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マリィはこの部屋で、まだ少しの時間しか過ごしていないが、この部屋に入ってから自身の身に変化が現れている事に気付いた。
それは走馬灯で見たこの世界のマリィの記憶が、少しずつハッキリしてきた事だ。
音無しの走馬灯だったから、人の名前やどんな会話をしたのか、場面場面で切り取られたように出てきただけだったものが、しっかりとマリィの体に根付くように、自分の事として理解していくようになった。記憶喪失ではなかったけれど、マリィが16年生きてきた人生として、すべてを思い出していく、そんな感覚だった。
そして、マリィが領地を出た時の事も思い出す。
マリィは男爵家でも貴族だったから、王都の学園に通わなければならなかった。
だが、ナリッシュ男爵領は、没落まではいかないが裕福ではなかった。それというのも、マリィの母が産後の肥立ちが悪く、それから病弱になってしまった為だ。高価な薬や高名な医者にも見てもらったが、母は回復する事なくこの世を去った。そして残されたのは莫大な借金だった。
ナリッシュ男爵は、爵位の返上も考えたが、そこに手を差し伸べてくれたのが、ムートン公爵夫人エリフォーヌだった。
ナリッシュ男爵の寄り親でもあるムートン公爵家は、過去には王女も降嫁するほどの名門で、今も尚王家とも堅い繋がりがある。特に公爵夫人は、現王妃の歳の離れた姉と友人で、幼い頃から王妃とは親しい間柄だった。
そんなエリフォーヌが寄り親といえど、末端貴族の男爵家に声をかけてくれたのか、それはマリィの父の出自のおかげだった。
それを知らされたのは、エリフォーヌの推薦で、マリィが王宮侍女として出仕する時だったが、この時はまだ知らない。
兎にも角にも、マリィの教育を請け負ってくれるという有り難い言葉に、ナリッシュ男爵は、見栄もプライドも捨てて、マリィの為に王都へと送り出してくれた。
その時に、エリフォーヌは、偶にはマリィとも会いたいだろうとマリィ名義で王都にタウンハウスを購入してくれたのだ。
エリフォーヌの温情でマリィがムートン公爵家で暮らす様になったのは、マリィが13歳の時だった。学園は15歳になる年に入学するので、一年ほど公爵夫人から貴族のマナーを学び、家庭教師もつけてくれるという。
公爵家に父セドリックと到着した時、マリィは男爵家とあまりにも違いすぎる邸宅に足が震えた。
「お、お父様、本当にここですか?ここは王宮では?」
「マリィ、王宮はあっちだよ」
父の指差す先には、公爵家にある木々の隙間から城壁が見える。マリィの目に飛び込んできた白い城。しかも一番上は公爵家の木が邪魔をして見えない。
公爵家も城だが、王宮も城。
城だらけの場所に、自分の足はちゃんと地面を踏んでるだろうかと足元を見てしまった。
それほどに、現実とは思えずに夢でも見てるのではないか、それにこんなところで自分はやっていけるのか、マリィは怖くて、父の一張羅のジャケットの裾を握りしめた。
◇◇◇
マリィは、マリィとしての記憶が頭にちゃんと定着してきて、昔の事を思い出していく。
「驚いたってもんじゃなかった、デカイもん」
言葉が前世仕様になってしまって、口が悪いマリィだったが、今は部屋で一人だからいいだろうと、ベッドに寝転がり天井を見上げた。
「住んだ記憶がないはずよね、ここって数回来ただけだもん」
エリフォーヌにタウンハウスを買ったと言われた時、マリィは驚いたが、父の為に有難く頂戴することにした。その時はまだ学生だったマリィは、将来絶対その恩を返そうと心に誓ったのだ。
タウンハウスがあれば、父は会いに来てくれるだろうと思ったからだ。
ムートン公爵家では、マリィと同じ歳の娘が暮らしていた。
エリフォーヌの息子でムートン公爵家の嫡男は、今はセルディ伯爵を名乗っている。そのセルディ伯爵家も当然公爵家に住んでいた。
セルディ伯爵には長男のルーセントと長女のアマリーヌがいる。
このアマリーヌが、マリィと同い年だった。
初めて顔合わせをした時、マリィが挨拶するとセルディ伯爵夫妻とルーセントは、好意的だったが、アマリーヌははじめからマリィに敵対心を剥き出しにしてきた。
相手は次期公爵の娘で、マリィとは身分も雲泥の差なのに、公爵家に住むマリィが身分不相応で気に入らないのだろう。
周りの皆もマリィもそう思って、それは時間が解決するだろうと思われた。
エリフォーヌはアマリーヌの態度に、眉間に皺を寄せて不快だとばかりに叱った。
その時はアマリーヌもマリィに謝罪してくれたが、それはその時だけだった。
彼女は事あるごとにマリィに突っかかって来た。
「エリフォーヌ様、私を公爵家で雇用してもらえませんか?」
マリィはアマリーヌに辛く当たられても、当然だと思えたのだ。
アマリーヌから見たマリィは、突然公爵家に現れた異物だ。しかも教育も受けさせてもらえて、アマリーヌとほぼ同じ待遇で公爵家に居候しているのだ。
何れ公爵令嬢になるアマリーヌにとって、男爵令嬢と同じ待遇など許せるものではないだろう。
いくら公爵夫人が許していたとしてもだ。
だから使用人として働く序でに色々と教えてもらう。その方がいいと思ってマリィは、不敬と思ったがエリフォーヌにお願いしたのだが、結果は⋯却下だった。
そしてマリィは、アマリーヌに拠って“悪女”へと仕立て上げられていく。




