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江南の夢(不定期連載)  作者: 久慈川 京


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凶報②



「江北衆の裏切りにより、鳥越城城門が開かれました!」


「な、なに!?誰が朝倉へ寝返ったのだ!?」


 報告を受けた粟屋越中守が叫び声を上げる。

 完全に俺の落ち度だ。江北衆は基本的に旧浅井家臣で構成されている。浅井家臣の中には親朝倉の者達が居る事も分かっていた筈だ。それでも利や未来を取って六角へ反旗を翻す事はないだろうという俺の甘さが原因。

 江北衆は絶対的優位であった織田家さえも裏切った者がいるのだという事をもっと真剣に考えるべきだった。


「誰でも良いわ!?越中、下野、今すぐ出立の準備だ!金山を越えて鳥越へ向かう!」


 腸が煮えくり返る思いだ。この状況で戦う朝倉に対し、土壇場で裏切った江北衆に対し、そして何よりこの戦国の世を甘く見た己自身に対してだ。

 鳥越城は戦国後期のような二の丸、三の丸がある強固な城ではない。一度城門が開かれてしまえば、そこから何日も耐える事は不可能だろう。


「遅れを取るな!俺に続け!」


 今の六角本隊は明らかに疲労している。高浜から後瀬山、後瀬山から国吉、距離にしておよそ17里(52km)だ。それを二日で駆けている。休憩も入れているし、就寝もさせている。それでもかなり疲労を溜めているだろう事は解る。

 それでもだ、ここは無理をしなければならない。何としてでも救援に向かわなければ駄目だ。このまま鳥越城が完全に落ちてしまえば、古参の家臣達も皆討ち死にを遂げる事になる。六角の屋台骨が揺らぐ事になるだろう。


「早急に兵達を整えよ。御屋形様に後れを取るな!」


 後方で粟屋越中守の声が響き、甲冑が擦れる音が方々から聞こえ始める。俺は馬に跨り、そのまま駆け出す。俺の前を手に松明を持った騎馬武者が出て来て道を照らし出した。

 馬上で身体が揺れる度、自身の身体からすえた臭いが鼻を突く。既に三日も風呂には入っていない。しかもこの甲冑を着たままだ。風呂に入って眠りたい。そんな遥か未来ではすぐに叶うような願いが頭に浮かぶ。だが、それは今許される事ではないのだろう。


「金山の砦は太郎左衛門(永原重虎)に任せる!降伏するならば受け入れろ、抗うならば根切とせよ!」


「はっ、しかと承りました」


 永原家の兵だけでも千弱。金山の砦には兵が残っていても二百もいないだろう。十分に落とせるはずだ。後顧の憂いを無くした六角本隊は、日の落ちた若狭の山に長い松明の列を作る。

 鳥越城の城門が開いた事によって、本丸までの道は朝倉に占領されただろう。それでも夜が明けるまではそれ以上は進まないかもしれない。いや、それも希望的観測だ。朝倉とて六角本隊の動きをある程度は把握している筈。六角軍本隊が鳥越城へ到着すれば、挟撃される事は理解しているだろう。早急に鳥越城を落とし、こちらと対峙しなければならない。

 余程の馬鹿でなければ、のんびり城攻めをしている筈がないのだ。


「対馬!中務大夫には伊賀者を付けていた筈だ。伊賀者達はどうした!?」


「畏れながら、一部の江北衆達の反発もあり、中務大夫様もそれを汲まざるを得なかった模様にございます。蒲生下野守殿が何度も御諫めしたようですが、兵の半数近くが江北衆であり、その一部が騒ぎ出した事により、江北衆を気にせざるを得なかったようです」


 俺の下で働く六角家臣達はそもそも六宿老の一人が甲賀者である為に元々透波、乱波の類に対しての忌避感が薄い。だが、江北衆と分けられた旧浅井家臣達は武家としての体面を気にする者達が多かった。

 そもそも浅井家自体が貴意の高い格式ある家ではない。京極氏の家臣であり、旧浅井家臣はそのまた家臣の家であり、地方豪族の域を出ていない地侍のような者達が多いのだ。故にこそ、己の小さな小さな自尊心を護る為に、自分より立場の弱い者を作りたがるのだろう。

 それが伊賀者になったという事だ。今回の件で、大方の江北衆の排除が決定した。後世で豊臣の時代を生き抜いた家もあるだろう。だが、六角家の統治には必要がない事が分かった。粛清とまではいかなくとも、敵として朝倉側に立つのであれば、家門の取り潰しどころか一族郎党生かしておく事は出来ない。


「中務大夫には大将は早過ぎたか…。中務大夫に観音寺の留守居役を任せ、父上に御出馬頂くべきだったやも知れぬ。いや、言い訳のしようもない程に俺の不覚だな。二面戦略が仇となったか」


 これであれば、二面ではなく、江北衆には自領の守りを命じ、六角本隊で若狭を取った後、敦賀へ出兵し、無理そうならば若狭の仕置きを終えた後に近江に戻れば良かったのだ。俺が焦り過ぎた。朝倉家はもっと本腰を上げて当たらなければならない程の家の筈だった。史実の最後が呆気ない程の自滅であった為に忘れがちだが、朝倉・浅井の二家は既に畿内を制圧間近であった織田家を丸三年の間苦しめて来た家なのだ。


「こちらの兵数は!?」


「はっ、残る六角兵で約八千、粟屋家の千を合わせ九千強!」


「笙の川の手前で陣を引く」


 強行が過ぎたかもしれない。脱落する兵もあり、意図的に脱落して逃げ出した者もいるだろう。対馬守の返答は多く見積もった兵数の筈。実際は一割、二割は少ない可能性もある。

 鳥越城を見捨てる事になるかもしれない。川を手前で陣を引き、そこに朝倉軍が対陣してこないようならば渡河を開始して鳥越へ急行する。今の疲弊した兵達では渡河を強行すれば、溺死する者達も少なくないだろう。これ以上兵を失う事は避けたい。

 敦賀は平野であり、丘陵は少ない。この場所からでも地平線の先に海が見えるようだ。兵を隠す場所も少なく、あるとすれば森のような場所のみ。ならば見晴らしの良い川の手前で陣を引き、そこで兵を休ませてから渡河を開始する。

 鳥越城の者達を考えれば、急ぐべきなのは明白。だが、今急げば六角軍は全滅をする可能性がある。鳥越城にどれ程の兵が残っているのかも定かではない。離反した江北衆はどれ程の数なのか。鳥越城で奮闘している六角軍はどれ程の数なのかもわからない。


「この戦の後を考えれば、江北衆達は少なくとも中務大夫と蒲生下野守、左兵衛大夫の親子は殺さなければならない。中務大夫と左兵衛大夫が実質北近江の中枢なのだ。その二人が生きていれば、北近江の六角支配は揺るがず、寝返った江北衆達は帰る場所を失うだろう」


 考えが纏まらず、心だけが逸る。知らずに考えが口に出てしまい、声を発しながら馬を走らせている。そんな俺の言葉を三雲対馬守だけが静かに聞いている。代が替わり、先代三雲対馬守定持から息子である対馬守賢持になった。賢持の年齢で言えば、俺よりも一回り以上上であるが、代が替わってから常に俺の側で動いてくれている。腹心に近い存在だと言えよう。


「対馬守、そなたが連絡を取っている伊賀者は?」


「江北衆の裏切りを伝えに来た者は、役目を果たした後…」


「そうか。丁重に埋葬せよ。遺髪、遺品は持ち帰れよ」


 その後の鳥越城の状況を知る方法がない訳だ。こちらから甲賀者を送ってもいるだろうが、それが戻って来る保証もない。鳥越城は一ノ門を破られているのだから、城内に入るには敵陣を突っ切らねばならず、もし首尾よく入っても、そこから出るにも敵陣を突破しなければならない。


「甲賀衆にも、可能な限り情報を持ち帰らせよ。良いか、可能な限りだ。命を賭して情報を得る必要はない」


「畏まりました」


「実際に朝倉へ通じた江北衆の家名だけは押さえておけ。それ相応の報いは受けて貰わねば、六角の名折れだ」


「承知致しました」


 馬を駆り、その後ろを足軽達が続く。江北衆の中での朝倉に通じた者はおそらく史実でも親朝倉を主張し、浅井長政に織田家離反を迫った者達と同じ者かもしれない。それなりの数がいるだろう。兵を含め千を越えていれば大事だろう。

 考えが纏まらない内に笙の川が見えて来る。和久野の平野の中で周囲を見渡せる少しの丘に陣を引く。笙の川が黒河川と別れる三叉路の手間である為、警戒する方角は限定されるのだ。

 夜明けまでの間にしっかりと兵達に休息を与え、日の出と共に渡河の準備を始める。笙の川をそのまま渡河するのではなく、黒河川を渡って笙の川沿いに衣掛山方面へ進む方が安全であろう。浅瀬の有る場所を甲賀者達に物見と同時に探らせ、日が落ちる前に渡河を完了させたい。九千人の渡河である為、相応の時間を要するだろう。


「周囲の警戒を怠るな」


 将達の指示が響く。この渡河時に狙われれば全滅も免れない。逃げ場を失った九千人は川に流されるか、そのまま起き上がれずに溺死するか、それとも倒れたところを味方に踏み潰され首を折って死ぬかとなるだろう。

 幸いな事にまだ朝倉軍は見えていない。俺達が早かったのか、それとも朝倉軍が遅いのか。遅いのだとすれば鳥越城が懸命に踏ん張っているのか、それとも完全に鳥越城を落としてから向かってくるつもりかのどちらかであろう。


「御屋形様、朝倉の軍勢五千、鳩原を越えた模様にございます」


「わかった」


 渡河が終わると同時に開戦になる可能性が高い。しかし、五千の兵とは随分少ない。深坂峠を越えて疋檀城へ向かった六角軍は八千。それと対峙するのであれば最低でも一万以上の兵を朝倉は出したと考えていた。それに加え六角軍の内訳は、半数の四千が江北衆と呼ばれる旧浅井家臣である。その一部が朝倉側に付き、その兵を吸収したとすれば五千という数字は少な過ぎる。

 考えているよりも寝返った兵が少ないのかもしれない。もしくは、鳥越城の兵達が奮戦し続け、抑えとして半数近くの兵を置いて来ざるを得なかったのかもしれない。


「物見を続けよ。対馬守、朝倉の兵数を再度確かめよ。五千というのはどうも腑に落ちぬ。伏兵が居るやもしれぬ。また、再度鳥越へ手練れを送ってくれ。可能であれば城内の状況と下野守の安否を確認して欲しい」


「はっ、何とかやらせてみます」


「摂津守!渡河の際に火縄を濡らすな。開戦と共に朝倉軍に鉛玉を打ち込んでやれ」


「承知!」


「次郎、弥五郎、其の方達にとって本当の初陣だ。良いか、死んで咲く華など無いと思え。生きて帰る事こそ何よりの手柄だ。逃げろとは言わぬ。だが、死のうと思うな」


「はい!」


 武士の生き様とは桜のようなものと謳った物があったように思う。だが、散る桜は懸命に生き、次代へ繋げているからこそ美しいのだ。色彩は鮮やかでなく、愛でる時間も短い花ではあるが、咲く時を知り、その短い期間に自身の生命力全てを使って満開に咲き誇り、そして執着する事なく散って行く。その姿が日本人の心を掴んで離さないのは、その儚くも生命力溢れる姿が己の生きざまと重なるからなのだろう。

 次郎や弥五郎にはまだまだ早い。何も残す事無く、この世に未練だけを残して散って行く桜は、散らせてしまった者の罪である。命令を下した上役の責であり、その状況を作ったさらに上役の罪である。

 この戦を始め、そしてこの窮地に陥れた俺の責であり、罪なのだ。若者達は死なせぬ。この戦は負けぬ。


「渡河は慎重を期せ。誰一人失うことなく完了させよ!」


 先頭は高島党の面々。その中心にはこの戦に同道している平井家嫡男の平井隠岐守高明。先日正式に朝廷から隠岐守に任官された次代の筆頭候補である。

 先日父承禎入道時の宿老達の嫡男達に正式な任官を受けたのだ。後藤家嫡男は後藤壱岐守治豊。三雲家現当主は三雲対馬守賢持、蒲生家嫡男である左兵衛大夫賢秀も新たに志摩守の任官を受ける。目賀田家の嫡男には淡路守が任官され、淡路守貞政と名乗らせた。進藤家嫡男も元服をさせ、飛騨守を拝受し飛騨守貞盛を名乗らせた。

 これで六宿老の嫡男すべてが正式に『従六位上』の官位を任官された事になる。今までの自称ではなく、正式に朝廷の臣として認められた事となり、六角家の格が改めて上がったと言っても良いだろう。


 今回の遠征では宿老職にいた者で同道を許したのは、今鳥越城に居る蒲生下野守と俺の方にいる目賀田摂津守のみ。進藤山城守と後藤但馬守は観音寺城にて父承禎入道のと共に留守居役を務めている。後藤但馬守の嫡男壱岐守治豊と次男である十兵衛高豊は蒲生志摩守賢秀の元に寄騎として参戦していた。


「渡河が終わった隊から陣を組め。宮山に布陣する」


「各隊へ伝えます」


 先頭の高島党の後に粟屋越中守率いる粟屋隊が渡河を完了し、宮山に向けて進軍。朝倉軍とは笙の川を挟んでの布陣となるだろう。六角本隊は宮山の上に布陣し、それを囲うように各隊が布陣を果たすようにしたい。

 これは目賀田摂津守忠朝の立案であった。流石は六宿老の一角を担う男である。今回は嫡男の淡路守貞政も従軍しており、初陣ではないが次代を担う男となる為に父から色々な薫陶を受けていた。

 この若狭攻めが六角家臣の新旧入れ替えを構想に入れての物だった為、今回の敗戦は痛い。だが、取り戻せぬ痛手ではない。

 宮山に布陣を果たすと笙の川の向こうに朝倉軍が見えて来る。


「対馬守、一乗谷、金ヶ崎に動きは?」


「此度の対六角の大将は刑部大輔景紀。一乗谷は動けませぬ。かねてよりの御屋形様の策略が実を結びましてございます」


「生臭坊主どもが動いたか!?」


 朝倉が領する越前国の隣は加賀国。この時代は『百姓の持ちたる国』と謳われた国であり、本願寺系一向宗が幅を利かせていた国だ。武家が居ない訳ではない。そして武家の作った制度が残っていない訳ではない。百姓に国の統治が出来る訳はなく、結局は生臭坊主共が己の欲を満たす為の国に成り下がっている。自分の一声で何万という民が蜂起するのだ。そのまやかしの力に酔わぬ人間は少ない。

 六角が越前敦賀に攻め入る事、朝倉はそれに対する為に多くの兵を投じる事、そして薄くなった国境にある吉崎御坊を一向宗の元に戻すには今しかないという噂を加賀大聖寺周辺、尾山御坊周辺に流しまくった。時期的には室町から使者が来た頃である為、半年以上流し続けた事になる。

 市井での噂は大きくなり、それを皆が口にするようになれば、実行するかしないかの話ではなく、何時やるのかという話になって来る。そこが『百姓の持ちたる国』の弱点でもあろう。隣の国に比べて格別暮らしが良い訳ではない。結局何処からか奪わなければ生きて行く事が出来ないからこそ、一向一揆を起こすのだ。その機会が目の前に転がっているのに動かなければ、それは民達の不満となる。それを解消するには攻め込むしかなくなる。


「一向一揆への総大将を式部大輔景鏡が務め、加賀との国境に八千の兵を送っております」


「でかした!此度の伊賀衆の働き、功一等である!左衛門督も考えが甘いぞ、此度の一向宗の動き、軽んじていれば越前の領土を喰われる事になり得る事を理解しておらぬ。敦賀か一乗谷かを天秤にかければ自ずと答えは解ろうというものを…」


 こちら側の兵が少ない事は腑に落ちた。鳥越城の攻城中に兵のいくらかを割かなければならなかったのだろう。基本的には敦賀衆で構成された軍であろうが、左衛門督義景が命を下せば敦賀衆以外の将達は戻らざるを得ない。主力であり、武略に長けている真柄家などはもし敦賀衆と行動を共にしていても戻らざるを得ないだろう。

 朝倉家の武断派がかなり削られている可能性は高いが、それでも大将は朝倉景紀である。名称朝倉太郎左衛門尉宗滴の養子として薫陶を受けて来た人物である。家督と共に敦賀郡司も継ぎ、名実共に朝倉家重鎮としてこの敦賀郡を掌握しているのだ。断じて侮って良い相手ではない。


「現在の朝倉家一の名将である刑部大輔景紀殿が相手だ。我らも気を引き締め、必ず鳥越城で待つ者達を救うぞ!」


「おおおおおおお」


 俺の言葉に周囲にいる重臣達も鬨の声を上げる。

 実際史実でも1564年に加賀一向一揆が起きており、その対応に朝倉家は奔走する。そこで朝倉家中で諍いがあり、朝倉家当主である左衛門督義景頼りなしという印象を根付かせるのだ。

 その中心にいるのが、現在一向一揆に対応している朝倉式部大輔景鏡と朝倉刑部大輔景紀の二人なのだ。一向一揆に対する大将が誰になるのかという事で朝倉景鏡と朝倉景紀の嫡子である孫九郎景垙が争い、それに敗れた孫九郎が自刃した事から式部大輔景鏡と刑部大輔景紀の対立が激化する。元々一族の多い朝倉家では権力闘争が多かったが、この辺りから朝倉家滅亡の兆しが見え隠れしていたのかもしれない。


 両軍の布陣が終わり、笙の川を挟んで睨み合う。両陣を隔てる笙の川もそこまで急流ではなく、そして深さもそこまでない場所であった。故に、合図があれば両軍が即座にぶつかる形となるだろう。

 朝倉軍は待つだけで良い。待てば自ずと鳥越城は落ち、そしてその兵力がこの場所に来るのを待てば良いのだ。だが、六角はそうはいかない。鳥越城へ救援を送らねば『六角右衛門督弼頼は頼りなし』となってしまう。

 幸いな事に朝倉軍の先陣には三つ巴の家紋を靡かせている。浅井旧臣の今井氏の家紋だ。その横には浅見氏の旗。そしてそれらを両脇に従えるように靡く旗は四つ柏。近江赤尾氏の旗だ。


「赤尾新兵衛尉、やはり生きておったか」


「…申し訳ございませぬ」


 俺の横で三雲対馬守が静かに頭を下げる。

 赤尾新兵衛尉は、小谷城落城時に主君浅井久政への追い腹を斬り果てた赤尾美作守清綱の嫡男である。その後行方が分からなくなっており、小谷城内にあった夥しい程の死体に紛れたのだろうと俺は甘く考えていた。甲賀衆、伊賀衆はその行方を捜していたのだが、まさか六角へ恭順した今井や浅見に匿われていたとは思わなかった。

 まだまだ戦国の世で生きて行くためには考えが甘いという事だろう。


「他に今村、弓削、野村もおりますな」


「野村藤左衛門か?これで、国友も奪う事が出来るな」


 野村直隆は鉄砲鍛冶で有名になる国友村を領している国人である。国友砦を国友城へ改築し浅井家の中でもそれなりの地位を有していた。だが、六角の北上の中での調略に降り、以後六角家臣として小谷城攻めまで参戦したにも拘らず、此度朝倉側へ落ちたのだ。何に不満を持ったのかは分からないが、これで鍛冶村を六角領に組み込む事が出来る。


「三つ盛亀甲花菱も見えますな。おそらくは浅井一族であった玄蕃允政澄でありましょう」


「うむ。俺の詰めの甘さが出てしまった。皆には苦労を掛ける」


 それもこれも浅井家の滅亡の際に俺の甘さから浅井久政の実子である与次郎政元を手元に残し、女子供を出家させる事で命を助けた事が原因だろう。裏切っても許されるとでも考えているのだろうか。それならば、そのような事はないという事を示さなければならないだろう。


「御屋形様、申し訳ございませぬ。ご裁可を頂いておりませんが、与次郎殿に甲賀衆を付けております」


「この状況では致し方あるまい」


 俺は与次郎政元を信じ、砕導山城代を任じているが、彼こそ浅井再興の旗頭になるべく人物であり、当然今回の事でその誘いは受けているだろう。もし反旗を翻すならば今であり、砕導山城にて独立をし、後瀬山に攻め入っていても可笑しくはない。

 つくづく自分の甘さが嫌になる。やはり、敵対勢力は根切にしなければならないのだろうか。


「隠岐守、動きました」


 平井定武の嫡男である高明は勇猛果敢な武者である。父親譲りの知略を持ちながら武勇に優れた知勇兼備の将であり、猪突猛進の男ではない。その男が動いたという事は動き出す理由がある筈だ。

 隠岐守にも鉄砲隊を預けている。鉄砲は濡れれば使い物にならなくなるため、渡河中は頭の上で結んだり、革袋の中に入れて担いだりしなければならず、使えない。


「隠岐守の動きに触発され、朝倉先陣の旧浅井家臣共が渡河を開始!」


 一触即発の状況でどちらかに動きがあれば、そこまで何とか耐えて来た緊張感が爆発し、兵達の身体が動き出してしまう。そして一度身体が動き出せば、それを止めることは出来ない。先陣に立っていた旧浅井家臣の兵全軍が渡河を開始し始めた。

 しかし、突如平井軍本隊から響く陣太鼓の音で、渡河を開始し始めたと思った隠岐守率いる平井軍の騎馬隊の動きが止まる。共に駆け出した足軽達の動きも急停止し、一斉に元の場所に戻り始めた。

 川の中にいるのは旧浅井家臣団のみ。

 まさか『釣り野伏せ』か?


 川を渡って来る旧浅井家臣の足取りは遅い。対してまだ川に踏み込んだばかりの平井軍の戻りは早く、即座に陣を形成すると前面に鉄砲隊が押し出される形で出て来た。

 宮山の上から見ている為、正直鉄砲隊なのかどうかもはっきりとは分からないが、おそらくはそうなのだろう。

 そして雷鳴が轟くような轟音が響く。この1564年頃に六角家より鉄砲を所持している大名家は、六角より東にはない。数百に及ぶ鉄砲隊を分け、時間差で打つ技術も六角以外に有してはいない。

 計三度の銃撃を受けた旧浅井軍が崩れる。それを機に平井軍が再突撃を始め、それに続くように粟屋軍、目賀田軍が渡河を開始。


「浅井家臣達が何を求め、何を望んでいたのかは解らぬが、哀れであるな」


「鳥越城の事を考えますと、これでもまだ手緩いと存じます」


「…手緩いと申すか?ならば如何する?」


 俺の側に置いていた次郎が小さく口を開いた。確かに鳥越城で苦しんでいる者達を思えば、浅井家臣共の裏切りは許す事の出来ない物ではあるが、これで手緩いと言われれば、どうすれば良いのか。頭蓋骨に金箔を塗り、頭頂部を盃にでもすれば良いのか?


「…分かりませぬ。ですが、兄上が…御屋形様が軽んじられる事だけは許せませぬ」


「某も同じ想いにございます。一度は御屋形様のご慈悲を受け取っておきながらの逆心。万死に値致します」


 この二人の俺への忠誠心はいったいどこから来ているのか。正直理解が出来ない故に恐ろしい。何が彼らをここまで怒らせるのか。彼らと視線を合わせるのが怖くなり、再び戦場へと視線を戻す。

 渡河中の旧浅井勢力は総崩れとなっており、その後ろに見える朝倉軍はそんな浅井旧臣への援軍を出す様子もない。所謂捨て駒なのだろう。史実での朝倉の浅井に対しての行動から見ても、彼らが浅井の為に何かをするとはあまり考えられない。

 浅井旧臣を撃破した六角軍を浅井旧臣の残党諸共に狙い撃ちをするつもりなのだろう。


「対馬守!今の内に甲賀者達で上流へ行き、渡河を開始せよ。渡河終わりの六角を狙う朝倉を後方から攪乱するのだ」


「承知致しました」


 浅井旧臣を失えば、朝倉軍は約四千。数対数で戦えば六角が圧倒的に優位となる。その為にもこの捨て駒を有効活用するだろう。

 朝倉の名将と名高い朝倉太郎左衛門尉宗滴も、かなり冷酷非道な男である。朝倉家家督を狙うがそれが無理だと悟ると、当時の朝倉当主へ共に謀反を企てていた者を密告という形で売り、自身を護った男だ。

 そのような男からあらゆる事を学んだ刑部大輔景紀であれば、寝返り者達を捨て駒に使うなど息を吐くように行うだろう。


「隠岐守、摂津守達へ伝令を走らせ、渡河終了と同時に兵達に木盾を掲げさせよ。我らも出るぞ!」


 周囲に響く鬨の声と共に六角本隊が宮山を降る。戦線が伸びぬように横に伸びた各陣が笙の川を渡り始める。そこに来てようやく朝倉軍に動きが出始めるが、既に浅井旧臣の軍は総崩れとなり、次々と大将格の首が挙がっていた。

 今村氏直、弓削家澄、浅見道西、続々と勝ち名乗りと共に首が上げられ、その兵士達が離散して行く。兵士達も自分達が朝倉から見捨てられた事を理解したのだろう。一旦恐怖と怯えを感じてしまえば、それまで誤魔化し続けて来た感情が表に出てしまう。そうなった兵は弱兵となり、戦場では役に立たない。

 混戦となった前線に突如として降り注ぐ矢の雨。遂に朝倉軍が動きを見せた。前線で混乱しながらも奮戦する浅井残党諸共に弓矢を射かけたのだ。降り注ぐ矢の雨に何とか間に合った木盾を掲げた六角勢とは違い、浅井残党は次々と川へ倒れて行った。

 真っ赤に染まった川は、そのまま日本海に向かって死体となった人間を運んでいく。悲しくなる程に無常だ。木盾を掲げた六角軍は渡河を終わらせて朝倉軍と対峙する。

 多少の被害は出ているが、六角軍に大きな損傷はない。哀れな浅井残党は大将首を根こそぎ奪われ、崩壊している。彼らの中で何が不満で何を望んでいたのかは分からないが、本当に意味のない行動だったのは確かであろう。これで彼らの家は完全に途絶えるのだから。


「甲賀衆は!?」


「はっ、間もなく全員が渡河を終えまする」


 朝倉軍の後方からの渡河。旧浅井軍との激突で六角軍と対峙する朝倉軍は六角の約半数。周囲へ目を配る余裕はない。

 このまま一気に片を付け、鳥越城を目指すぞ。



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