1577 アラタ 対 アルベルト
一騎当千と謳われるゴールド騎士は、クインズベリー国の最高戦力に数えられる。
単純な戦闘力で比較すれば、力、技、速さ、戦闘経験、そのどれをとってもアラタを上回っている。
ではアラタに勝算はないのか?
いいや、アラタにも勝算はある。戦闘力でアルベルトに劣っていても、アラタには爆発力があった。
マルコス・ゴンザレス。偽国王マウリシオ。クルーズ船で戦ったダリス・パールズ。そしてパウンド・フォーで村戸修一と戦った時、アラタは逆境の中でその体に宿る力を爆発させて勝利してきた。
戦いの際で発揮されるその底力は、戦闘力の差をものともせずにひっくり返すだろう。
「・・・・・アルベルトさん、その苦しみから俺が解放します」
左拳を軽く握って前に出す。右の拳は目線の高さで握る。
左足を前に、右足は後ろに引いて半身で構える。
オーソドックスなボクシングの構えだが、今回は左腕に流水の盾が嵌められている。
物理攻撃の全てを受け流す最強の盾は、アルベルトのグラビティソードに対して、これ以上ない対抗手段である。
「・・・・・」
アルベルト・ジョシュアは感情の無い、ガラス玉のような目でアラタを見ていた。
その目には、自分に対して拳を構えるアラタが映っているが、ただそれだけだ。
操られているアルベルトにとって、アラタが仲間であるという意識は消えている。ただ斬るべき敵、それだけの認識でしかない。
右手に握るグラビティ・ソードを真っ直ぐに伸ばす。
左手は下げたまま、両足は軽く開き、爪先はアラタに向いている。それだけの構えだ。
一見すると、とても剣士の構えには見えない。だが特殊な歩方を持つアルベルトにとっては、この構えこそが必殺であるのだ。
対峙する二人が構えると、一陣の風が吹いた。
足元の砂が舞い上がり、冬の冷たい砂が頬に当たる。睨み合う二人は一歩も動かない。いや、動けないのだ。身体能力はアルベルトが上だ。剣も持っている。リーチでアラタを上回っているのだから、先手は取れるだろう。しかしアルベルトは動かない。
なぜならアラタの左手には、ゴールド騎士の剣ですら受け流す、最強の盾があったからだ。
この盾に一度防がれている。その経験がアルベルトの足を止めていた。
そしてアラタもまた、攻めあぐねいていた。
流水の盾があるのだから、攻める事は不可能ではない。
しかしアルベルトには隙が無かった。流水の盾があるからと、うかつに攻める事はできない。
不用意な攻撃は自らの隙を生み出し、一瞬にして刺される事だろう。
辺りは異様なくらい静かだった。
周囲でこの戦いを見つめている両軍の兵士達は、この張りつめた空気に当てられて、言葉を発する事さえできないでいた。
しかし飲み込む唾の音すら大きく響く静寂、臨界点まで達した緊張感の中、どこからか砂を踏む音が鳴った。
それは本来であればまず聞こえる事のないくらい、小さな音だった。
だが水を打ったように静まり返ったこの場では、その小さな音でさえ、やけに高くハッキリと耳に届いた。
そしてそれが合図となった。
行くぞ!
動いたのはアラタだった。
左手を前に出したままの構えで、右足で地面を蹴った。あくまでボクシングの構えのままである。
俺のスピードでは、おそらく何をやっても、アルベルトさんには反応されるはずだ。
だったら正面からだ。アレコレ考えないで、正面からぶつかった方がいい。俺がこれまでやってきた事を、ボクシングを信じる!
その目には迷いなど微塵もない。
真っ直ぐにアルベルトを見据え、真正面から向かっていく。
覚悟を決めた男の挑戦だった。
「ッ!?」
一方のアルベルトは、僅かながらに眉がピクリと動いた。
今のアルベルトには感情などない。ただ目の前の敵を倒すためだけに動いている。
しかし長年の戦闘本能、体に刻み込まれた戦うための動き、それらが予想外の場面によって反応したのだ。
そう、この睨み合いはアルベルトから動くはずだった。どう考えてもアラタは受けの一手、アルベルトの攻撃を流水の盾で流し、後の先を取る。これしかないはずだった。
しばしの睨み合いの末、アルベルトは流水の盾を攻略する戦法をいくつか考えだした。
そして今まさに仕掛けようとした時、先にアラタが動いたのだ。
「・・・・・」
だが、アルベルトには動揺は無かった。
予想外の事に僅かに眉が動いたが、それだけだった。アラタが向かって来るのであれば、返り討ちにすればいい。むしろ来てくれた方がやりやすいくらいだ。
切り捨てるだけだ。
「・・・」
スッと目を細めて、アルベルトは右手に持つ剣をアラタの頭に向けた。
頭も肩も膝も動かす事なく、相手に接近する技がある。
足の指の力だけで、まるで地面を滑るように接近するため、相手には瞬間移動したかのように見えるのだ。この技の名を、地滑り。アルベルトだけの唯一無二の技である。
「ッ!」
一瞬にしてアルベルトの剣先が、アラタの眼前に迫った!
息を飲む間も無い!自分が地面を蹴った次の瞬間には、アルベルトの剣が目の前なのだ。
速い!信じれない程速い!ゴールド騎士とはこれほどなのか!
だけど分かっていた!アルベルトさんは特殊な歩方で、一瞬で間合いを詰めて来る!
人間の体を刺し貫くためには、特別な力なんて必要ない。刃を肉体に当てて押し込む程度の力で十分なんだ。そう考えればアルベルトさんのこの構えは、理にかなっていると言える。
腕と剣を真っ直ぐに伸ばし、最短の距離で剣を当てに来ているんだからな。
だけどそう来る事は、十分に予想できた事だ!
「シッ!」
俺は左腕に嵌めた流水の盾で、アルベルトさんの剣を受けた!
剣先の向けられ角度で、頭を狙ってくる事は分かっていた。あとはアルベルトさんの動き出しさえ見逃さなければ、流水の盾を合わせる事は決して難しい事じゃない。
「ッ!」
全てを受け流す最強の盾は、アルベルト・ジョシュアの剣を受け流した。
滑らされるように、剣の軌道が外側へと逸れる。
よし!狙い通りだ!突きの軌道を反らせば、バランスを崩す!
そこに俺の右ストレートを叩き込んで終わり・・・ッ!?
その右を打った直後、俺は目を見開かされた。
アルベルトさんは盾を持っていない。
右の突きを受け流せば、あとはガラ空きの顔面に俺の右を打って終わらせるはずだった。
しかしアルベルトさんは、俺のプランを初手で挫いて来た。
まさか、そんな!
突きを受け流しても、アルベルトさんは全くバランスを崩していなかった。
その上、右を打った俺に合わせて、闘気を込めた左拳を繰り出してきた!
バカな!あの体勢で剣を外されたんだぞ!
右腕が外側に流されたのに、体の軸がブレないなんてありえるのか!?
「フッ!」
短く鋭く息を吐き、アルベルト・ジョシュアの目が鋭く光った。
アルベルトはすでに一度、流水の盾で剣を流されている。その一度で感覚はもう掴んでいるのだ。
どの程度の反動が体に来るのか分かっているのなら、十分に踏みとどまれる。
くっ!信じられない体幹だ、これがゴールド騎士なのか!それどころか俺の右に、左でカウンターを合わせてきている。
寸分の狂いもないタイミングだ。俺はすでに右ストレートを出している、今更引っこめる事はできない。このままではクロスカウンターで俺の顔面に入る!
そう・・・このままならな!
「ッ!?」
俺の右腕にアルベルトさんの左腕が、外側から被さるようにして交差した瞬間だった。
俺は右肘を曲げて、アルベルトさんの左肘を内側から外へと押し払った!
アルベルト・ジョシュアは驚きに目を見開いた。
まさかこんな方法で外されるとは、欠片も想像しなかった。
どうだ!アルベルトさん、騎士であるあなたは剣を持って戦う。けれど俺は違う、ボクサーは拳だけで戦うんだ。殴り合いの技なら、俺の技術はあなたよりも上だ!
経験が生きた。
アルベルト・ジョシュアの右腕を肘で弾く。想定外の防御方法で防がれたアルベルトは、反応に遅れが出てしまう。
絶好機!アラタの左フックが、アルベルトの顔面に打ち出された!
「ヅッ!?」
アルベルト・ジョシュアの顔面を捉えたと確信したその瞬間、鼻の奥まで突き抜ける強烈な衝撃と共に、アラタの目から火花が散った。
なッ、に!?
脳も揺れて、意識が飛び退きそうになる。だが歯を喰い縛って耐えた。
耐えられた事には理由がある。知っている痛みだったからだ。
く、そ!まさかここで!
頭突き!
アルベルト・ジョシュアの額には、粘着性のある赤い血がベッタリと付いていた。
アラタの鼻を潰して付いた血である。
「ぐッ!」
鼻、潰れたか!?俺の左フックに対して、後ろに下がるでも、防御するでもなく前に出た。
ボクシングの試合でも頭突きを受けた事はある。けれど、騎士のアルベルトさんが、まさかここで頭突きだと!
先入観があった。日本人の感覚で、騎士は剣で戦うもの、拳や蹴りを使っても、頭突きというイメージは持っていなかった。思い込んでいた。あまかった。これは映画や漫画ではない、戦争、殺し合いなんだ。
使える物はなんでも使う、頭突きなんて当たり前なんだ。
「フッ!」
「が、ァッ!」
アルベルトの左拳がアラタの腹に突き刺さる!
鼻を潰された激痛で反応が遅れ、まともに食らってしまう。胃が押し潰され、肺の中の空気が無理やり外へと吐き出される。
がくっと膝が折れ、そのまま前のめりに倒れそうになる。
アルベルトはアラタの背中を、感情の無い冷たい目で見下ろしながら、右手に握る剣を頭上に掲げた。
力の抜けた無防備な背中だった。この剣を、この背中に振り下ろせば終わりである。
だがアルベルトは剣を振らなかった。
いや、正確には一瞬だが、剣を振らずに止まったのである。
ここでアルベルトが止まらずに剣を振り下ろし、アラタの背中を斬っていれば終わっていた。
だが、アルベルトが動きを止めた一瞬、その一瞬で結末は大きく変わってしまった。
アルベルトの左拳で腹を抉られたアラタは、顔面から砂の上に倒れそうになった。
だが堪えた。歯を喰いしばり、足に力を入れて踏みとどまった。
負けられない・・・絶対に負けられない!
絶対に負けるわけにはいかないんだ!
「ウ・・・オォォォォォォォーーーーーーーーーーッツ!」
アラタが叫んだその時、アルベルトは剣を振り下ろしていた。
しかしアラタは体を起こさず、頭を下げたまま、アルベルトの腰にぶつかるようにして組み付いた!
タックルである!その結果アルベルトの剣は空を切った。
「ッ!?」
「ダァァァァァーーーーーッツ!」
くそっ、倒れない!組み付いて分かった、とんでもない足腰の強さだ!でもそれなら!
アラタは腰にしがみついたまま上体を勢いよく起こし、己の頭でアルベルトの顎を打ち上げた!
頭突き!
奇しくもアラタも頭突きを使用した。
ボクシングでは言うまでもなく反則である。
その頭突きを今ここで、自らの意思で使う事は、何がなんでも勝つという決意だった。
まともに顎を打たれたアルベルトは、衝撃で頭が揺さぶられ、グラリと体がよろめいた。
「オラアァァァァァーーーーーーーーッツ!」
右ストレート!アルベルトの左頬を殴り抜く!首が捥ぎ取れるかと思うくらい、頭が逆方向に大きく捻じれる。
左フック!アルベルトの右頬に叩き込む!吐き出される赤い血に、折れた歯が混じって飛び散る。
この二発でアルベルトの脳は大きく揺さぶられ、自分の意思とは関係なく膝がガクっと折れた。
ここだ!ここで決める!光の力を集中させろ!
アラタの右の拳が強く大きく光輝き出す。
それは大地を揺るがし、大気を震わせる程の強大な力、そして決着を付ける一発!
「光よ!俺に力を貸してくれ!」
集約した光の力を解放し、アルベルトに向かって撃ち放つ!
倒れそうになったアルベルトもまた、踏みとどまっていた。
アラタの拳に集中する力を見て、ここが正念場だと理解する。そして自身の右手に握る、グラビティソードに力を集中させた!
刀身がみるみる黒く染まっていく。
重力を操るグラビティソードは、刀身そのものも重くする事ができる。
そして剣に集約させた重さ、重力を波動にして撃ち放つこの技こそ、グラビティソードの真の力にして、アルベルト・ジョシュアの必殺の一撃!
グラビティーバースト!
超重力の波動は視認できない。
しかし圧し潰されたようにめり込む地面、左右に吹き飛ばされる砂煙、そしてなによりビリビリと肌を打つ、強烈なプレッシャーが教えていた。
とてつもない一撃が来ると
アラタとアルベルト
この戦いを終わらせる一発を、互いに撃ち放った
アルベルト・ジョシュアとの戦いに、決着を付ける時が来た




