100寂しくなっちゃった
念願が叶った。霞がかっていた視界がさっと晴れて、頭の中も冴え渡り、言いしれぬ高揚感が私を包む。
クレソンさんが、王様になった。
私は正直、夢というものを持ったことがなかった。日本にいた時は、親が共働きだったから一歳の頃から保育園に通い、小学校に上がり、中学生になったと思ったら、当たり前のように受験して高校性になった。将来のこと? 何それ。とりあえず、大学に入らなきゃなんでしょ? 手に職? 私、そこまで器用じゃないし。身も心もね。自分が何となく思い描く普通を地で歩んできた。そして、これからもそれが続くと思い込んでいた。
でも、大切な幼馴染であり大好きな衛介が死に、両親が失踪。私の人生には、思いがけない不幸が立て続けに起こった。こんな状態で夢なんて、ほんとに夢だよね。どうせ叶わないし、叶うはずもないから、夢と呼ぶ。そんな感じ。
そんな私がこの世界に来て、ようやく夢を持った。
クレソンさんに、王になってもらいたい。
初めて出会った時の彼は、好青年ではあるものの、今のような奥の深さが無いというか、信念が無さそうというか。要するに、カッコ良くて親切なだけのおにーさんだったのだ。
だけど彼の正体や境遇を知り、隠されていた弱いところや本音を目の当たりにして、単純な人ではないことを理解する。気づいたら彼を一生懸命応援している自分がいて、彼もそれに応えてくれて。見た目だけじゃない。紳士な気配りだけじゃない。彼の全てがいつの間にか私を虜にしていた。
一度騎士をクビになり、再び城へ戻る道中に発芽した私の夢。クレソンさんの夢を応援すること。必ず、叶えること。それがようやく花開いた。
クレソンさん、本当に良かったね。
彼が王となるための儀式は戴冠式と呼ばれ、クレソンさんは王として即位したことを国内外に知らしめた。その威風堂々とした姿は圧巻で、思わず泣きそうになった。
泣きそうについでに話しておくと、クレソンさんは今も騎士団総帥ではあるものの、王様という本格的に別格の存在になったため、なんと騎士寮から引っ越してしまったのだ。周りの貴族達から住まいを移すようにと押し切られてしまったんだって。私は第八騎士団副団長という肩書もできてしまったし、引き続きこの広い二人部屋を使って良いらしい。シャワーもついてる特別室なので、もちろんありがたく使わせてもらうけれど、そういう問題じゃない。
寂しい。
クレソンさんが王様になるっていうことは、こういうことなんだなって、改めて実感しちゃって、嬉しいはずなのに涙が出る。クレソンさんは、私のための部屋を特別に城内に作ろうとしていたけれど、私なんて口約束だけの婚約者だ。そんな特例はするべきではない。周囲の反感を買って私の居心地が悪くなるだけだと訴えたお陰で、この計画は無くなったんだけど、ちょっぴり後悔するぐらいには寂しいし、辛い。
私は別にクレソンさんに協力することで、何かを得ようとしていたわけじゃない。クレソンさんが偉くなると、ますますお近づきになれなくなるのも分かってたつもり……なんだけどな。
私は一応第八騎士団副団長という肩書があるので、久しぶりに第一部隊から第五部隊までを見回っていた。第一部隊は城内の各所に散らばっているし、第二から第四も城の四方の入り口を守っている部隊なので、実質城内をほぼくまなく回ることになる。一巡すると、若干の疲労を感じながらも、北門の詰め所を目指した。
皆、私がクレソンさんと離れてしまったことを心配してくれている。私は以前よりも強くなったし、もうトリカブート宰相のような存在もいないのだから、もっとのびのびして良いはずなのに、なぜか気分が冴えない。自分でもここまで重症なのには驚きだ。
そんなわけで、私はお母さんに会いたくなって、手紙を書いた。雲の上のお方とお付き合いをしているという意味では同志。それに、やっぱり再会した今となっては、クレソンさんに次ぐ私の心の拠り所なのである。
お母さんは、王妃様やマリ姫様も交えてお茶会をしましょうという内容の返事をくれた。んー。その面子だとちょっと話しにくいんだけどなぁ。と思いつつ、せっかくなので参加することに。
◇
お茶会は二日後だった。私の非番に皆さんが合わせてくれたのだ。私はいつの間にかたらふく貯まっていたお給料を使って、下町の美味しいお菓子をアンゼリカさんと買いに行き、それを手土産にすることに。なんかね、遠征の手当とか、大蜘蛛討伐の報奨金なども貰ってたの。たぶん女子高生としては、お金持ちすぎる財産になってるんじゃないかな。
場所はマリ姫様のお部屋の近くのテラスだった。ちょうど日陰なので、最近暑くなったけど日焼けは気にしなくて良い。王都を吹き渡る風がほっぺに感じられて、爽快だ。
まだ誰も来ていない。その時。
「エース様」
あ、お仕事モードのサフランさんだ。さすかに公の場所では私にも様付けで呼んでくれるみたい。
「どうされました?」
私も丁寧に返事する。
「すみません。王妃様と寿子様はお仕事の関係で半刻程遅れそうです」
お仕事とは、和食の関係かな? 忙しいことは良いことだ。私は仕事もお休みなことだし、のんびりとテラスで待たせてもらうことに。サフランさんには、街で買ってきたお菓子をお裾分けして、再び私は独りになった。
ちなみにサフランさんは、去り際「何で私も街に連れて行ってくれなかったのよ!」と悪態をついていた。あれがなければ、侍女さんとして完璧だったのに。本当は誘いたかったけど、ミントさんもサフランさんも出勤日だったんだよね。
ふう。
テラスからの眺めは、一人で見るにはもったいない。
クレソンさんに、会いたいな。
クレソンさんは、忙しい合間を縫って手紙をくれる。それは魔術の手紙のこともあれば、騎士寮の私達の部屋に花束と共に届くこともある。彼も会いたいと言ってくれている。だけど、王になった彼にはすべきことが多すぎるし、誰も彼を放っておいてはくれない。多忙な生活というのは、王になる宿命なのよね。
次にゆっくり会えるのはいつだろうか。実は、次に会う時には、ちょっぴりどころか、かなり恥ずかしいことをする約束をしている。だから、自分からは早く会いたいと言いにくいのだけれど、既に決定的な言葉が喉の入口まで出かかっている私である。
「はぁ」
「どうしたの?」
何となくため息をついていたら、いつの間にか側にマリ姫様が来ていた。テラスの入口には姫様付きの侍女さんが勢揃いしていて、一斉にこちらへ向けて完璧な礼をしてくれる。その中には、もちろんラベンダーさんの姿も。
私はラベンダーさん達にも手土産を用意していたので、早速手渡した。忙しい彼女達は意外にも身分の高い令嬢であることも多く、下町スイーツは珍しいのか大変喜んでくれる。侍女さん達が廊下の方へキャッキャウフフと騒ぎながら出ていくのを見送ると、私とマリ姫様はテラスに用意された席に腰掛けた。マリ姫様と二人きりになるのは、コリアンダー副隊長とラベンダーさんの結婚式以来である。あの時の別れ際のことを思い出すと、どことなく気まずくなってしまうな。
「まずは、おめでとう」
切り出したのはマリ姫様だった。これは、クレソンさんのことだよね? と思いつつ、私は自然と笑顔になる。自分のことでもないのにね。
「ありがとう。マリ姫様のお兄様のことなんだから、こちらこそおめでとうございます?」
マリ姫様も少し笑った。
「アイツが王になれたのは、間違いなくエースのお陰だと俺は思っている」
マリ姫様は、すっかり衛介モードになっていた。今日は外からも見えるテラスという場所なので、日本風の変な格好ではなく淡いブルーの清楚なドレス。それだけに、今日も今日とて中身とのギャップが酷い。
「そだね。私も私なりにがんばった。でも、結局のところはクレソンさんが努力して、本気になったからだと思うの。私は、本当に役に立ったかどうかは……正直分からないよ」
これは心からの声だ。クレソンさんと離れる時間が長くなると、次第に心細くなってくる。城にいるといろんな噂も聞こえてくるのだ。クレソンさんが王になった途端、手のひらを返すように多くの貴族が自らの娘を嫁がせようと躍起になっていることなど、ね。すれ違う年頃の娘さん方は皆着飾っていて、とても綺麗。間違っても騎士服なんか着ていないし、槍を扱ったりもしない。そりゃぁ、ため息の一つも出るものだよ。
「エース、そこはちゃんと自信持てよ。誰がどう見てもお前はクレソンのものだし、クレソンはエースのものだ。ほんとに、救世主として成長してきたんだね」
「救世主としての成長っていうと、もっとマリ姫様に貢献しなきゃなんじゃないの? 私、何もしてない」
すると、マリ姫様は手元のお茶を一口含んで話し始めた。それは、なぜ成長が必要だったかという理由のお話。
「エースはクレソンとの絆が強くなった。つまり、この世界との絆が強くなっているってことなんだ」
マリ姫様によると、彼女がいずれ世界樹の元へ辿り着いたら、私には大切なお役目があるらしい。最終的にマリ姫様は、世界樹にその身が吸い込まれてしまい、私との脳内通信も効かなくなる。そして、管理人交代の瞬間は世界樹の力が一時的に著しく低下するので、世界がとっても不安定になるらしいのだ。
「不安定ってどういうこと?」
「この世界にある、ありとあらゆる生き物は多かれ少なかれ世界樹の加護を受けている。その力が一瞬でも弱まれば、死んでしまう生き物もいるかもしれないし、何か災害が起きるかもしれない。ちょっと想像のつかない程の大惨事になりそうなんだよね」
「え、それってけっこうヤバイんじゃ……」
「でもこの世界には、エースという存在がいる。エースはそれを食い止められる唯一の存在なんだ。白の魔術は、本来このためだけに存在すると言っても過言ではないよ」
私はてっきり、救世主とは危険な旅の護衛役のことだと思い込んでいたので、青天の霹靂だ。つまり、白の魔術……結界の力で世界樹の代わりに世界を守るっていうこと?! 私、村一つを結界で囲ったことはあるけれど、世界って規模が大きすぎない?! とてもできる気がしない。
「そんな不安そうな顔しなくても」
「だけど」
と言いかけて止める。私よりも、マリ姫様の方がよっぽど不安が大きいはずだ。
「エースが世界樹の管理人交代の補助要員だってことは、これで分かってくれたよね? だからこれまでたくさんの制限装置を開放して、白の魔術をレベルアップさせておく必要があったんだ」
なるほど。そういうわけか。私はしきりに頷いて、マリ姫様に先を促す。
「俺は、エースならきっと世界を守れると思ってる。そこのところは心配していない。問題はその直後だ。元々エースは、この交代のイベントのために異世界から呼ばれてしまった、所謂異分子だろ? つまり、これさえ乗り越えれば、エースはこの世界で要らない存在になってしまう可能性がある。もっと分かりやすく言うと、俺の巻き添えで世界樹の一部として取り込まれてしまうかもしれない」
「え、そんな……」
これは完全に想定外。私も言葉が詰まってしまう。
「でもな、ちゃんとこの世界と固い絆で結ばれていれば、交代の儀式が終わってもエースはこの世に存在し続けられる。ここで、冒頭で話したクレソンの存在が切り札なんだな。アイツはエースのことを何よりも大切にしている。お前もそうだよな?」
マリ姫様にこれを尋ねられるのは少し恥ずかしい気がする。でも、ちゃんと頷いてみせた。
「それなら大丈夫だ。エースは、これからもこの世界で生きていける。俺はエースが生きる世界を丸ごと守り続けていく。次の管理人が現れるまで何百年もな。俺は、そういう形を選んだんだ」
マリ姫様の声、最後だけ涙が混じった。
マリ姫様、そして衛介としての決意は分かる。でもね、でもね。やっぱり私としては別のことも考えてしまうわけであって。
私は少し考えた後、禁句を話すことにした。






