵共をこの山から一人残らず追放し、真の意味での鎮護国家を謳いなされ」


「待たれよ!悪僧とは言え、この叡山の僧。共に修行を重ねて来た者達を見捨てるなど、仏の道に背く行為!」


「ならば、その屑共に蹂躙された民達は、仏様に願う事も、念仏を唱える事もしていなかったというつもりか!?僧ならば、武器を手に取り、他者を害するな!武器を取り、己の手の内の者達を守る為に戦うのであれば、我ら武家と変わらぬ!」


 僧だからと言って、『肉を食うな』、『所帯を持つな』、『子供を作るな』などというつもりはない。僧とて人であり、人として生きる為の幸福を我慢する事だけが悟りへの道ではないだろう。

 だが、自身の欲の為に人を傷つけ、人を殺めた者を僧とは認められない。僧が多妻を持つ事も俺の倫理観からすればアウトなのだが、この時代ではそんな高僧も多くいる。自身の欲の為、自身の領土の為、自身の家中の為に武器を手にし、人を殺すのは最早僧ではなく武家だ。農民の中にもいるかもしれないが、そういう農民は皆戦に出て足軽として戦っているだろう。


「ここで変わらねば、この叡山は畜生道に落ちる者達しかおらぬようになるぞ?最澄大師より続く天台宗の総本山なのであろう?人々を導き、この日ノ本を護る為の教えなのであろう?」


 俺とこの天台座主である応胤法親王とは年齢で言えば五十近く差がある。そんな年齢が下の子供に諭されるのだ。正直に言えば、我慢が出来ないと怒り狂ってもおかしくはない。ましてや応胤法親王は皇族である。天皇と呼ばれる帝と同じ血を継ぐ者であり、この時代でも神の系譜と云われる御方である。それが、卑しき武家の、しかも二十過ぎの若造に悪し様に言われて腹を立てないわけがないのだ。

 現に座主の傍にいる僧達は怒りと憎悪に燃えた目で俺を睨みつけているし、この部屋を取り囲む者達の空気もかなり緊迫していた。それを理解しているのか、後藤と進藤の両名は右側においた太刀にいつでも手が伸びるように右手を床下に置いている。


「右衛門督殿は、仏教を禁ずるおつもりか?」


「はて?そのような話を一言も発した覚えはござらぬが?」


 黙り込む座主の横に座っていた僧の一人が口を開く。高僧の一人なのだろう。座主と武家当主との会談に口を挟むのだ。自身の地位がそれに準ずる物であるという自負があり、それをしても咎められないという自信があるのだろう。

 対して、ここまで俺の後方に控えている後藤但馬守、進藤山城守は一言も口を開いていない。それが武家にとって当たり前だからだ。


「浄土宗、天台宗、臨済宗、時宗、真言宗、曹洞宗…。宗派は数多くあれど、その根本は一つであろう。『この世の苦しみを理解し、そこからの解放の道を示す事』である筈。その解放への道が武力や殺戮であって良い筈がない。ならば、当然、仏の道を志す者が武器を取って他者を害して良い訳がないのだ。仏に祈る者や縋る者が武器を手に取った武家であったとしても、その道を示し、導く者である僧が武器を手にするように促す事はあってはならないのではないか?」


「…武家が教えを語られるか」


「語っておる訳ではない。貴殿らのように真面目に修行をしておる訳でもない。ただ、武家のような業を持っている者達が死後に救われたいと考えるのは傲慢だと常々考えていた。昔、俺に教えを施してくれた僧から、『人は死後も悟りを開く修行を続け、仏に成る。それ即ち成仏であり、今生にて悟りを開く必要は必ずしもない』と教えを受けた。武家として生き、畜生道に落ちようとも、いずれ悟りを開き成仏するのであれば、某の先祖の誰かは仏となり、子孫を導いてくれているのかもしれぬとは考えておるがな」


 先程、俺に向かって口を開いた高僧は、言葉を発した時と同じように口を開いたまま俺を見ている。座主である応胤法親王もまた、俯いていた顔を上げて俺を見ていた。

 何か変な事を言っただろうか。現代と呼ばれる遥か未来で葬儀に出た際にお経をあげてくれた住職の、読経の後で行った説法の一説が頭に残っていただけなのだ。説教は嫌いだが、あの一説だけは何故か頭に残っていた。


「念仏を唱えれば誰しも行ける極楽などない。皆、死後も修行し、己の子孫を導く仏となるのだというあの言葉は、仏を信じぬ子供であった某に随分響いたわ。貴殿達は、死後に成仏する者達とは異なり、この現世にいる内から徳を積み、悟りを開き、現世で苦しむ者達を導く仏に成ろうと修行をしている僧ではないのか?ならば、人を殺め、人を苦しめる者であってはならぬ筈だ。ましてやそれをしている者達を同僚の僧と呼ぶなど以ての外」


「…そのような説法を説く僧がおるのか?」


 ん?

 俺のいう事はこの時代だと可笑しいのか?

 結構、この時代の寺も緩さはあったように思うのだが、般若湯や、肉も四つ足でなければ良いとか。

 俺からすれば、死ねば極楽に行けると謳う説法の方が理解に苦しむ。皆死ねば極楽に行けるのであれば、一向門徒のように誰かの指図で死ななくても良いだろうと思ってしまう。まぁ、この時代指図されることに慣れ過ぎていて、その方が楽だったのかもしれない。

 苦労もせず、極楽に行けるのであれば修行をする必要もないし、善人も悪人も全て等しく極楽に行けるとなれば、真面目に生きているだけ損だろう。真面目な者ほど馬鹿を見る世界は嫌いだ。


「貴殿らのような高僧に語る内容ではなかったな。六角家が望む事は単純明快な二つのみ。叡山の武力放棄と、悪僧共の追放。それらさえしかと成し遂げてくれればそれで良い。だが、逆に言えば、六角家当主自らが出向き、望みを伝えたにも拘わらず、それを拒絶するのであれば覚悟致せ。その時は、天台座主であろうと、どれ程の血筋であろうと、何年続く宗派であろうと、必ず滅す。六角家の敵と見做し、一族郎党に至るまで草の根を分けてでも探し出し、武家の理の中で処断致す」


「…」


 俺の言葉に無言の静寂が返ってくる。

 誰も口を開かない。開いた者が斬られてしまうのではないかという程の緊張感が続く中、一つ息を吐き出した後、俺は右手に置いていた太刀を手に取り立ち上がった。

 その行動に座主の周囲の僧達が座主を護るように立ち上がるが、俺にその気はない為、無視して踵を返した。


「考える時間も必要であろう。一刻外で待つ。それを過ぎれば、敵対と見做す」


 その言葉を残して部屋を後にする。

 俺の背を護るように後藤、進藤も立ち上がり、周囲を警戒しながら下がり、そのまま部屋を出た。

 残された座主の小さく吐き出した息の音だけが響いていた。



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― 新着の感想 ―
比叡山焼き討ちは実は信長で3回目なんですよね。信長の70年前にも、半将軍こと細川政元によってほぼ更地になるくらい徹底的に焼かれているので、作中年代だと60年弱前のことですか。老人なら幼少期に話を聞いた…
延暦寺焼き討ちって織田信長が嚆矢というわけじゃない。 過去に2回も攻撃されていながら危機意識が無さすぎる。 さて座主の返答や如何に。
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