29
「エリーゼ!ごめんなさいね、遅れちゃった」
息を上がったルチアが、待ち合わせに現れたのは、約束の時間を10分程過ぎた頃だった。
侍女の仕事はイレギュラーも多い為、エリーゼは待つ事にも不安はなかったので、気にしてはいなかったが、ルチアの方はそうでもなさそうだ。
「ルチアさん、気にしないでください。じゃあ行きますか!?お店ってどこら辺ですか」
「あっ、待ってエリーゼ。馬車は頼んであるの」
王都の街に出るには、少し歩かなければならない。
王城からならそんなに遠くはないから、昼間なら歩いても大丈夫だが、今は夕刻になる為、エリーゼ達は馬車を利用することにしていた。
王城の近くには、乗合馬車が朝と夕方に2台ほど、王城で働く下働きの為に動いているので停留所があった。其方の方にエリーゼが向かおうとしていたら、ルチアに待ったを掛けられた。
「王宮の馬車停まりに待機してもらってるの」
「そうなんですか?」
「えぇ、実はねうちの馬車なの。今日は、我が家の夕食にご招待したくて誘ったの」
「ええっ!」
エリーゼは、同性に食事に誘われたのも初めてで、それだけでも嬉しかったが、家に招待なんてされたことが無くて感動する。
「ルチアさん、ありがとうございます」
ルチアに連れられて馬車の待機場に向かいながら、エリーゼは彼女に感謝の言葉を述べると、ルチアは驚きながらも、過去のエリーゼの行いを思い出して、きっと初めて誘われたのだろうと察した。
「こちらこそ、誘いを受けてくれて嬉しかったわ」
ルチアは、穏やかに微笑んでエリーゼに応えた。
何ていい人なの!
エリーゼの中でルチアは聖女の様に思えた。
あの漫画では、ルチアさんはマリィの味方だったな。彼女が居なくなってきっと寂しく思っているのかも。
エリーゼは、3年前に前世を思い出し、この世界が異世界であること、自分が漫画の世界の登場人物だった事、そしてその人物が後に流刑になる事を知った。そしてその時に、それまでの自分を猛省して、やり直すことを決意した。
それからは、そのことだけに只管邁進していたけれど、ある日ふと思い至ったのが、マリィを全く見かけない事だった。
自分のことばかりで、周りを見ていなかったエリーゼ。本来ならヒロインであるはずのマリィは、王妃の宮の所属のはずだ。そして本当ならエリーゼは、第二王子殿下の宮のままのはず。
それが、エリーゼは配置換えで王妃の宮にいて、マリィは王宮の何処にも居なくなっていた。
聞けば、あの事故の後、記憶喪失になり王宮で働く事が出来なくなったそうだ。
漫画のストーリーから外れたマリィは、今どこにいるのだろうか?
そんな事を、1年ほど前まではたまに考えていたこともあったが、ここ1年ほどは見習いから本採用された為、忙殺されてまたもやマリィの事は忘れていた。
最近、ナリッシュ男爵やルチアから、あの3年前の事故の件で謝罪を受けて、また思い出すこともしばしば増えていた。
そして今も。
ルチアもそうだが、先程見かけたルーセントもマリィ関連の登場人物だ。
「マリィさんって、今は何をされているのかな?ルーセントとは、既に結ばれちゃったりしている?」
小さな呟きは、馬車の音にかき消され、ルチアには聞こえていなかった。




