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1581 幻想の罠

プロボクシング戦績、7戦7勝7KO

二十歳で引退した村戸修一の、全レコードである。


村戸修一は高校を卒業すると同時に、プロボクシングの世界に入った。

アマチュア時代は日の目を見る事はなかったが、倒すか倒されるかのプロの世界は性にあっていたのか、眠っていた才能を開花させた。そして日本人には果てしなく高い壁であるミドル級で、世界を狙える逸材だと期待されるようになった。


次戦で日本タイトルに挑戦、そのまま順調に行けば三年、遅くとも5年以内の世界戦も不可能ではない。ボクサーとしての輝かしい将来が見えていた若かりし日々・・・


しかし村戸修一は日本タイトルに挑戦する事なく、突然の引退を発表しボクシング界を去っていった。


なぜ今引退するのか?村戸修一は、ジムへの説明は角が立たないよう、当たり障りのない答えを用意した。ジム側もそれをそのまま受け取りはしなかった。だが村戸修一の意思は固く、引き留める事はできない。そう判断して受け入れるしかなかった。


引退後ほどなくして、村戸修一は隣県のリサイクルショップ、レイジェスで働き始める。




そして今・・・・・




「・・・ガ、ハァ・・・ッ!」


「俺に挑むには、お前はあまりにも小さい。ライトフライ・・・いや、ミニマム級でいいくらいだ」


フェリックス・ダラキアンの右脇腹には、デューク・サリバンの左拳が突き刺さっている。

身長180センチのデュークに対して、フェリックスの身長は160センチにも満たない。体格を比べれば、筋骨隆々のデュークとフェリックスでは大人と子供である。


パワーでは勝負になるはずもない。ゆえにデューク・サリバンの一発は、フェリックスに甚大なダメージを与えていた。



強制的に呼吸が止められ、胃が押し潰される。鈍い音が体の内側から脳に響き、鋭い痛みが全身を突き抜けた。


「脆いな・・・」


フェリックスの右脇腹から左拳を抜くと、呻き声を上げてフェリックスの体が傾いた。

見下ろすデュークには、がら空きの背中を晒している。


デューク・サリバンは右の拳を握り、無言で頭上に掲げた。この無防備な背中に拳を振り下ろせば、それで終わりである。



これがクインズベリーで最強の一角と謳われるゴールド騎士か・・・あっけないものだ。



冷めた目でフェリックスの背中を見下ろしながら、デュークは固く握りしめた右拳を振り下ろした!



「くッ!」


な、めるなよ!



フェリックスはギリっと歯を喰いしばると、地面を後ろに蹴った。ほぼ同時にフェリックスの紫色の髪が数本切り飛ばされる。間一髪だった。あとほんの一瞬、瞬き程の一瞬でも遅ければ、デュークの右拳がフェリックを破壊していただろう。


「・・・ほぅ、よく動けたものだな。肋骨を砕き、内臓にもかなりのダメージを与えたはずだが・・・」


デュークの拳を躱したフェリックスは、更に数歩後ずさり、大きく距離を取った。

左手を右の脇腹に当て、肩で大きく息をしている。幻想の剣を地面に突き刺し、重心を預けて倒れそうな体を支えていた。


「ぐぅ・・・ぅ・・・ハァ・・・ゼェ・・・ぼ、僕は、ゴールド、騎士だ。見くびるなよ」


額に浮かぶ大粒の汗、そして痛みに耐える険しい顔を見れば、この一発でフェリックスの受けたダメージが、どれほど大きかったのかは想像に難くはない。


「その体でまだ俺と戦うつもりか?・・・・・まぁいい、勝敗の決まった戦いでも、最後まで拳を振るう者の気持ちは理解できる」


デューク・サリバンは、再び顔の高さで拳を構えた。

相手がどれだけ大きなダメージを受けていても、無防備に近づく事はしない。それはボクサーとして現役時代に培った経験だった。優勢に進めていても、たった一発でひっくり返された試合を何度も見て来た。手負いの相手にこそ気を付けるべきだと、肌で知っているのだ。


「はぁ・・・はぁ・・・・・ぐ、やってやるさ」


地面に突き刺した幻想の剣を引き抜くと、切っ先をデュークに向ける。

右の脇腹が酷く傷む。肋骨を砕かれた上に、腹の奥深く、胃が押し潰される程に拳をめり込まされたのだ、そのダメージは甚大、立っているだけでもやっとだった。


だがその目はまだ死んでいない。体が動く限り剣は置かない。フェリックスの闘気は衰えを見せていない。



「・・・一思いに楽にしてやろう」


静かに呟くと、デューク・サリバンは地面を蹴った。



・・・良い目をしている。

そうだ、ファイターならば最後まで諦めてはならない。貴様のような目をした男を、俺はリングの上で何人も見て来た。

貴様のような人間は、決して心が折れる事はない。倒すためには圧倒的なパワーでねじ伏せるしかない!



ステップイン!デューク・サリバンはやや上体を下げて、フェリックスの懐に入り込んだ。

右構えのデュークは、本来ならば左ジャブで牽制しながら戦う。しかし右脇腹を負傷しても、フェリックスは剣を右手で持ち構えている。

ならばどうするか?がら空きの左から攻め崩す!デュークの選択は右のボディストレートである!


くらえ!


デュークの右拳がフェリックスの腹を狙い繰り出される!




くそ・・・痛ぇ、息をするだけでも激痛が走る・・・

デューク・サリバン、想像以上だ、これ程のパワーだとは思わなかった。

でもね、まだ戦いは終わっていないよ。僕がなんでまだ右手で剣を握っていると思う?利き腕だから?

いいや、そんな単純な理由じゃない。

右の肋骨が折られたのに、右で剣を持つのには、相応の理由があるって事さ。


そう、左手で右脇腹を押さえて隙を作れば、絶対にそこを狙うと思ったよ。

それが僕の罠だと知らずにね!


「死ね!」

「ッ!?」


デュークの右ストレートが繰り出されたその瞬間、フェリックスは左手を右脇腹から離した。

そしてそのデュークに向かって差し向けた左手には、虹色に輝く幻想の剣が握られていた。



なに!?左手に剣!?こいつ、いつ持ち替えた!?



突き出される幻想の剣は、デューク眉間に迫る!


デューク・サリバンは何が起こったのか理解できなかった。

対峙するゴールド騎士は、確かに右手で剣を握っていた。切っ先を向けられていたのだから、見間違えるはずもない。持ち替えるタイミングがあったか?左手は右の脇腹をずっと押さえていた。手を離したタイミングで投げ渡したのか?いや、そんな動きは無かった。まるで剣が瞬間移動をしたようだ。


ぐッ!こ、こいつッッッ!


デューク自身がフェリックスに突っ込んでいたため、もう回避も防御もできない致命的なタイミング!




かかったな!これが幻想の剣の能力だ、僕の意思で自在に出す事も消す事もできる!

このタイミングじゃ躱せないだろう!顔面を刺し貫いてやるぜ!



フェリックスは左手に力を込めて、渾身の突きを繰り出した!



刺さる!


そう、まず躱せるタイミングではない。デュークは完全に裏をかかれていた。

瞬き程の刹那の後、デュークの顔面には幻想の剣が突き刺さるはずだった。


だが!



「なッ!?」

「フッ」


デューク・サリバンが更に深く頭を下げると、フェリックスの左手は空を切った。

いや、正確には手応えが無いわけではなかった。だが浅い、何かを引っ掻けたような感覚はあったが、肉を突き刺し、骨を砕くような重い感覚は無かった。



か、躱した!?今のを!?バ、バカな、こいつこんなに低く!



まさか躱されるなど思いもしなかった。そう、後ろに引く事も、左右に躱す事も、腕を使って防ぐ事も間に合わない完璧なタイミングでの突きだった。

だがデューク・サリバンは、この状況で更に低く潜った!フェリックスの膝程にまで頭部を下げる。

眉間から頭頂部にかけては剣先がかすめ、パックリと開いた傷口からは血飛沫が舞っていた。

一歩間違えれば幻想の剣はデュークの頭部を貫いていただろう。だがデュークは勢いを殺さずに、より早く深く頭部を下げる事で、フェリックスの完璧な突きを躱して見せたのだ。




「終わりだ」

「ッ!」


一瞬、時が止まったようかのな静寂が場に下りた。


見下ろすフェリックスと、見上げるデュークの視線が交差した直後、デューク・サリバンの左アッパーがフェリックスの顎を打ち抜いた。



「・・・カウントは不要だな」



血反吐を吐き散らしながら宙を舞い、ドサッと受け身すら取れずに落下したフェリックスを見下ろし、デュークは静かに呟いた。



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