四 話し合いたいんだったよな?
トウマは討伐隊を率いて神庭を出撃した。
突撃隊長ヴァルガリオと、その麾下の戦鬼兵十名が先鋒を務める。
トウマと、近衛隊長ロルフ・グレイファングと、その麾下十名がそれに続く。
影務局長シェイドリィとその麾下七名は、先行して砦の後方へ回り込んでいる。
宰相セレスティアは守備隊長エルドレオン・フォン・グラントシルトと共に、神庭の守りを固める。
神庭から出撃すると、すぐに盗賊の見張りが気づくはずだ。
こちらの兵士数が二十余りだと。
盗賊は数で判断して、撃って出てくる可能性が高い。
神庭のある小山と盗賊側の小山の間に小さな谷間がある。
盗賊は、有利な谷間を見下ろせる斜面に陣取るだろう。
おそらく、まずは盗賊と谷間を挟んで睨み合うことになる。
そう思っていたのだが――。
ところが、トウマの軍勢が小さな谷に差しかかっても盗賊はいなかった。
トウマの軍勢は斜面側の伏兵に気をつけつつ、谷を越え、さらに砦のある山の中腹へ差しかかった。
すると、山道を防ぐように盗賊たちが待ち構えていた。
盗賊は意外にも慎重だった。
道の右側は谷底で、左側は木に覆われた傾斜で、バリケードの近くには巨石がある。
ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》では、ああいう横手の巨石の上に、たいてい弓兵が現れる。そして、正面の敵と合わせて十字砲火を浴びせてくるんだよな。
盗賊は樽や荷車でバリケードを築き、その後ろに槍や弓を持った者たちを並べていた。
こちらの四倍以上の数を揃えているにもかかわらず、盗賊は防御陣地を敷き、弓でこちらを損耗させる作戦のようだ。
「旦那、弓兵が伏せられていますぜ」
ヴァルガリオが左手の巨石の奥を見て、トウマに囁く。
トウマはわかっていると頷いた。
バリケードの奥から、一人の盗賊が出てきた。
痩せた男だ。兜を被っているため、耳が欠けているかは確認できない。
おそらくシェイドリィが言っていた指揮官だろう。
その指揮官らしき男は、大声で話しかけてきた。
「待ってくれぇぇっ!」
――言葉が分かった。
トウマは一瞬だけ眉を動かし、背後の配下たちを見回した。
「今の言葉、分かったか?」
ロルフが首を振った。
ヴァルガリオも、苦笑いをして肩をすくめた。
近衛兵に戦鬼兵も反応は同じだった。
どうやら、言葉が分かるのはトウマだけのようだ。
ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》の主人公には、《全言語理解》というパッシブスキルがあった。
元々、各地の村人や異種族との交流が、このゲームの大きな目的だったからなのだろう。
配下にも、言語習得系のスキルを持つ者はいるが、この場で盗賊の言葉を理解できた者はいなかった。
「待ってくれぇ、誤解だぁ!
話し合おうっ!
俺たちゃ、戦うつもりなんて、これっぽちもねえんだっ!
武器を収めてくれねえかっ?」
「……」
トウマが黙っていると、盗賊が続けた。
「そんな離れた所じゃ、話もできねえだろっ?
なっ、こっちへ来てくれ。
隣同士、酒を飲み交わそうじゃねえかっ。
歓迎するぜっ」
「……」
一瞬、盗賊じゃない可能性もゼロではない……と頭によぎる。
しかし。
シェイドリィとは、ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》で一緒に戦ってきた。
戦う前には必ず、シェイドリィを敵地に潜入させていた。
シェイドリィのもたらした情報に間違いはなかった。
先程聞いた報告で十分だ。
仲間を信じないでどうする。
……近づけば、弓の射程範囲に入る。
そうすれば、一斉攻撃するつもりだ。
それが奴の狙いだ。
ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》では、トウマの羅刹鬼人族・神血種には、飛矢の自動防御があった。
防御ボタンを押していると自動で矢を掴んだり、払ったり、避けたりする。
強者の弓ならともかく、盗賊の粗末な弓矢が数十ぐらい飛んできたところで、ゲームでは何の問題もなかった。
もちろん、ゲームの弓とこの世界の弓は、同じように見えて速さや威力が違うかもしれない。
ゲームでは、敵のレベル・HP・MPなどを知ることができなかった。
戦ってみて、強いかどうか判断しなければならなかった。
この世界でも同じこと。
この時点で入手できる情報は取得している。
考え出せば切りがない。
それに、この身体が大丈夫だと先程から言っているような気がする。
俺は先頭に立って、神庭を率いていかなくてはならない。
トウマは左の斜面を見てからヴァルガリオに告げた。
「あっちは頼む」
「了解」
さらに、トウマは、そばに控えているロルフに顔を向けた。
日に焼けた肌に、灰色の髪を短く刈った男が、静かに控えている。
灰色の狼耳が、微かに動いた。
近衛隊長ロルフ・グレイファング。
トウマが背中を預けてきた古参の配下だ。
「俺が弓を引き受ける。後は頼んだ」
ロルフは狼を思わせる琥珀色の瞳を細めて苦笑した。
「トウマ様は、この世界に来ても変わらないですね。
……わかりました。
この世界の奴らに、たっぷりとお力を見せつけてやってください」
トウマは、前方へ疾走した。
トウマはゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》の大型DLC前の上限、レベル百に達している。
武闘家と武僧系統を基礎に、二つの中級職を経て、上級職・羅刹拳聖へと至った。
トウマとしては、軽く前に駆けだしたに過ぎない。
だが、それは他者にとってはまさに迅雷のようだった。
「ひぃっ! ゆ、弓を放てっ!」
盗賊の指揮官は慌てて叫んだ。
そして、前を向いたまま、後ろへ下がっていく。
ほとんど同時に、弓弦が鳴った。
前方のバリケードから、二十本近い矢。
左手の斜面から、ほぼ同数の矢。
正面と側面。
逃げ道を潰すように、数十の矢がトウマへ殺到した。
矢羽根の揺れ。
軸のぶれ。
射手の焦り。
狙いの甘さ。
鏃の毒。
見える。
どの矢が頭を貫き、胸を刺すのか。
頭を何ミリ傾ければいいのか。
どのタイミングでどこを払えばいいのか。
身体が、答えを知っていた。
半歩前に。
肩を数ミリ引く。
手首を返し、指で弾く。
前からでも、左からでも、どれだけ矢が飛来しようが関係なかった。
どの矢もトウマにはかすりもしない。
一直線に、バリケードへ駆ける。
「ひいぃぃっ、何だっ、何なんだっ、あいつはっ!
たった一人でっ!」
トウマが疾風のように谷底へ下り、谷を駆け上ろうとしているのを見て、盗賊の指揮官は悲鳴を上げた。
「な、なんなんだ、あの異常な速さはっ!
矢の避け方がおかしいだろっ!
真っ直ぐ走りながら、身体がほとんど動いてねえっ!
化け物かっ!」
盗賊の指揮官は、トウマを見ながら部下を怒鳴りつける。
「俺は、『石橋叩きのガロ』だぞっ!
絶対に勝てる戦いしかやらねえ男なんだっ!
こっちは、向こうの四倍いるんだぞ!
撃てっ!
手を止めるなっ!
もっと、撃てっ!
ひるむなっ!
ピズロっ、お前っ、ぶち殺すぞっ!」
怯えた盗賊の弓兵が必死になって弓を放つ。
弓兵の後ろへとじりじりと後ずさりながら、盗賊の指揮官は怒鳴り続けた。
「早く撃てっ!
近づけるんじゃねえっ!
あんなのに近づかれたらおしめえだっ!」
トウマへ矢が殺到する。
だが、トウマのスピードは全く落ちない。
矢はトウマを傷つけるどころか、足止めにすらならない。
「あんなの、千本撃っても無理だ……。
化け物だ……」
盗賊の指揮官は、迫ってくるトウマの圧迫感に耐えられなくなった。
砦へ向かって慌てふためきながら逃げ出した。
ヴァルガリオが叫んだ。
「こっちも、行くぜっ」
ヴァルガリオは一瞬で斜面に登った。
巨石近くのトウマを射ていた弓兵を見て、ニヤリと笑う。
「鬼斧・震裂波!」
ヴァルガリオのレベルは九十六。
斧戦士と重装戦士系統を基礎に、中級職の狂戦士・破城戦士、そして上級職・鬼斧覇将へと至った猛将である。
鬼斧・震裂波は中級職・破城戦士の地形干渉型範囲攻撃。
赤黒い闘気を纏った大斧が、地面をかすめるように横薙ぎに振り抜かれた。
瞬間。
大斧から放たれた赤黒い衝撃波が、扇形に斜面を走る。
地面の表層が削り取られ、土砂と岩片が爆ぜた。
側面から襲いかかる、地形ごと抉る範囲攻撃。
弓兵たちに、逃げる暇などなかった。
「うあぁっ!」
斜面の弓兵の多くは、足元から土ごと吹き飛ばされた。
ある者は木の幹に打ちつけられ、ある者は吹き飛び、斜面の岩に頭を砕かれた。
「お前らっ、始末しろっ」
「了解っ!」
ヴァルガリオの麾下の戦鬼兵十名が、猟犬のごとく弓兵を狙って駆けだした。
トウマはバリケード前まで駆け抜ける。
悲鳴を上げた盗賊が槍を突きだそうとした。
だが、遅い。
遅すぎる。
槍の穂先が動く前に、トウマは踏み込みと同時に拳を突きだしていた。
ドゴオオォォッ!
すさまじい破壊音が山道に響き渡った。
樽が弾け、荷車が砕け、盗賊たちがまとめて吹き飛んだ。
ある者は右にはじき飛ばされ、悲鳴を残して谷底へ落ちていった。
ある者は左にはじき飛ばされ、斜面に叩きつけられて、動かなくなった。
ある者は樽もろとも砕かれ、血飛沫と木片が前後左右に飛び散った。
「相変わらず、凄まじい……。
トウマ様に、続けっ!」
ロルフは獲物を見据える狼のように琥珀色の瞳を細め、灰色の尾を跳ね上げ、突撃した。
「了解っ!」
近衛兵が一斉にロルフに続いた。
盗賊の指揮官は、逃げながらもトウマから目を離すことができないでいた。
目を離した瞬間に死ぬかもしれないという恐怖があった。
見えたのは、一人の男が何もかも粉砕した光景だった。
樽も、荷車も、部下たちも、みな吹き飛ばされている。
「あ、ありえない……。
あの樽には、全部、土を詰めてたんだぞ……。
簡単に吹き飛ぶようなもんじゃねえ……。
部下だって……並の商隊護衛くらいなら、蹴散らせる連中なんだ……。
それを……みんな……。
あ、あ、あ、あ……」
腰から力が抜けた。
地面に転がった。
「ひいぃっ、ひいっ……」
逃げないと。
だが、手足が震えてまともに動かない。
転がったまま、這うように後ずさる。
「こ、こ、こんなっ、こんなっ……俺は……ゲートクラッシャーの右腕……ガロ様なんだぞ……。
こ、こんな所で……終わっていいわけ……」
「よお」
頭上から声が落ちてきた。
見上げると、鬼がいた。
「あっ、うっ、あっ、あっ」
指揮官は、喉が引き攣って、声が出なかった。
「話し合いたいんだったよな?」
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