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記憶喪失認定されたマリィは、気が付いたときにマリィに呼び掛けてくれた女性から、マリィの部屋だという場所に連れて行かれた。
そしてマリィの知りたかった事を、ルチアと自己紹介した彼女は話してくれる。彼女の名が分かってマリィはホッと胸を撫で下ろす。
マリィは、ナリッシュ男爵の娘で16歳。
今年から、王宮の侍女として働き始めた新米ペーペー。今日王宮では王妃様主催のお茶会が行われていて、そこに新米侍女マリィも助っ人で給餌の役を仰せつかっていたらしい。
その仕事の最中、マリィが会場の入り口にある短い階段で足を踏み外して今に至ると。
階段を踏み外したのではなく、悪意を持って態と押されたのだと言いたいのを我慢して、親切な先輩侍女のルチアさんにマリィは頷いてみせた。
とにかくこれで、ここは何処?私は誰?までは分かった。
だが、記憶をなくした男爵令嬢は、役立たずということで、このあと男爵が王宮に迎えにくるから、お役御免という事も、辛そうに伝えられて、ルチアさんはとってもいい人だとマリィは思った。
たかが後輩でしかないマリィの不幸を、自分のことのように感じられるなんて、このお人好しの先輩に「あなたこんな職場で今後大丈夫?」と言いたい衝動に駆られるが、我慢我慢。
現実逃避をしたい真理子は、よく異世界物の小説や漫画を読んでいたから、王宮というところは有象無象の魑魅魍魎達の渦巻く場所だと、前世記憶でインプットされている。
異世界物の転移や転生は、よく最後に読んだ小説とかに入り込んだりする事が多いけれど、真理子はあの事故の直前に読んでいた本はない。ただ歩いていただけだし、家に読みかけの物もなかった。判断材料は無音の走馬灯と今ルチアさんが話してくれた事だけ。これでは足らなすぎて、どの物語に転生したか掴めない。
お役御免で家に帰れるのは、それを探るのに好都合で有り難いとさえ思えた。
こういう場合、ヒロインだったら家で虐げられている設定だったりするけれど、先程の走馬灯ではそんな事は感じられなかったから、男爵家に帰るのには不安はない。あるとすれば男爵家という爵位だ。こんなに低いのは、ヒロインかヒドインの可能性が高い。
それだけが今の不安材料だ。どうかモブであって欲しいというのが今の切実な願い。
とにかくマリィは、男爵が迎えにくるのを、ルチアさんに荷造りを手伝ってもらいながら部屋で待っていた。
◇◇◇
マリィのパパであるナリッシュ男爵は、無茶苦茶ダンディな人だった。そりゃあこの美形からなら、マリィのようにモデル顔負けの美少女が誕生するだろうと、そう思うには十分に美しいお顔をされている。
ところで、マリィは男爵をどう呼んでいたのかな、そう思って思い出す、そうだ記憶喪失設定なら考える必要はない。
マリィは、悲しそうに肩を落とし、一旦少し目線を斜め下あたりに向け、そこから男爵を見上げて目に力を入れて見開く。すると乾いた瞳は水分を欲して涙が眼球を覆う。
女子高生なら出来る“必殺あざと泣き”
マリィは前世で、高校の同級生が実演して見せていた手法を、初めて用いてみたがマリィはやればできる子だった。
程よく潤ませた瞳は、今ここに居る周囲の人の同情を誘った。
「マリィ、私の事もわからないか?」
「⋯⋯はい」
悲しそうな男爵に申し訳ないと思いつつ返事をするが、顔はわかるが走馬灯には会話が流れなかった。笑いあって食事をする姿などが出て来ていたから、父娘関係は悪くはないとマリィは思っている。ただ貴族は本音を隠すと、本や漫画で知っている異世界情報を知っている為、父娘でも油断できないと考える。
だが前世で母子家庭だった真理子は、父親という存在に憧れていた。だから今のマリィになっても、男爵とは仲良くしたいと思っている。
「大丈夫さ、喩え記憶が戻らなくても、お前が私の娘という事は変わらないから」
言いながら頭を撫でる男爵に、マリィは胸がキュウと熱くなる。撫でる手に自分の手を重ねると男爵は
「ん?」
と、目を細めた。
「嫌だったか?そう言えば前に子供じゃないと怒られたな」
そう言いながら撫でる手を離そうとしたが、マリィは頭を振った。
「違います、そうではなくて。撫でられて嬉しいなって」
マリィがそう言うと男爵は嬉しそうに破顔した。




