5
タウンハウスで一晩グッスリ眠ったマリィ。
起きた時、彼女は完全にマリィとして、16年生きてきた記憶をその身に取り戻していた。
王宮の寮では、朝が早かった。
その習慣が身についてしまっていたマリィは、今朝も早くに目が覚める。
さっさと起き上がり入浴室に向かい、顔を洗って身支度を整えた。
髪を漉き、纏めようといつものようにピンを口に含んで手が止まった。もう侍女ではないから纏める必要はないのだ。
ピンと髪紐をドレッサーに置いて、もう一度髪を漉いた。
「はぁ、これからどうしようかな」
纏めずに下ろしたままの髪で、鏡に写る自分に問いかけるように呟いた。
マリィは学園に入学してから散々だった。
地頭が良かったのもあるかもしれないが、エリフォーヌが付けてくれた家庭教師の授業は楽しくて、どんどん彼女の教えを吸収していった。マナーもはじめはエリフォーヌに呆れられたが、それが悔しくて必死に矯正した。
その《《かい》》があり学園に入学する頃には、男爵令嬢とは思えないほど、優秀な貴族子女が出来上がっていた。
エリフォーヌの孫のアマリーヌと揃って入学したが、初めてのテストでマリィはアマリーヌの感に触ったらしい。上位20人が張り出される結果表にどちらの名前もあったのだが、アマリーヌが5位、マリィが6位だった。
結果は公爵家に郵送された。二人の成績をエリフォーヌも公爵家の皆も褒め称えた。
だがその時のエリフォーヌの言葉で、アマリーヌはマリィが勉強を始めたのが、公爵家に来てからだということを知る。
幼い頃から学ぶアマリーヌと、たかだか一年ほど学んだマリィが一つしか成績が変わらない。それを指摘した者は誰もいないのに、誰よりもアマリーヌが敏感になった。
そして、その日から水面下でマリィの悪評がアマリーヌに拠ってばら撒かれていく。
そしてとうとう事件が起きた。
悪評の中に、マリィが男を取っ替え引っ替えしているというものがあり、それを真に受けた男子生徒数人が、マリィを空き教室に連れ込もうとしたのだ。
マリィよりも身分の高い家格の彼らは、マリィが男爵令嬢だから何をしてもいいだろうと、寧ろ男を探す手間が省けるだろうなどと、嫌がるマリィにそんな罵声を浴びせた。
間一髪で教師に助け出され、マリィは抵抗した時に出来た打撲や少しの擦り傷くらいで、最悪な被害はなかったものの、元凶が根も葉もない噂だった事が問題になった。
そして、本当に根も葉もない噂だったのかという悪質な噂も広がる。
そうなっては、平穏な学園生活など送る事は不可能だった。
ある日マリィはエリフォーヌに呼ばれる。
「エリフォーヌ様、お呼びと伺いました」
彼女の執務室には、アマリーヌの父であるセルディ伯爵も居て、二人の姿にマリィは覚悟を決めた。悪評広がるマリィに援助するほど公爵家は甘くないだろう、そう思ったマリィは追い出されるのを覚悟していたのだ。
「マリィそこに座って、あなたも座りなさい」
伯爵とマリィが執務室のソファに座ると、エリフォーヌは一人がけのソファに座った。マリィと伯爵はそれぞれ二人がけ用のソファの対面で座っていた。
「マリィ、こちらで調べたの。噂の出処はアマリーヌだったわ」
「な!」
「⋯⋯」
エリフォーヌの言葉にマリィは、やはりと思ったが口には出さなかった。伯爵は思ってもみなかったのだろう、かなり驚いて声をあげていた。
「本当にごめんなさい、以前あなたが言ったように、使用人という体で隠れ蓑にしたほうが良かったかもしれなかったわね」
「⋯⋯」
隠れ蓑ではなく本当に使用人で良かったのに、とマリィは思ったが、これも声には出さなかった。その事にも伯爵は驚いていたが、それは声には出なかったようだ。
「でもね、この家であなたを使用人にするのは、忍びなかったの」
「え?」
マリィはこの部屋に入って、初めて声を上げた。忍びないとは、どういうことだろう?マリィは、エリフォーヌの言葉の真意が分からず困惑する。
「母上?」
セルディ伯爵も疑問に思ったのだろう、エリフォーヌに尋ねるように呼び掛けていた。
「マリィ、あなたのお父様であるナリッシュ男爵の出自を聞いたことはある?」
突然父親の事を聞かれて、益々困惑するマリィ。それはセルディ伯爵も同じだったようだ。
マリィが、軽く首を左右に振ると、エリフォーヌは意を決した様に話し始めた。
「あなたのお父様は王族なの。今は亡き王弟殿下のお血筋なのよ。その証拠が貴方なの」
その時セルディ伯爵がマリィを見て、納得したように頷いている。マリィは、有り得ない、想像したこともない事を聞かされて、頭が真っ白になった。
「王弟殿下が亡くなったとき、殿下の侍女が妊娠していたの。その後も彼女は王宮で働きながら、途中産休をとって男の子を産んだわ。彼女は何も言わなかった。だから誰も分からなかったの。今のナリッシュ男爵、セドリック殿が5歳位だったかしら、彼の母親が事故で亡くなってね。当時のナリッシュ男爵が彼を引き取りに来た時に王家に訴えたの。孫は王弟殿下のお子だと。でも皆が戯言だと不敬だと言ってその訴えは真面に受け止められなかった。でもねセドリック殿の娘の貴方が生まれて、王妃様が気付いたのよ。間違いなくセドリック殿は、王家の血を引いていたのだとね」
マリィは、エリフォーヌの告白を聞いている途中から項垂れていた。
そんな事父から聞いたこともない話しで、エリフォーヌの話しが信じられない。だけど心の何処かで不思議に思った事はあった。それでもそんな事考えるだけ不敬な事だと、頭の中から消したのだが、エリフォーヌの言葉はそれを裏付けることなのだと理解もした。
この国では、濃い薄いはあるけれど茶色い髪色が一般的だ。だが、ある一定の一族だけ違う髪色を持つ。だが必ずしも全員が受け継ぐわけではない。だからマリィは自分がその色を持つのは、遠い祖先の血ではないかと思っていた。それで納得していたのだ。
まさか祖父が王弟などと考えたこともなかった。
この国の王家の髪色は、金か銀。
マリィの髪色は鈍色がかった金の髪をしていた。




