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八 夜のヴァルミリア

 トウマは、ミリーに具合がよくなるまで神庭で療養するように告げると、神庭を後にした。

 すでに夜になっている。

 だが、五家が、エリナたち人質四人が解放されていることを知ってしまっている可能性もゼロではない。

 知られれば、次に狙われるのはラウレンツたち四人だろう。

 トウマたちは急ぐ必要があった。


 しかし夜のヴァルミリアは城門を閉ざしている。

 基本的に人の出入りはできない。

 そのため、城壁を乗り越えてヴァルミリアに潜入する。


 トウマに対する護衛は、シェイドリィとロルフが争った。

 ロルフは、トウマの身を守るのは我が仕事となかなか譲らなかった。

 だが、今回は潜入調査も含んでいる。

 最後は、シェイドリィが担当することになり、ロルフは渋々引き下がった。


 トウマは隣を歩くシェイドリィの横顔を見る。

 黒銀の髪がテンポよく歩くたびに揺れて月の光を浴びて微かに光る。

 葡萄酒色の瞳は細められていた。


 ……ニコニコしている。


 これから重要な仕事が待ってるんだが……。


「トウマ様、何か?」


「……いや」


 トウマとシェイドリィの後ろを足音もなくついてくるのは、五人。


 ラウレンツには三人の仲間がいる。

 穀物商ヨハン、両替商ヴィクトル、輸送商マテオだ。


 ラウレンツを含めた四人の商人を守る護衛役が四人。

 そして、その護衛役を統括する者が一人。

 シェイドリィ配下の第一席から第五席。

 諜報・警護などを得意とする、シェイドリィの自慢の部下たちだ。

 トウマが戦った盗賊たちの強さを考えると、この五人を相手に暗殺を成功させるのは、ほぼ不可能と考えてもいいだろう。


 神庭からヴァルミリアまでの距離はおよそ四千メルで、トウマたちにとっては大した距離ではない。


 小山から降りて行く途中、夜のヴァルミリアが見えた。


 ゲームの街ではない。

 人が生活している、人生を生きている、そんな人々が集まる都市。

 これからその世界に、自分は入っていく。


 夜のヴァルミリアは暗い。

 ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》でも、蝋燭(ろうそく)魔晶灯(ましょうとう)は高価で、庶民が気軽に使えるものではなかった。

 その暗いヴァルミリアを囲うように、城壁の上を巡回する警備兵の松明(たいまつ)が、規則正しく動いている。


 東の川門近くの港には、篝火(かがりび)が多い。夜の黒い川面に、その火が細く滲んでいた。

 夜空には、船の帆柱がいくつも突き出し、水路沿いには倉庫らしき大きな影が並んでいる。

 昼の間に運び込まれた交易品が、朝を待っているのだろう。


 都市の南西部は、ほかよりも多くの灯が見えた。

 魔族領交易で栄えた富裕層の区画だ。

 ここに五家、そしてグリューネ家の邸宅がある。

 ミリーのやつれた顔が思い浮かぶ。

 トウマは南西の灯から目を逸らした。


 ラウレンツの商館は、北西の中央広場に近い一角にある。

 トウマは、エリナから預かった懐の品にそっと触れた。




 ヴァルミリアまで、ものの三十分もかからなかった。


 トウマたちは、ヴァルミリア北門と西門の間にある城壁近くまで来た。

 城壁は、だいたい人の背丈の七倍ぐらいの高さか。

 シェイドリィの先導で、見張り櫓(みはりやぐら)と見張り櫓の中間あたりまで進み、城壁から少し離れた木々の陰に身を潜めた。

 木の陰から、城壁の上を巡回する警備兵の様子をうかがう。

 ちょうど見張り櫓の篝火が届ききらない地点がある。

 城壁の上を巡回する警備兵が通過すると、シェイドリィ配下の第三席リゼット・ノクスウェイが進み出た。

 リゼットは移動・追跡・逆尾行・逃走経路封鎖などを得意とする。

 短い黒銀の髪に、少年のようにも見える細身の体。いかにも身軽そうだ。


「では、私が」


 リゼットは低い姿勢のまま、音を立てずに即座に城壁まで駆けた。

 上を見上げ、城壁上通路へ鈎縄(かぎなわ)を投げる。


 鈎縄は音もなく城壁上通路の胸壁(きょうへき)に引っかかった。


 リゼットは縄の先端の鈎の引っかかり具合を確認すると、縄を握ったまま城壁を蹴った。

 一回、二回、三回。

 それだけで上まで登り切った。


 見事な手際だった。


 リゼットは身を低くして辺りを警戒して安全を確認すると、トウマを手招きした。


 トウマは以前、ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》で潜入イベントがあったことを思い出した。警備兵に見つからずに城壁を越えて、敵を暗殺するイベントだ。


 トウマはできるだけ音を立てずに、城壁まで駆けると、その場で膝を沈めた。

 次の瞬間、跳んだ。

 一瞬で、城壁の上まで身体が上がる。

 そのまま城壁上通路に着地する瞬間、足裏に薄く闘気を広げた。

 足裏に伝わるはずの衝撃を闘気で殺し、音もなく着地する。


 リゼットと目が合う。

 リゼットの目が点になっていた。

 リゼットは一瞬、ぽかんとしたがすぐに我に返って、もう一度辺りを確認して、下の者に合図をした。


 合図を受け、シェイドリィたちが次々と城壁を越えてくる。

 誰一人、石壁に余計な音を響かせる者はいない。


 こうしてトウマたちは、ヴァルミリアの城壁内へ入った。




 トウマたちはヴァルミリアの城壁内に入ると、都市の中心部にある中央広場を目指した。

 中央広場は、石造りの大きなギルド本部が集まる場所らしい。

 警備が厚いはずだ。

 シェイドリィたちの警戒を頼りにしつつ、トウマは自分でも気配に気をつける。

 物陰に隠れつつ進んでいくと、中央広場に出た。

 そして、案の定、広場中央の噴水の周りに警備兵が二人立っている。

 一人は東側、もう一人は西側、互いに背を向けて周囲を警戒していた。

 さらに西からやって来た二人一組の警備兵は広場の周囲を回り始めた。


 ……うっとうしい。


 あの二人組が去るまで待つか。それとも小石でも投げるか?

 リアル・ステルスアクションだななどと思う。

 ゲームではこういう場面で、小石を投げた。

 上手くいかなくて、何度も投げたなと考えていると、警備兵の後ろで音がした。


 魔法の詠唱は聞こえなかったが、シェイドリィが魔法を使ったのだろう。

 おそらく、斥候系の初級魔法、《影音(えいおん)》。

 影のある場所に、小さな物音を置く魔法だ。


 警備兵が後ろを振り向く。


 さらに、小さな物音が数回鳴る。


 警備兵二人は顔を見合わせると、その物音を追って、広場の入り口辺りまで移動した。

 トウマたちに背中を向けて周囲を警戒している。


 さすがはシェイドリィ。鮮やかな手際だった。


 シェイドリィの後ろ姿を賞賛を込めて見ていると、シェイドリィが振り向いた。

 目が合う。

 シェイドリィが得意げにニコリと微笑んだ。


 中央広場から先は、トウマたちは行き先が分かれる。

 各自が、護衛対象の商館兼自宅へ向かうことになっている。


 出発前、エリナたち四人から、家族の顔の特徴を聞き取り、似顔絵を描いている。

 商館の場所、看板、夜にいる可能性が高い部屋も確認している。

 さらに、それぞれの家族に宛てた手紙と、本人だと信じてもらうための証明の品も預かっている。

 これらでなんとか、この夜、護衛対象を守るという計画だ。

 

 トウマとシェイドリィ、シェイドリィの配下第一席ノクティア・ヴェイルムーン、第五席ノエラ・ナイトグレイスはラウレンツの商館へ向かう。

 ノクティアは各護衛の統括役。ノエラはラウレンツの護衛だ。

 第二席、第三席、第四席の三人は、ヨハン、ヴィクトル、マテオの商館へそれぞれ散った。



 次の目印は、ヴァルミリア倉庫業ギルド本部だ。

 大きな木看板には、ギルド本部の名前と倉庫業を表す絵が描いてあるらしい。

 絵は、倉庫の鍵束と、積まれた麻袋だ。

 円形の中央広場の外縁を、建物の影に沿って進む。

 警備兵の視覚範囲に入りそうになると、シェイドリィが《影音》で小さな物音を影に置く。

 警備兵が「ん?」と反応し、目を逸らす。

 そして追加の《影音》で、警備兵は簡単に背中を向けた。


 途中から不謹慎だが、トウマは少し面白くなってきた。


 北西側の立派な建物の大きな木看板を見る。

 鍵束と麻袋の絵が見えた。

 絵の隣には「ヴァルミリア倉庫業ギルド」とあった。

 トウマはシェイドリィと顔を見合わせて頷いた。


 そこから、ギルド本部の脇にある細い通りへ入り、ラウレンツの商館を目指した。


 しばらく進むと、鍵束と麻袋の絵が入った木看板があった。

 看板には「ベルクマン倉庫商会」と書かれている。


 ラウレンツの商館だ。

 三階建てで、一階が石造り、二階と三階は木骨組みで、壁は漆喰になっている。

 ラウレンツは二階の寝室か、一階の帳場にいるはずだと聞いている。

 トウマたちは裏口へ向かった。


 ノエラが無言で前に出て、裏口のドアに耳を当てる。

 ノエラもシェイドリィと同じく影妖族(えいようぞく)だ。


 肩口に切りそろえられた濃紺の髪がドアに触れ、月白色(げっぱくいろ)の首筋がわずかにのぞく。

 薄い銀青色の瞳が、室内の気配を探ってわずかに動いていた。


 ノエラは細い金具を一本取り出し、鍵穴へ差し込む。


 微かな音がした。


 さらに、ドアの隙間に、蜘蛛の肢を思わせるほど細く長い指先を当てる。

 しばらくすると、ノエラがドアをスッと押す。


 ドアが開いた。


 その間、十秒ぐらい。

 トウマには何をどうやっているのかさっぱり分からないが、どうやら鍵も、(かんぬき)も、いつの間にか外れていたようだ。


 見事すぎる。


 ノエラが振り返り、目が合った。


 ノエラは得意げで、褒めてほしそうだった。


 ……シェイドリィの部下だなとトウマは思った。


「素晴らしい」


 トウマが褒めると、ノエラは頬を染めて、口元をだらしなく緩めた。


「……顔」


 シェイドリィがボソリと呟くと、ノエラは慌てて表情を引き締める。

 ノクティアがノエラの頭をこつんと小突いた。


 ノエラは慌てて知的な顔を取り戻すと、先に裏口から中へ入り、トウマたちを先導した。



お読みいただき、ありがとうございます。


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どうぞよろしくお願いいたします。

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