無敵の聖域を奪いに来た盗賊たち、俺のハッタリを信じたばかりに……
「あ、あの……ナギ様」
ミュラが、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「そろそろ、その……離れてもよろしいでしょうか……?」
「あっ、悪い!」
俺は慌てて腕を緩めた。
けれど、60センチ四方の聖域だ。
離れたところで、どうしても体が触れてしまう。
ミュラは頬を赤くしたまま、ちらりと俺を見上げた。
「……少し、外の様子を見てまいります」
「ああ。気をつけてな」
「はい。すぐに戻ります」
ミュラが外へ出ていく。
ようやく一人になった俺は、ほっと息を吐いた。
「おい、男!」
突然、荒々しい声が響いた。
岩陰から三人の男が姿を現す。
「女がいなくなったな。今のうちに、そいつを引きずり出せ!」
「へい!」
一人が聖域へ駆け寄り、俺に手を伸ばした。
ゴンッ!
「ぐあっ!?」
見えない壁にぶつかり、男が尻もちをついた。
「何だ、こりゃ!」
「おいおい、何やってんだ!」
仲間たちが笑う。
だが、男が何度も壁を叩いても、聖域には傷一つつかなかった。
「くそっ! どうなってやがる!」
先頭の男が俺をにらみつけた。
「まあいい。出てこねえなら、出てくるまで待つだけだ」
「……待つ?」
「そうだ。食い物も水もねえんだろ? そのうち腹が減って、嫌でも出てくるさ」
男は下卑た笑みを浮かべた。
「餓死するまで待ってやるよ!」
……なるほど。
俺を閉じ込めておけば、いずれ出てくると思っているらしい。
悪いけど、その作戦は通用しないんだよ。
しかし、こいつらを放っておくわけにもいかない。
ミュラが戻ってくるまで、何とか時間を稼がないと。
「……分かった」
「あん?」
「そんなにこの聖域が欲しいなら、勝負をしないか?」
三人が顔を見合わせた。
「勝負だと?」
「ああ。俺の護衛と、お前たち三人で戦うんだ」
「護衛? あの女騎士か?」
「そうだ。お前たちが勝てば、この聖域を譲る。だが、負けたら二度と近づくな!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、三人は腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! 面白えことを言うじゃねえか!」
「俺たち三人に、女一人で勝てると思ってんのか?」
「いいぜ! その勝負、受けてやる!」
……よし。
これでミュラが戻ってくるまで、手出しはされないはずだ。
もちろん、聖域を譲る気なんてない。
そもそも、俺が外に出たら死ぬんだからな。
「おい、ナギとか言ったな」
先頭の男が、剣を抜きながら笑った。
「その女が逃げ出さねえといいなぁ」
「ミュラは逃げない」
そう即答すると、男は一瞬きょとんとした。
ますます愉快そうに笑う。
「へえ。ずいぶん信頼してるんだな!」
……余計なことを言ったかもしれない。
そのときだった。
「ナギ様!」
ミュラが戻ってきた。
俺の前まで駆け寄った彼女は、三人の男を見るなり剣を構えた。
「あなたたち……屍食らいですね」
「ご名答。ちょうどいいところに戻ってきたな、女騎士様ァ!!」
先頭の男がニヤリと笑う。
「お前のご主人様と勝負の約束をしたんだ。俺たちが勝てば、そこの聖域をもらうぜ」
「ナギ様が……?」
ミュラがこちらを振り返った。
「ああ。そういう約束だ」
ミュラは少し驚いたようだったが、すぐに剣を握り直した。
「承知しました。お相手いたします」
「へっ、威勢がいいじゃねえか!」
盗賊たちが武器を構える。
「今だッ!」
号令と同時に、一人が正面から斬りかかった。
キンッ!
ミュラは剣で受け止める。
そこへ、左右から二人目と三人目が迫った。
「くっ……!」
ミュラは身をひねって一撃をかわし、すぐさま距離を取った。
「どうした!逃げてばかりか!」
男たちが追いすがる。
ミュラは剣を構え直し、岩場を背にした。
「逃がすな!」
一人が突っ込んでくる。
ミュラは攻撃を受け流し、横へ身をかわした。
「うおっ!」
勢い余った男に、後ろから追ってきた仲間がぶつかった。
「邪魔だ、どけ!」
「お前が突っ込んできたんだろうが!」
二人が言い争う。
その隙を、ミュラは見逃さなかった。
先に体勢を崩した男の足を払い、もう一人の剣を弾き飛ばす。
「クソッ!!」
残る一人が慌てて斬りかかった。
ミュラは剣で受け止め、相手の力を流すように横へずれる。
男の体が傾いた。
そこへ、ミュラの一撃が入る。
「ぐあっ!」
男が地面に倒れた。
「くそっ、この女……!」
最初に転ばされた男が立ち上がろうとする。
しかし、ミュラの剣先がその喉元に向けられた。
「まだ続けますか?」
三人の顔から笑みが消えた。
「ちっ……覚えてやがれ!」
先頭の男が吐き捨て、仲間を促す。
三人は武器を手に、岩場の向こうへ逃げていった。
「……ふう」
ミュラが剣を下ろした。
そして、すぐに俺を振り返る。
「ナギ様! お見事です!」
「えっ、俺?」
「はい! 勝負を持ちかけて敵を油断させるとは……さすがです!」
「いや、俺はただ……」
「私を信じて任せてくださったのですね!」
ミュラは感激したように胸に手を当てた。
「ありがとうございます、ナギ様!」
……また何か勘違いされてる。
俺は苦笑いするしかなかった。
そのとき、ミュラが地面に落ちていた小袋に目を留めた。
「これは……」
盗賊の一人が、戦闘の最中に落としたものらしい。
ミュラが拾い上げ、中を確かめると、いくつかの小物に混じって、銀色の首飾りが出てきた。
ミュラの表情が変わった。
「……この首飾り、知ってるのか?」
「はい。私の仲間が身につけていたものです」
ミュラは首飾りをそっと握りしめた。
盗賊たちが、亡くなった仲間の持ち物を奪ったのだろう。
だが、ミュラは怒りをあらわにすることなく、しばらく首飾りを見つめていた。
「ナギ様。私、ずっと気になっていたことがあるんです」
「何だ?」
「あの場所に、なぜ中ボス級のドラゴンがいたのか……」
ミュラは顔を上げた。
「私たちが遭遇したのは、偶然だったのかもしれません。でも、あの場所にあれほど強いドラゴンがいたことが、どうしても気になるんです」
「……何か心当たりがあるのか?」
「いいえ。今は何も。考えすぎなのかもしれません」
ミュラは首飾りを見つめ、静かに息を吐いた。
仲間を失ったあの戦い。
俺には、ミュラが何を思い出しているのか、すべては分からない。
けれど、簡単に忘れられる出来事ではないことだけは分かった。
「……分かった。俺もできることあれば協力するよ」
「ナギ様……!」
「俺はここから出られないけど、何かできることがあるかもしれない」
ミュラは首飾りを握りしめ、深くうなずいた。
そのときだった。
荒野の奥から、地鳴りのような音が響いた。
ドォォォン……!
「な、何だ!?」
俺が振り返ると、遠くの岩山の向こうに、黒い煙が立ち上っていた。
ミュラの顔から、さっと血の気が引く。
「……そんな。あの方角は……」
「知ってる場所なのか?」
ミュラは答えず、ただ煙の立ち上る方角を見つめていた。
やがて、彼女は剣の柄を強く握りしめた。
「ナギ様。お願いがあります」
「……何だ?」
「この先も、私をここに戻していただけますか?」
どうやら俺の安全な引きこもり生活は、思ったより早く終わりそうだ。
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