1576 アルベルトの抵抗
ジャレットがアンジェロを倒す少し前、カチュアはエルウィンにヒールをかけていた。
「う・・・ぐ・・・」
「あ、エルウィン君、気が付いた?」
アルベルトに斬られ、意識を失っていたエルウィンがゆっくりと目を開いた。
「カ、チュア、さん・・・えっと、俺・・・」
砂の上で横になっていたエルウィンは、カチュアを見て体を起こした。
意識が戻ったばかりで、まだ頭がぼんやりしているのだろう。キョロキョロと辺りを見回している。
自分に何があったのか、思い出せないようだ。
「・・・エルウィン君は、アルベルトさんに斬られたの。でも、見た目より傷は浅かったよ。ヒールもかけておいたからもう大丈夫」
そう言ってカチュアはエルウィンの体を支えるように、背中に手を当てた。
傷が浅かったと言っても、それなりの出血はあったのだ。安静にしておいた方がいい。
「あっ!・・・そうだ、俺・・・」
カチュアの説明を聞いて、エルウィンは一瞬で思い出した。
アルベルト・ジョシュアにヴァンとフェンテスを斬られ、黙っていられなくて立ち向かったが、何もできずに自分も斬られてしまった事を。
「・・・俺、斬られて・・・あ!た、隊長は!?フェンテスさんは!?」
居ても立っても居られない様子のエルウィンの腕を掴むと、カチュアはゆっくと言い聞かせるように言葉をかけた。
「エルウィン君、落ち着いて。ヴァンさんもフェンテスさんも大丈夫だから。なにも心配しないで」
そしてそこで言葉を切ると、カチュアはエルウィンから視線を外し、今戦っている仲間達に顔を向けた。
「大丈夫、アラタ君もジャレットさんも、みんな絶対に勝つから」
ジャレットがアンジェロと戦い始めた時と同じくして、アラタはゴールド騎士のアルベルト・ジョシュアと対峙していた。
アンジェロに薬を飲まされたアルベルトは、意識を封じられて操り人形と化していた。
躊躇いなく仲間に剣をふるい、ヴァンとフェンテスを刺した。戦闘は不可避であり、アラタはアルベルトを倒す覚悟を決めた。
しかし不意にアルベルトに自我が戻り、アラタの名を呼んだのだった。
「ア、ラタ・・・お前・・・ここは、俺は、いったい・・・」
ぐぅ、頭が、痛む・・・
それに、まるで霞がかかったようにぼんやりとする。
俺は何をしている?ここはどこだ?確か俺は、パウンド・フォーで戦っていたはず・・・
そしてあの時、爆発で・・・・・
「え?ア、アルベルトさん、俺の名前・・・もしかして、意識が戻ったですか!?」
これまでのガラス玉のような感情の無い目とは違う。
自分の名前を読んその表情には、ハッキリとした感情が見える。
戦いの最中だったが、アラタは足を止めた。
何らかの手段でアルベルトが操られていたのは間違いない。そしてその洗脳が解けたのであれば、戦う必要がないのだ。そんな期待が胸に生まれて、戸惑いながらも言葉をかけた。
「う、ぐぅッ!」
刺すような強い頭痛に、アルベルトは膝を着きそうになった。
フラリと体がよろめき、左手で頭を押さえる。
「アルベルトさん!」
「ぐぅ、く、来るな!」
駆け寄ろうとしたアラタを、アルベルトは強い言葉で制した。
「ア、アルベルト、さん・・・」
「う、くぅ・・・ア、アラタ、俺に、近づくな・・・!」
左手を前に出し、それ以上来るなと訴える。
「な、アルベルトさん・・・どうしたんですか?いったい、なにがあったんですか?」
鬼気迫るアルベルトの声に、アラタは動く事ができなかった。
これはいったい何があった!?どういう事だ!?アルベルトの身に何が起きているんだ?
「ハァッ!ハァッ!ぐ、うぅ・・・アラ、タ・・・俺を、殺せ!」
苦しそうに呼吸を荒げながら、アルベルトはアラタの目を強てそう訴えた。
「こ、殺せって・・・」
ほんの一瞬前まで、アラタはアルベルトの命を奪う覚悟を固めていた。
しかしそれは、アルベルトから己の意思が無くなったからだ。おそらく操られている、けれど元に戻す手段も分からず、仲間達を斬った。これではアルベルトを仕留めるしかない。
しかし今、アルベルトの意識が戻った。状況が変わったのだ。
アルベルトが元に戻るのであれば、戦う必要などないはずだ。
「い、急げ・・・は、早くしろ!躊躇うな!お、俺が、俺のままでいる、うちに・・・ぐぅッ、も、もう・・・!」
大きく声を上げると、アルベルトは苦しそうに剣を地面に突き刺し、大きく体をぐらつかせた。
「ア、アルベルトさ・・・!」
駆け寄ろうとアラタが一歩踏み出したその時!
「ッ!」
アラタの首に鋭い痛みが走った。
「・・・え?」
・・・なにが起きた?
熱い、水?いや、これは俺の首から流れ出ているのか?これは、血か?
一瞬遅れて状況を理解した。
心臓が一気に跳ね上がり、全身の毛穴から汗が噴き出した。
「・・・ぐッ!」
アラタの首を狙って、アルベルトの剣が真っ直ぐに突き出されていた。
辛うじて皮一枚を切るだけで済んだ。
だがあと1センチ、いや5ミリでもズレていれば、かなり危なかっただろう。死んでいたかもしれない。
アラタは瞬時に地面を後ろに蹴って、アルベルトから距離を取った。
「くっ、はぁ!はぁ!・・・アルベルト、さん・・・」
なんだ・・・?本当にいったい、どうなってるんだ?
騙し打ち?いや、さっきの目、あれは間違いなく意思があったはずだ。それにアルベルトさんはゴールド騎士という立場に誇りを持っている。卑劣な真似をするような人じゃない。
アラタが呼びかけてもアルベルトは応えなかった。
下を向いたまま、真っ直ぐに剣を突き出していたアルベルトは、ゆっくりと体を起こして正面を向く。
そしてその顔はこれまでのように、感情の読めない無機質なものになっていた。
だが違う・・・・・
感じる、これは・・・
そうか・・・分かった
切られた首の傷跡に触れる
「・・・アルベルトさん・・・・・分かりました」
アルベルトさんがその気だったら、今俺は死んでいた
ギリギリのところで、アルベルトさんが外したんだ
アルベルトさんは苦しみながら戦っているんだ
ゴールド騎士としての矜持が、帝国の洗脳に必死に抵抗しているんだ
だったら、俺にできる事は一つ
「その苦しみから、俺が開放します」




