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十五 ヴァルミリア港

 兵站浮台(へいたんふだい)がヴァルミリア港に近づいていくと歓声が上がった。

 皆が作業を止めて、大きく手を振っている。


 小麦が来るという噂は、すでに港中に広がっていた。

 セレスティアの策だ。

 人々の目が集まれば、五家(ごけ)総督府(そうとくふ)も、簡単には小麦を止められないはずだ。


「ヨハンたちが、うまくやったようだな」


「はい」


 トウマとラウレンツは顔を見合わせ、笑った。


 三台の兵站浮台が接岸(せつがん)すると、多くの者が集まってきた。


「小麦だ!」

「まじで小麦だぜっ!」

「本当に、魔族から小麦を買えたのか?」

「これから毎日、運んでくるんだろ?」

「どこに小麦を売るんだ?」

「これでまともにパンを食えるようになるぜ、ありがとよ!」

「これが、昔話の石人形かっ!」

「その変な船、ちゃんと進むのか?」

「ありがとよっ!」


 皆が興奮して口々に話しかけてくる。


「これから毎日、小麦を運んでくる!

 毎日だ!

 ヨハン、ラウレンツ、マテオ、ヴィクトル。

 そして、俺、神庭(しんてい)のトウマが、小麦をお前らに持ってきてやる!

 すでに小麦を挽いている分もある。

 明日の朝、パン屋がこれを焼いてくれるぞ!」


 トウマは大声でアピールした。


「おおおぉっ!」


 集まってきた者たち皆が、両手を振り上げて喜んだ。


 トウマの視界の端に、苦い顔で話し合う二人の役人が映った。


 兵站浮台から作業用ゴーレムが降りてきて、小麦袋を次々と荷車に積んでいく。


 二人の検査官が近寄ってきた。表情は硬い。


 トウマは年嵩(としかさ)の検査官の瞳をじっと見た。


「……荷札(にふだ)と封印を確認する」


「しかし――」


 若い検査官が何か言おうとした。


「黙って記録しろ」


 年嵩の検査官は、それだけ言うと、荷札と封印を黙々と確認した。

 もう一人の若い検査官が何か言いたげではあるが、記録していく。

 二人の検査官は、人々に見つめられながら、仕事を続けた。


「問題なし」


 それだけ言うと、検査官二人は他の荷車へ移った。


「トウマ様、検査は通りました。

 次は指定関税倉庫(していかんぜいそうこ)です」


 ラウレンツの声には、安堵(あんど)が混じっていた。


「よし!」


 トウマは思わず笑みをこぼし、ラウレンツの肩を叩いた。

 ラウレンツも息を吐くように笑った。


「この調子で、今日中にパン屋まで通すぞ!」




 ヴァルミリア市内西側に建つ総督府は、魔族の攻撃にも耐えられるように築城された堅固(けんご)な城である。

 その三階の総督執務室(そうとくしつむしつ)

 ヴァルミリア総督ガイゼル・フォン・ラドヴィアは、長椅子に寝そべるようにして主席副官(しゅせきふくかん)が急いで作成した報告書を読んでいた。

 上質な軍装(ぐんそう)の襟元をはだけ、両足を長椅子の肘掛(ひじか)けに乗せている。

 くすんだ青い瞳が、面白そうに細められていた。

 無精髭(ぶしょうひげ)を生やした口元も緩んでいた。

 隣には、細身の主席副官クラウス・フォン・ベルンハルトが姿勢正しく立っている。

 灰褐色(はいかっしょく)の髪をきっちりと撫でつけ、軍服の襟元は固く整えられ、(しわ)ひとつない。


突如(とつじょ)としてヴァルミリア市北西の小山に現れた謎の集団。

 ……神庭のトウマか」


 ガイゼルがクラウスの顔を見る。

 クラウスが、わずかに口元を緩める。


「なんだ、こいつらは!」


 ガイゼルが、報告書を叩きながら、笑う。


「だいたい、どうやったら、突然巨大な宮殿が現れるんだ?」


「調査では、突然出現したと皆、言っています」


「で、砦にいた黒帆(こくはん)の奴らを壊滅させて、今度はこれ見よがしに、昔話に出てくる石人形がぞろぞろ山を下りてきて、港で小麦を降ろしてる。

 傑作なのが、検査も、指定関税倉庫も、製粉所(せいふんじょ)も、きっちり通って、最後はパン屋行きだ。

 五家の息がかかったやつらはどうしたんだよ?


 くっ、くっ、くっ、あはははっ、なんだよ、それっ。

 五家の連中の顔が目に浮かぶぜっ。

 特に、穀物のグリューネ。

 あいつは、稼ぎ時だって、必死だからな。

 今頃、怒鳴り散らして、机でも叩いてやがるぜ。

 くっ、くっ、くっ」


 ガイゼルは大口を開けて笑った。

 クラウスも、ガイゼルと顔を見合わせて、笑った。


 しばらく、笑うと、クラウスが口元を引き締めた。


「……様子見で正解でしたな」


「ああ。

 石人形の力、動き、命令の通し方、どれぐらいの間、動き続けられるのか。

 いいものが見れたぜ。


 奴らが、かなり高度な技術を持っているのは間違いねえ。

 まずは、奴らの力を測らねえとな。

 取り込むにしても、潰して分捕(ぶんど)るにしても、それからだ。


 聞いたこともねえ建て方の宮殿に、異国風の離宮。

 畑、果樹園、薬草園。

 厩舎(きゅうしゃ)畜舎(ちくしゃ)

 複数の鍛冶場(かじば)か何かの煙。

 複数の倉庫。

 用途の分からねえ建物がいくつか。

 訓練場。

 塔。


 ……軍事拠点じゃねえ。

 領主館か?

 それにしちゃ畑も工房も揃いすぎてやがるし……。


 本当に、ちゃんと偵察(ていさつ)したんだろうな?

 だいたい、これだけの施設をどうやって今まで隠してきた?

 嘘くせえぞ、これ」


「間違いありません。

 出現の日から、七千メル離れた山から見下ろして偵察させ、毎日連絡させています」


「しかし、奴らの狙いは何だ?

 石人形。

 小麦の輸入。

 砦の黒帆壊滅。

 五家と敵対。


 砦にいた黒帆の奴らを潰した理由は明解だ。邪魔だったからだ。

 五家とぶつかったのも、小麦を通すためだ。


 つまり、奴らは、石人形と、小麦輸入を見せたかった。

 石人形の見せびらかしは、俺と五家への高度な技術の誇示(こじ)か。

 小麦輸入は……俺と市民に恩を売るつもりか。

 それとも挨拶のつもりか。


 友好的だと訴えつつ、派手に実力をみせつけてやがる。

 はっ。挨拶にしちゃ、ずいぶんおもしれえ挨拶だぜ。

 この俺を相手に、交渉の札を切ってきやがったってわけか」


 ガイゼルが顎の無精髭をじょりじょりと撫でる。


「……どうされますか?」


 ガイゼルは、報告書を机に放り投げた。


「そろそろ、つついてみるのもおもしれえ」


 クラウスを見て、にやりと口角を上げた。

 クラウスは表情を崩さず、冷静に言った。


「小山の勢力の人数は、およそ二百五十。

 数なら、こちらが圧倒しています。

 確認できた石人形は、港に出たものと同じ型が十数体。

 さらに、大型が十体ほど。

 ですが、能力は未確認です。

 やつらの失態を待つ方が、よろしいのではありませんか?」


「これ以上様子見をしても、やつらは、そう簡単に手札を見せねえかもしれねえ。

 のんびりしていると、小麦不足が解消した後に、面倒な白燈教会(はくとうきょうかい)がしゃしゃり出てくるかもしれねえ。

 なあに、小突いてやっても、奴らもおいそれと暴発したりしねえさ。

 数が圧倒的に少ねえ。

 それに、本気で敵対するなら、小麦なんて運んでねえ」


「その間に地盤固(じばんがた)めを進めることもありえますね」


「ああ。やつらも、こっちの札を待ってるだろうよ。

 こっちの狙い、許せねえこと、許せること。

 知りたいことだらけのはずだ。

 厳しくつついてやらねえとな」


「出てきたのが、あの小山で都合がよかったですな。

 あそこは王領(おうりょう)です。

 近隣貴族も五家も、勝手に手出しができません」


「ああ。

 王領に湧いた謎の宮殿だ。

 面倒くせえが、おもしれえ。

 まずは、この盤面で遊べるのは、俺たちだけってわけだ。


 いつでも、兵を動かせるようにしておけ。

 ただし、騒がせるなよ」


「はい」


「それから、兵と役人に、小山の連中には余計な手を出すなと、通達しておけ。


 こっちは小さく札を切る。

 神庭からは、できるだけ多くの札を出させてやる。

 正体、狙い、差し出せるもの。

 やつらを小突き回して、吐かせてやるからな。

 俺に損をさせるなよ。


 あと、グリューネ家への目を増やせ。

 あいつが馬鹿をやれば、五家の一角に手を入れる口実になる」


「はい」


「面白くなってきやがったぜ。

 クラウス、これから飲みに行くぞ」


 ガイゼルは言うなり、長椅子から立ち上がった。


「私は仕事があります」


「いいから、悪巧みに付き合えよ」


 ガイゼルがクラウスの肩に手を回す。


「……はあ。すぐ帰りますからね」



お読みいただき、ありがとうございます。


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