1575 ラクエルの仕返し
「ぐうッ!く、くそ!な、なんなんだよお前!」
氷で固められた己の左腕を押さえながら、ペドロ・クロッカーは正面で笑う金髪の女戦士を睨みつけた。
深紅のローブは切り裂かれ、むき出しになった肉体にはところどころ痣が見える。
自分より十歳は若いだろう女に一方的に打たれたペドロは、痛みと屈辱で激昂していた。
「バーカ、敵に決まってるでしょ?あんたさっきアタシに不意打ちしてくれたじゃん?そのお返しに来たのよ」
ラクエル・エンリケスは、ペドロに撃たれた左脇腹を指差した。アンジェロとの戦闘中に、強烈な一発を撃ちこまれたのだ。
カチュアのヒールで痛みは無くなったが、撃たれた時の痛みは忘れられないものだった。
「くそっ、お返しだと!?ふざけやがって!そんな事のために一人でここまで乗り込んできたのかよ!」
額に大粒の汗を浮かべながら、ペドロ・クロッカーはラクエルを怒鳴りつけた。
ペドロにはラクエルの行動がまったく理解できなかった。いや、自分がラクエルを撃ったのだから、自分に敵意を向ける事は分かる。
だがそのためだけに、敵陣の奥に単身で突っ込んでくるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「あんな不意打ちかまされたら、そりゃあやり返したくなるよね?それにさ、この通りアタシ一人で余裕だったし」
軽い調子で言葉を返すと、ラクエルは周りを見ろと言わんばかりに両手を広げた。
そこには何十人、いや百人を超える帝国兵が倒れていた。
首を折られている者もいれば、胸を刺されて心臓まで凍らされている者もいる。
ラクエルは立ちはだかる帝国兵達を一人残らず倒した上で、ペドロを追い詰めていたのだ。
「くっ!」
ペドロは言葉を詰まらせた。
まさか、こんな執念深い女だとは思わなかった。しかもたった一人で兵達を瞬殺してみせた事で、残りの兵達が呑まれてしまい近づけないでいる。これでは援護は見込めない。
「・・・へ、へへ・・・魔法は当たらねぇし、腕は凍らされるし、兵達はびびっちまってるし・・・」
ペドロは空を見上げると、乾いた声で笑った。
何をやっても通用しない事は、ここまでで十分理解しているだろう。
心が折れてもおかしくない。
「あれ?諦めちゃった感じ?」
拍子抜けしたようにラクエルが体から力を抜いたその時!
「ハァーーーーーーーーッツ!」
戦意喪失したように見えたペドロだったが、ガバっと勢いよく前を向くと、両手から魔力を撃ち放った!
四属性の魔法ではなく、魔力そのものを撃つこの技は魔力開放!
戦いを諦めたように見せたのは、ペドロ・クロッカーの最後の策である。第七師団四席の座に立つペドロの魔力は、決して生半可なものではない。まともに食らえば無事ではすまない。
「やった!どうだこのやろう!なめてるから・・・っ!?」
魔力の波動がラクエルを直撃した。濛々と立ち昇る砂煙を見て、ペドロはそう確信した。
だが、ペドロが歓喜の声を上げようとしたその時、背後から刺さった冷たい感触が、ペドロの心臓を貫いた。
「が、あぁ・・・ぐふっ、て、めぇ・・・!」
あ、あれを、躱したって、のか!?
「あれで隙を突いたつもり?遅い遅い、遅すぎるよ」
ラクエルが凍結のナイフを抜き取ると、ペドロは力なく、前のめりに倒れた。
そして傷口から広がった氷は、ものの数秒でペドロの体を氷で固めてしまった。
「ふん、遠くから狙撃するようなヤツは、近づけばたいした事ないね」
氷漬けのペドロ・クロッカーを一瞥すると、ラクエルは自分を囲む帝国兵達を見ました。
ラクエルの戦闘力を目の当たりにした彼らは、武器を持ち構えていても、攻める事ができずに一定の距離を保っていた。
「はぁ~・・・情けないねぇ、帝国兵ってこんな腰抜けの集まりだったの?その手に持ってる剣は飾り?魔法使いもさ、撃つだけ撃ってみればいいのに、それもしない。そんでコイツが殺されても見てるだけって、超ビビリじゃん?」
心底呆れたように大きな溜め息をつくと、ラクエルは指先で凍結のナイフを回し、握りなおした。
「まぁいっか、へんにやる気出されるより、楽に殺れそうだし」
スッと前傾姿勢になり、正面に立つ帝国兵に狙いを定めた。
そしてそれが合図となった。
攻めあぐねいていた帝国兵達だったが、ラクエルが戦闘態勢に入った事を見て、否が応でも戦わねばならないと気を入れた。だが彼らが覚悟を決めるのはあまりに遅かった。
一人で全員を相手にするつもりで乗り込ん来たラクエルは、帝国兵達がやる気になっていようがいまいが、どっちでも対して変わりはしないのだ。なぜならば、それだけの力量の差があるからだ。
やる事は変わらない。
大きく声を上げて帝国兵達が一歩踏み出したその時、ラクエルのナイフは一瞬にして、何人もの帝国兵を氷で固めていた。
「さぁて、ゴミ掃除を始めよっか」
妖しい微笑みとともに、ラクエルの金色の瞳が鋭く光った。




