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十九 報い

 ノクティアを黒帆(こくはん)へ向かわせた後、トウマとシェイドリィはヴァルミリア市内南西部の富裕層区画へ向かっていた。

 その道中で、シェイドリィの部下を介して、すでに黒帆本部の制圧が完了したと聞いていた。

 黒帆の頭目はそれなりに強いと報告を受けていたが、さすがはシェイドリィの部下の第一席といったところか。


「ここか」


 目の前に、三階建ての古く重厚な邸宅があった。


 グリューネ家の屋敷だ。


 高い塀に囲まれ、門は厚い黒鉄でできていた。

 門柱には、グリューネ家の古い紋章が刻まれている。

 大地に突き刺した剣を、麦穂が囲む意匠だ。


 トウマは、開かれていた門を抜けて中に入った。

 門の脇では、門番が眠っていた。

 シェイドリィの部下がやったのだろう。


 トウマたちは、誰にも止められずに、屋敷へ入った。

 魔晶灯(ましょうとう)が、静かに玄関広間を照らしている。

 使用人の姿はない。

 屋敷の中は、異様な静かさだった。

 廊下の奥の扉の前で、護衛らしき男が壁にもたれて眠っていた。

 当主のオットーは眠ることができず、二階の執務室にいると聞いていた。

 執務室を目指して、目の前にある階段を上った。


 オットーの執務室の近くへ来ると、物を叩く音が聞こえた。

 続いて、男の怒鳴り声が聞こえた。


 トウマは、オットーの執務室の扉を開けた。


 年老いた太った男が、机の上の地図を見て、ペンで何かを書き込んでいる。

 宝石付きの指輪をいくつもつけた指で、紐で綴じられた紙束の文字を追っている。


 この男が、オットー・フォン・グリューネ。

 グリューネ家当主か。


「……この土地は、駄目だ。売れん。

 ……こっちか。

 この村は、近頃、ろくに小作料が取れん」


 オットーは、ふと顔を上げた。

 部屋の中に立つトウマたちに気がついた。


「だ、誰だっ!」


「トウマだ」


「ト、トウマだとっ?

 お、お前がかっ!」


「ああ。

 お前の大嫌いな男だ」


「き、貴様っ。

 ぬけぬけと、わしの所まで。

 だが、ふっふっふ。

 ああっはっはっは。

 馬鹿者めっ!」


 オットーは顔を歪めて、心底愉快そうに笑った。

 立ち上がり、呼び鈴を鳴らした。


「だ、誰かっ!

 狼藉者(ろうぜきもの)だっ、捕まえろっ!」


 だが、誰も来ない。

 屋敷は静まりかえったままだった。


「だ、誰かっ、いないのかっ!」


 オットーは、激しく呼び鈴を鳴らし続けた。


「無能者めらがっ。

 早く来んかっ!」


「全員、眠らせた。

 誰も来ないぞ」


「ば、馬鹿な……。

 そんなことが……」


「わかったか?

 もう騒ぐな」


 オットーの顔から、笑みが消えた。


「オットー。

 お前、大量に小麦を買い込んでいるらしいじゃないか。

 高利貸しから、金まで借りて」


「な、何だっ。

 お前に、関係ないわっ」


「返せないだろ?」


「……何?」


「明日になれば、小麦の値は下がる。

 これから毎日、下がり続ける。

 俺が、下げる」


「お、お前っ、お前っ、お前っ!

 どうして、わしの邪魔をするっ!」


「俺はクズが嫌いなんだ」


「ク、クズだとっ!

 このグリューネ家当主を!」


「お前が見込んだ値ではもう売れない。

 このままでは、先祖伝来の土地を手放すことになる」


「……」


 オットーの視線が、壁に掛けられた肖像画へと向いた。


「借金は、俺が払ってやる」


「ぐっ……。

 小麦の値を下げる張本人めがっ!

 狙いは、何だっ」


「隠居しろ」


「……隠居だと?」


 オットーが身体をわなわなと震わせた。


「バカを言うなっ!」


 オットーが両手を机に叩きつけた。


「いやなら、総督府に突き出す」


「な、何を……」


「黒帆への暗殺依頼。

 覚えがあるだろ?」


「し、知らんっ!

 わしは、知らんぞっ!」


「黒帆は、今夜潰した」


「ば、馬鹿なっ……」


「黒帆の幹部は情報を吐かせてから、総督府に突き出す。

 お前も一緒に、尋問を受けるか?」


「馬鹿を言うでないわっ。

 盗賊団の話など、誰が信用するっ?」


「総督ガイゼルとは話をつけている」


「総督と……。

 嘘を言うなっ。

 五家(ごけ)のわしに……」


「なあ、お前、勘違いしていないか?」


「な、何をだっ?」


「俺は、お前と議論しに来たんじゃない。

 わかるよな?」


「…………」


「今すぐ、死ぬか。

 隠居するか。

 選べ」


「グ、グリューネ家は……どうなる?」


「グリューネ家は残す。

 ただし、お前の家ではなくなる。

 俺が使う。

 当主は……」


 その時、執務室の入口に人影が現れた。


 室内に、女性が入ってきた。

 暗い栗色の髪を首の後ろで低くまとめている。

 派手な飾りはない。

 銀の髪留めが控えめに光っていた。


 オットーの姪、カタリーナ・フォン・グリューネだ。


 カタリーナは、オットーを見なかった。

 まず、トウマへ静かに一礼した。

 それから、ようやくオットーへ視線を向けた。


「当主には、私がなります」


「なっ!

 お、おっ、お前っ!

 カタリーナっ!

 わしを裏切る気かっ!」


「グリューネ家のためです」


「当主のわしを裏切るのかっ!

 幼い頃から、どれだけ目をかけて育ててやったと思っておるっ!

 そ、それをっ!」


「目をかけていただいたことは、覚えております」


 カタリーナの声は静かだった。


「父が亡くなった時、私はまだ幼く、女でした。

 グリューネ家を継げる立場ではなかった。

 だから、叔父上が当主となられた。

 そのことを恨んだことはありません」


「であればっ」


「ですが、叔父上はグリューネ家を守れなかった。

 このままでは、家名も土地も、すべて失われます」


「カタリーナっ!」


「私が守ります。

 グリューネ家を」


「くっ……」


「オットー。

 明日、屋敷を出ろ。

 余計なことはするなよ。

 わかったな?」


「…………。

 わしが……。

 この……わしが……」


 オットーは、力なく椅子に座り込んだ。


 カタリーナとはすでに話をつけていた。


 借金の肩代わり。

 それにグリューネ家の領地発展への援助。

 オットーを総督府に突き出さないこと。

 これらを条件に、カタリーナにはこちらの要求をのんでもらう話になっていた。


 その要求の中には、いくつかの土地を譲り受けることも含まれている。


 その一つが、あのミリーの住むロシエ村とその周辺だ。

 神庭の小山の東側の麓にあるので、村の外縁部は東の防衛陣地にできる。


 また、交易所にもできる。

 当初は、ヴァルミリアの商人を神庭まで登らせるつもりだった。

 だが、神庭の内情を外部に晒す必要はない。

 麓に受け皿を作ればいい。


 倉庫を建てる。

 商館を置く。

 荷馬車宿と警備詰所を設ける。

 商人たちが集まる会所も要る。

 両替所や検査所も必要だ。


 いずれは、リーヴェ川へつながる運河も掘る。

 船着き場も必要になるだろう。


 交易には商品がいる。

 商品を作るには、「神の畑」の復活が必要だ。


 竜脈(りゅうみゃく)を探しに行かなくてはならない。



お読みいただき、ありがとうございます。


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どうぞよろしくお願いいたします。


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