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6/21

六 独立か、従属か

 トウマは、囚われていた四人と捕虜を連れて神庭(しんてい)へ帰還した。

 すぐに、宰相のセレスティアと商務総監カミラが、急を要するので囚われていた四人と、盗賊指揮官ガロとその手下数名から話を聞きたいと言った。

 トウマは通訳を務めた。


 その後、今後の方針を決めることになった。


 トウマは、主殿(しゅでん)の中庭の奥にある評議の間へ向かった。


 評議の間は広く、天井は高い。

 太い白石の円柱が大きなアーチを支え、細長い高窓から傾き始めた午後の光が射し込んでいた。

 室内に灯された魔導灯の青白い光と混ざり合い、白い石床に静かな陰影を落としている。


 中央には白石と黒木で作られた長卓(ちょうたく)

 その上には、ざっとした周辺地図、木札、羽根ペン、報告書などが並べられている。


 すでにこの場に必要な幹部たちは、長卓を囲んでトウマを待っていた。


 部屋の奥。


 一段高くなった場所に、トウマの席が置かれていた。


 白銀と黒を基調としたその椅子は、この場で誰が決定を下す者なのかを示している。


 戦争。

 防衛。

 外交。

 食糧。

 生産。


 トウマは、神庭の配下二百五十人の生死を決める席に腰をかけた。


 幹部たちを見回す。


 宰相、セレスティア・フォン・アルヴェイン。

 突撃隊長、ヴァルガリオ・ディ・グラディアス。

 守備隊長、エルドレオン・フォン・グラントシルト。

 近衛隊長、ロルフ・グレイファング。

 影務局長、シェイドリィ・ヴァン・ノクターン。

 魔晶塔主ましょうとうしゅ、リュミエラ・ド・ノクスフィリア。

 商務総監、カミラ・フォン・フォックスウェル。


 皆の視線がトウマに集まった。


「始めよう」


 それだけで、評議の間の空気に緊張感が増した。


 セレスティアが静かに立ち上がる。


「では、私から現状を整理いたします」


 セレスティアは卓上の地図へ視線を落とした。

 (さら)われていた四人から聞き取った情報を基に描かれた、簡易的な周辺地図である。


「本日、我々は、神庭の施設ごと、周囲より百メル(一メル=一メートル)ほど高い小山の頂上へ転移したと考えられます。

 この小山は、レスタリア王国南東部に位置しています。

 レスタリア王国の東には魔族領があり、国境の川の名はリーヴェ川。

 このリーヴェ川は神庭から見えている大きな川です。

 そして、神庭から最も近い大都市が、リーヴェ川沿いに築かれた交易都市ヴァルミリア。


 王国で唯一、魔族領との正式交易を許された特許都市です」


「レスタリア王国についても、分かっている範囲で補足いたします」


 セレスティアは、長卓を囲む者たちへ視線を移しながら説明する。


「旧レスタリア王国は、かつて魔族の大規模侵攻を受け、一度滅びました。

 その後、北方の白盾騎士国(はくじゅんきしこく)が、旧レスタリア王国を支配する魔族を退け、リーヴェ川以東へ押し戻しました。

 この時に、白盾騎士国と共に活躍したと言われるのが、旧王族の血を引くレオナールです。

 後に再興王と呼ばれるレオナール一世が、現レスタリア王国を建国したとされています。


 おそらく、白盾騎士国は自領の安全を確保するために、レスタリア王国を緩衝国(かんしょうこく)として再建したのでしょう」


 セレスティアが皆の理解を確認しつつ、説明を続ける。


「そのため、王国では魔族への警戒心が強い。

 白盾騎士国や王国などで広く信仰されている白燈教(はくとうきょう)は、人族を上位に置く思想が強いようです。

 そのため、魔族との交易は本来、忌避(きひ)されるものだったそうです」


 長卓を囲む幹部たちの空気が、わずかに硬くなった。


 エリナは、角を持つトウマを伝説の鬼として恐れた。

 白燈教はトウマを、そして亜人が多く存在する神庭をも迫害するかもしれない。


 幹部たちはそのことを思ったのだろう。


 ロルフの眉が険しくなり、シェイドリィの笑みが薄くなる。

 ヴァルガリオは低く鼻を鳴らした。


「それでも、ヴァルミリアは魔族と商いをしている……」


 商務総監のカミラが思案しながらつぶやく。


 商務総監カミラ・フォン・フォックスウェル。


 赤茶色の髪を後ろで束ね、切れ長の琥珀色の瞳をしている。

 カミラは、神庭の交易、資金管理、契約、外部商人との折衝を担う女性だ。

 穏やかな物腰の女性だが、神庭の損得を見抜く目を持っている。


「ええ。

 現国王アルベルト五世は、財政再建のため、ヴァルミリアに限って魔族領との正式交易を認めたようです」


 セレスティアは続けた。


「きっかけは、現ヴァルミリア総督ガイゼル。

 ガイゼルはかつて戦争で魔族に捕らえられ、その経験から、魔族領との交易が莫大な利益を生むことを知ったといいます」


 カミラが小さく頷いた。


「つまり、信仰や感情では嫌われている。

 けれど、利益は大きいということですね」


「ええ。

 だからこそ、ヴァルミリアは特殊なのです。

 王国で唯一、いいえ、周辺国で唯一、魔族領との正式交易を許された対魔族貿易特許都市。

 それが、我々の最も近くにある大都市です」


 セレスティアが、トウマへ、そして他の幹部たちへ視線を向けた。


「そして、ここからが我々にとって最も重要な点です。


 独立を保つのか?


 従属するのか?


 小山の山頂に現れた神庭の存在を、近隣の多くの者がすでに知っているでしょう。

 そして、あれは何者なのかと考えているはずです。


 我々は、この世界において、領主でも、騎士団でも、王国公認の組織でもありません。

 外から見れば、突然現れた正体不明の武装勢力です。


 脅威となり得るのは、国王、ヴァルミリア総督府、近隣領主。


 聞き取り情報が正しければ、この小山一帯は王領に属する可能性が高いようです。


 そのため、最も脅威となり得るのは、国王です。

 最大軍事動員力は五十万に達するかもしれません。

 国王は神庭に従属を迫ってくる可能性が高いと思われます。

 ただ、王都は遠く、まだ時間的余裕はあるかもしれません。


 次に危険なのは、ヴァルミリア総督府です。

 ヴァルミリアは二十万の大都市で、豊富な資金力もあります。

 周辺も含めますと、十万以上の動員力があると思われます。

 距離も、直線で約四千メル。徒歩約一時間と近く、危機は差し迫っていると思われます。


 また、ヴァルミリア総督府はこの周辺の王領管理に関わっています。

 総督府との関係が悪化すれば、背後にいる国王が出てくる可能性も高い。

 我々は、常に国王の存在を想定しなければなりません。


 近隣領主はさほど恐れる必要はないかと思います。

 しかし、諸々の権利を主張してくる可能性があります。


 我々がこのまま独立を保とうとすれば、戦いは時間の問題になります。


 逆に、いずれかの傘下に入れば、当面の戦争は避けられるかもしれません。

 ですがその場合、神庭は独立を失います。

 トウマ様以下、配下は皆がバラバラになり、神庭の各施設と宝物は、国王や領主に奪われる恐れがあります」


「私は嫌ですわ。

 トウマ様の影から引き剥がされるなど、考えただけで不愉快ですもの」


 シェイドリィが、艶やかな声とは裏腹に、露骨に眉をひそめた。


「同意だ。

 我ら近衛は、トウマ様を御守りするためにある。

 王国の都合で引き離されるなど、到底受け入れられん」


 ロルフもまた、静かな怒りをにじませる。


「はっ。来るなら来やがれって話だ」


 ヴァルガリオが腕を組んだまま、獰猛に笑った。


「国王だろうが、領主だろうが、旦那に手を出すなら叩き潰してやるだけだ」


「それが可能な局面もあるでしょう」


 エルドレオンが低い声で応じた。


「ですが、防衛は一度の勝利で終わりません」


 守備隊長エルドレオン・フォン・グラントシルト。

 銀灰色の髪を後ろへ撫でつけた、石守族(いしもりぞく)の厳格な武人だ。

 城壁を思わせる大柄な体格で、神庭の防衛を一手に担っている。


 ヴァルガリオが苦い顔をする。


「野戦であれば、我々は強い。

 神庭の戦闘要員は、兵站要員を含めて百二十名。

 前の世界では、一般兵であっても通常の兵士の十倍近く戦闘力がありました。

 我々幹部は、数万の兵にも勝ります。

 ここから打って出て敵主力を叩ける状況であれば、相当数の敵を退けることは可能です」


 エルドレオンは、そこで表情を引き締めた。


「ですが、問題はそこではありません」


 皆が、エルドレオンの言葉を待つ。


「主殿に()もれば非戦闘員の命は守れます。

 加えて、結界が正常に機能している限り、神の畑などは守られます。

 本来の神庭であれば、長期間の籠城(ろうじょう)にも耐えられるでしょう」


 エルドレオンはそこで、わずかに声を低くした。


「ですが、現在竜脈(りゅうみゃく)は未接続です。

 結界は機能していません。


 また、神庭の結界は、魔法攻撃には強い。

 矢や投げ槍程度の物理攻撃も防げます。


 ですが、投石機による巨石の連続投射や、攻城用の大規模魔法攻撃を執拗に受ければ、結界出力が削られていきます」


 評議の間が静まった。


 ……そういえば、エルドレオンが守備隊長に就任した時、結界の強度を調べたいとか言い出すイベントがあった。


 神庭中枢区画に入って結界制御の記録を確認したい、と。

 どこから嗅ぎつけたのか、リュミエラも結界を調べたいと言い出した。

 それで俺の血印(けついん)で、二人に一時的な入室権限を与えたのだ。


 エルドレオンとリュミエラはしばらく中枢区画に籠もり、その後、今度は実地試験だと言い出した。


 ……俺は何回も巨石を投げさせられた。


 「トウマ様、もう少し弱く」

 「いえ、今度はもう少し強めです」

 「次は角度を変えてください」


 そんな細かい注文を、散々つけられた覚えがある。


 リュミエラは大規模攻撃魔法を結界にぶち当てた。

 ……楽しそうに。


 魔晶塔主リュミエラ・ド・ノクスフィリア。


 神庭の結界、魔導技術、魔晶研究を統括する大魔術師。

 農園補助ゴーレムや作業用ゴーレム、各種魔導装置の開発者でもある。


 紫水晶のような瞳を持つ神秘的な美女なのだが――。


 ……寝ている。

 細い指先で頬杖をついたまま、完全に気持ちよさそうに舟を漕いでいた。


 今の会議内容は、リュミエラにとって全く興味が湧かないらしい。

 ……研究以外には、ほとんど関心がない研究馬鹿だった。


「結界が破られれば、畑、果樹園、薬草園、厩舎、外倉庫、工房、水路を守り切ることは困難です。

 神庭の生活基盤は止まります。


 籠城時の備蓄は、切り詰めて三ヶ月分。

 補給と生産が絶たれた状態で備蓄が尽きれば、そこまでです」


「なら、打って出て、攻城兵器を潰せばいいだろ?

 ……四方八方に置かれて、逃げられちまったら、いたちごっこか」


 エルドレオンが静かに頷いた。


「敵は、我々主力との決戦を避け、弱点を狙えばよい。

 勝てることと、守り切れることは違います。

 現状では最悪、神庭が敗北する恐れがあります」


 反論は出なかった。


 個の力では勝てても、国家を相手に、神庭の全てを守り切れる保証はない。


 その現実が、長卓を囲む幹部たちの誇りを静かに傷つけているように見えた。


 ヴァルガリオが苛立たしげに舌打ちをした。


「独立を保てないっていうのかよ」


 ロルフは険しい顔のまま黙り込む。

 シェイドリィも珍しく笑みを消していた。


 トウマは腕組みしながら、エルドレオンに問う。


「なら、エルドレオン。

 神庭を守れる防衛網をどう構築したらいい?」


 エルドレオンは、卓上の地図へ指を置いた。


「はい。

 神庭攻城圏を支配します」


 支配。


 その一言で、長卓の空気が変わった。


 ヴァルガリオの唇に、好戦的な笑みが浮かぶ。

 シェイドリィも、どこか楽しげに目を細めた。


 一方、カミラの表情がわずかに曇る。

 戦争は金を食い、交易を妨げる。

 商務総監であるカミラには、損失が真っ先に見えたのだろう。


 セレスティアは表情を変えず、ただ卓上の地図を見つめていた。

 ロルフは納得したように、小さく頷いた。


 エルドレオンの指が、神庭の小山の周囲を円を描くようになぞった。


「敵の投石機と攻城魔法の攻撃範囲……。

 最低でも、神庭を中心に――千メル。

 可能であれば、二千メル内を、我々の支配下とします」


「……支配か」


 トウマが呟いた。


「はい。

 他領主の支配下にある限り、我々は見張りも巡回もおけません。

 敵が攻城兵器を運び込んでも、事前に止めることは難しいです」


「問題は、王国中の軍を敵に回す恐れがあるということかしら、エルドレオン殿」


 セレスティアが表情を変えずに言う。


「ええ。

 ですが、攻城兵器を防ぐことができれば、神庭が敗れる可能性が低いと考えます。

 ただし、これは敵に、我々と同等以上の強者がいない場合です」


「従属を拒み、独立を維持するためには、周辺を制圧しないといけないということか」


 トウマが難しい顔をした。


 シェイドリィが微笑を浮かべて口を開く。


「もっとスマートにできますわ。

 情報網を張り巡らせるのです」


 シェイドリィが楽しげに続けた。


「私の者を王国中に紛れ込ませます。

 旅の薬売り、荷運び人、巡礼者、流れの職人――そういう顔を持たせるのです」


 シェイドリィの指が、まるで蜘蛛の肢のように、地図の街道をなぞる。


「兵の徴集。

 傭兵の募集。

 兵糧の買い集め。

 鍛冶屋の繁忙。

 街道の人馬。

 宿の混雑。


 軍は、動き出す時、必ず兆候を示しますわ」


 シェイドリィの指はあたかも、軍勢が形をなしていく様をなぞっているかのようだった。

 皆が、その細長い指の動きを目で追った。


「それらを拾い集めれば、敵の攻撃意思、進軍路、おおよその兵力は、かなりの精度で読めますわ。

 敵軍の動きを捕捉できれば――後は、敵を叩くだけですわ」


 ヴァルガリオは、待ってましたと言わんばかりに歯を見せた。


「そいつは分かりやすい」


 だが、シェイドリィが歯切れ悪く答える。


「……もっとも、現在の影務局二十人。

 さすがに足りませんわ。


 信頼できる神庭への協力者が大量に必要ですわ。

 そして、協力者を見つける時間も」


「それを、外交で補うことを提案します」


 静かに口を開いたのは、セレスティアだった。


「我々の個の力は強い。

 ですが、現在、周囲はすべて敵という状況において、数が足りません。

 また、亜人が多くを占める神庭は、宗教的にも敵だと考えられてもおかしくありません」


 小山を不法占拠した、正体不明の武装勢力。

 それを敵視するかもしれない国王、ヴァルミリア総督、五家、近隣領主。

 かつて王国を滅ぼしたと言われる鬼に似た主。

 人族至上主義と言ってよい白燈教。

 そして、この世界の言葉を理解できるのは、現在、トウマだけ。

 言語習得能力を持つ配下はいるが、習得には多少時間がかかるだろう。


 どれ一つとして、楽観できる材料はない。


 トウマは腕組みし、息を吐いた。


「……どうする?」


 トウマが言うと、セレスティアは静かに頷いた。


「はい。

 防衛網、諜報網を構築するための時間稼ぎに、外交を用います。

 そのためには、最大の脅威である国王アルベルト五世と敵対しないことが肝心です。

 鍵になるのが――。


 国王直轄領貿易特許都市ヴァルミリアを治める総督ガイゼル・フォン・ラドヴィアです。

 総督ガイゼルにアルベルト五世へ神庭と敵対しないよう働きかけさせるのです。


 ガイゼルは東辺境伯ラドヴィア家の次男。家督を継げない立場でした。

 ガイゼルは、若い頃に魔族との戦闘で捕虜となります。

 その捕虜時代に、魔族領に眠る資源――魔晶石・魔獣素材などに目をつけ、魔族との人脈を作ります。

 そして、ガイゼルは王国帰還後、財政難に苦しむ国王アルベルト五世へ働きかけました。

 その結果、ヴァルミリアは王国で唯一、魔族領との正式交易を許された特許都市となりました」


 カミラが目を細める。


「交易都市を立ち上げるのは、王のお許しだけでは足りません。

 港湾、倉庫、両替、検査所、関税、商館。

 これを段取りするには、金と実務を握る者が要ります」



「ええ。

 聞き取り情報に基づく推測ですが、ガイゼルは実家の支援を満足に得られなかったようです。


 ガイゼルは現辺境伯である兄オスカーとは不仲。

 また、ラドヴィア家は魔族交易を嫌った。

 そこで、ガイゼルはヴァルミリアの『五家』に莫大な資金を拠出させ、さらに実務を任せた。


 そう、噂されています」


 セレスティアの指が、ヴァルミリアの名を軽く叩いた。


「ヴァルミリアは繁栄しました。

 ですが今では、『五家』がヴァルミリアを牛耳っています。

 五家が小麦価格を不当につり上げたため、餓死者が続出し、都市は暴動寸前です。


 総督ガイゼルは、自身の手で繁栄をもたらしたヴァルミリア総督の地位を手放したくはなく、苦々しく思っている可能性があります」


「つまり、総督と五家は一枚岩ではない……」


「はい。

 そこに、我々がつけ込む余地があります」


 セレスティアは、そこでカミラへ視線を向けた。



「商務総監カミラ殿。

 交易面から見て、神庭はヴァルミリアに何を提示できますか?」


「率直に申し上げます。

 囚われていた方々の意見を聞くと、神庭の品は、この世界の水準を大きく上回っているようです。

 あらゆる神庭の産するものが最高級品であると思われます」


 トウマはゲーム開始時からの道のりを思い出した。

 当初は、「神の畑」「神の果樹園」で、小麦などを栽培、二週間で収穫というサイクルを繰り返していた。

 竜脈からの霊力が神泉に流れ、その神泉を通じて、神庭の土壌や水が神性を帯びる。

 そうして、「神の畑」「神の果樹園」「神の薬草園」になるのだ。

 そのため、神庭でできるものは、成長が異常に早い上に、最高品質なのだ。

 小麦から始めた農作物は、領地が増えると、栽培できるものがどんどん増えていき、ゲーム終盤では東方の国との貿易ができるようになり、技術も伝わった。

 おかげでかなり儲かるようになったし、施設まで和風のものが作れるようになった。

 神庭の奥にある離宮はそのおかげだ。


 幹部たちが誇らしげに、大きく頷いた。


「まずは、誰でもすぐに価値を理解できる品を出し、神庭の評判を高め、他の商品へ繋げます」


「具体的には?」


「まずは茶、焼き菓子、絹です」


 幹部の数名が、わずかに首を傾げる。


「神庭茶は香りがとてもよく、すっきりとした中にまろやかな甘みがあります。

 神庭翠香紅茶しんていすいこうこうちゃは、爽やかで、上品な花のような甘さがある紅茶です。

 ヴァルミリアの一般的な焼き菓子は、神庭が改良する前の旧世代の焼き菓子に近いようです。

 神庭の焼き菓子は、中はしっとり、外はカリッとしています。

 バターの風味もよく、砂糖も惜しみなく使われています。


 そして、神庭絹」


 カミラが続ける。


「神庭絹は、神庭にのみ存する霊蚕(れいさん)の糸を、蜘蛛妖精族(くもようせいぞく)のシルクスピナー殿が織っています。

 通常の絹よりもさらに上品な光沢があって、非常に滑らかで肌触りもいい。

 これらは、エリナたちの確認を取りましたので間違いありません。


 ヴァルミリアの富裕商人、貴族。そして総督府。

 特に女性たちは、まず間違いなく飛びつき、流行が生まれます」


 カミラは小さく微笑んだ。


「まずは、市場へ並べる前に、『欲しがる者』を作ります。

 総督ガイゼルは、神庭との交易が『第二の魔族交易』となると知るでしょう」


「なるほど。

 ……総督ガイゼルを利で釣るのか」


 トウマが頷く。


「わかった。

 神庭は独立を保つ。

 防衛網・諜報網が整うまでは、外交で時間を稼ぐ。


 当面はカミラの策で、総督ガイゼルをこちらへ引き寄せる。

 シェイドリィの情報網構築策も並行して進める。

 エルドレオンの防衛圏構築策は次の目標だ」


「ヴァルミリアに食い込むぞ」


 トウマは幹部たちが頷くのを確認した。


「対外方針は決まりました。

 次に、神庭内部の現状確認へ移ります」


 セレスティアは、卓上の書類を一枚めくった。


「水、食糧、竜脈、結界、各施設の稼働状況。

 この五点を確認いたします」


 セレスティアが書類を見ながら続ける。


「斥候隊長ダリオによる報告です。

 北東の湿地帯南側、水鳥の集まる低地発見。

 地下水脈、または湧き水の可能性あり。

 距離、小山麓から徒歩一時間」


 さらに報告が続く。


「また、小山中腹、古い湧き水跡発見。

 ただし現在、水量少なし、とのことです」


「井戸は?」


 エルドレオンが答えた。


「ヴァルガリオ殿から私の隊が引き受けました。

 深掘りは半分ほど。

 まだ水脈には届いておりません。

 ですが、湿り気と冷気が強くなっているそうです」


「引き続き頼む」


「はっ、承知しました」


「次に、食糧です」


 セレスティアが書類を開く。


「現在、神庭内の備蓄で生活しています。

 ですが、竜脈未接続の影響で、神の畑・果樹園が本来の成長力を発揮していません」


 長卓のあちこちで、小さく息が漏れた。


「現在の備蓄量は?」


「切り詰めれば三ヶ月。

 通常運用なら二カ月弱です」


 セレスティアがわずかに眉をひそめながら答える。


「神庭は、領地の村々のために災害・飢饉時の緊急配給備蓄を保有しています。

 ですが、本来は竜脈接続時の神の畑による収穫回復を前提とした備蓄です。

 そのため、農園機能が停止した状態で長期間維持することを想定していません」


「竜脈の調査・接続だが、これは俺がやる。

 元々、竜脈接続は俺がやったことだ。

 それに、竜脈を発見する装置は、俺しか使えないはずだ」


 トウマは視線を眠ったままのリュミエラへ向ける。


「だから、リュミエラには竜脈調査ではなく、神庭を守るために残ってもらう。

 今、神庭本来の結界は張られていない。

 主殿と中枢区画を覆う結界を張ることができるのは、リュミエラだけだ」


 リュミエラを見ると、ゆっくりと目を開けてトウマを見た。

 寝ているようでも、自分に関わるところは聞こえているようだ。


 リュミエラは不本意そうではあったが、小さく頷く。


「……ん。

 主殿と中枢区画なら守れる」


 寝ぼけたような声だったが、その言葉は頼もしかった。


「ふふ、頼んだ」


「それでは、最後の議題です。

 エリナ殿の父、ラウレンツ・ベルクマン殿たちを手助けするかどうかです。

 最もリスクが少ないのは、静観です。

 ですが、トウマ様はお望みではないようなので……」


「クズを許してはおけない」


 トウマは短く答えた。


「それに、神庭のためでもある。

 神庭を守り、そして、発展するためには、この地で信頼できる人物が必要だ。

 ラウレンツたちは信頼できると思う」


 セレスティアが頷く。


「小麦を流通させる方法は二つあります。

 一つ目は、神庭が直接小麦を買い付け、周辺地域へ直接流す方法があります。

 村々への小麦の売却は、通常、領主の許可が下りると考えられますが、小麦価格をつり上げている領主なら許可しない場合があります。

 さらに、この方法では都市内には小麦が届きません」


「理由は?」


「エリナ殿たちの話によると、穀物商ギルドには都市内で小麦を独占的に販売する権利が認められているようです。

 そのため、パン屋が規則を破れば、所属するギルドから処罰され、最悪の場合、店を畳むことになります。

 必ず、パン屋は穀物商から買わなければならないのです。

 その穀物商ギルドは、五家の一つであるグリューネ家が牛耳っているそうです。

 グリューネ家が売るなと言えば、穀物商は小麦を売ることができません。


 ですので、村へ小麦を渡すことで、その余剰が都市のパン屋に直接売られることを期待しても、村から小麦を買い付けた穀物商は、正規手続きで都市で売ることができません。

 グリューネ家の圧力があるため、小麦は倉庫に保管されることになります」


「面倒だな。

 もう一つは?」


「もう一つは、ラウレンツ殿と接触し、小麦輸入計画を再開させる方法です。

 正規手続きに乗せるため、神庭の存在を大きく晒さずに済みます。

 ラウレンツ殿たちとの信頼関係も得られるでしょう」


「五家の妨害があるんじゃないのか?」


「はい。

 懸念点は二つあります。

 一つは、トウマ様がラウレンツ殿と行動されることになるので、トウマ様が危険にさらされることです」


 室内がザワリとする。

 トウマは、幹部たちを手で鎮める。


「もう一つは、お察しの通り、五家の嫌がらせです。

 船の手配から、河川輸送、荷揚げ、検査、保税倉庫、出庫、市内輸送、製粉、パン屋への販売に至るまで。

 あらゆる所で、妨害を受けると思われます。

 彼らが握っている箇所は一つや二つではありません」


「小麦が完全に止められてしまうこともあるのか?」


「その可能性も否定はできません。

 ですが、その場合に備えた策はございます」


 セレスティアが静かに微笑む。


「なら、やるしかないな」


「承知しました。

 では、ラウレンツ殿の件についてですが――まず、ラウレンツ殿たちを妨害している五家は、まだ人質が解放されたことを知りません。


 砦の包囲は問題なかったのですよね、シェイドリィ殿?」


「もちろんですわ。

 砦から逃げ出した者は、捕まえたあの一人以外にはおりません」


「五家が人質解放を知れば、今度はラウレンツ殿たち本人を拉致、あるいは暗殺を行う可能性があります。

 よって、至急、護衛を送ります。


 ラウレンツ殿との接触役ですが――」


 セレスティアはトウマを見る。


「この世界の言葉が分かるのは、現状、我々の中ではトウマ様お一人。

 ですので、まずはトウマ様に、ラウレンツ殿と接触していただく必要があります」


「竜脈接続は後回しにする。

 今は、ラウレンツたちだ。


 よし」


 トウマは「よし」と口にした。

 だが、続けて決断を下そうとした時、一瞬、迷いが生じた。


 本当にこれでよかったのか?

 もっと慎重にしたほうがよかったんじゃないのか?


 だが、主が一度下した決断を覆すわけにはいかない。

 仲間と共に議論し、自分で下した結論。

 それを、疑ってはいけないと思った。


 最後に、皆の腹が据わっているかを確認する。


「意見のある者はいるか?」


 トウマはじっくりと幹部たちの目を見つめて確認していった。


「異論はございません。この後、具体的な手筈を詰めたいと思います」と、セレスティア。


「暴れられねえのは退屈だけどよ、旦那に従うぜ」と、ヴァルガリオ。


「神庭の防衛に支障が出ない範囲であれば、異論はありません」と、エルドレオン。


「私がトウマ様の護衛を務めたく思います。異論ありません」と、ロルフ。


「では、私がトウマ様の影に」と、シェイドリィ。


「商務としては、現地の手続き、慣習、流通経路、得られる情報はすべてほしいところです。異論ありません」と、カミラ。


「リュミエラはどうだ?」


「……異論ありません」と、リュミエラ。


 皆に、迷いはない。

 ならば、後は自分が進むだけ。


 トウマは大きく頷いた。


「決まりだ。

 ラウレンツたちを守る」




 トウマは会議後、セレスティア、シェイドリィ、ロルフ、エリナたち四人とヴァルミリアでのラウレンツの小麦輸入支援計画の段取りを整えた。

 その後、トウマたちは都市ヴァルミリアに向けて出発することになった。


 ――神庭の門前近くに、粗末な服を着た少女がいた。

 少女はトウマを見ると、助けを求めるように手を伸ばした。

 だが、何かを言おうとして、そのまま崩れ落ちた。


 トウマは慌てて駆け寄り、その小さな身体を抱きとめた。



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