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十四 小麦、川を渡る

 ラウレンツが作業用ゴーレムを見上げていると、兵士の号令が聞こえた。


「作業一号、第一浮台へ乗台(じょうだい)


 その時、ゴーレムの青白い目の光が、わずかに強くなった。

 そして、石の擦れる音を立てながらゆっくりと足を上げた。


 ドンッ。


 重い音を立てて、地面に足が落ちる。


 ゴーレムの迫力に、ラウレンツは思わず口を開けた。


 そして、また反対の足が持ち上がり、ドンッと地面を踏む。

 ゴーレムは一歩ずつ、ゆっくりと兵站浮台(へいたんふだい)へ向かっていった。


「本当に歩いている……」


 やがて川岸に係留(けいりゅう)された第一兵站浮台の前に立つと、ドンッと音を立てて足を甲板(かんぱん)に乗せた。

 ぎしりと木が鳴る。

 兵站浮台がぐらりと揺れた。

 川の水が兵站浮台の浮き箱の側面を叩き、バシャバシャと音を立てた。


 ラウレンツは思わず息を呑んだ。

 だが、兵站浮台はそれ以上傾かなかった。


「作業一号、中央標(ちゅうおうひょう)へ」


 ゴーレムはその号令を聞くと兵站浮台を揺らしながら、中央まで進み、そこで停止した。

 同じように、残る三体のゴーレムが続いた。


 続いて、八人の兵士たちが兵站浮台に乗り込んだ。

 六人が左右の長櫂(なががい)につき、一人は後方の(かじ)につき、一人は中央に立った。

 隣の第二、第三兵站浮台にも、同じようにゴーレムと兵士たちが乗り込んでいる。


「じゃあ、俺たちも行くか」


 トウマがラウレンツに声をかける。


 自分も乗るのか、あれに。


 昔話の石人形を乗せた巨大な荷台が、平然と水に浮いている。

 その光景は、ラウレンツの常識からあまりにも外れていた。

 自分はただの商人なのに、なぜこんな非常識な作戦の中にいるのか。


「私もですか?」


「当たり前だ。この取引の責任者の一人だろ」


 確かにその通りなのだが……。


 ラウレンツは、トウマとノエラに続いて兵站浮台に乗った。


 意外に、揺れない。

 トウマの後を追って、甲板の前へと進む。


「係留縄、解除! 押し竿、用意!」


 中央に立つ兵士が命令した。

 この兵士は兵站隊長らしい。

 兵站浮台を杭につなぎ止めていた縄が、次々と外されていく。

 左右の兵士が二人ずつ、竿を持つ。


「竿、押せ!」


 小さく木が鳴る。


 浮き箱が水を押し分け、川面に波を作る。

 第一兵站浮台が、ゆっくりと岸から離れていく。

 続いて、第二、第三の兵站浮台も岸を離れた。


「長櫂、入れ」


 兵站隊長の号令で、左右に分かれた兵士たちが長櫂を水へ入れた。


 岸が、少しずつ遠ざかっていく。


 長櫂が水を噛む音が、一定の調子で続く。

 巨大な荷台のような兵站浮台は、ラウレンツが思っていたほど揺れなかった。


 普通の船にも乗ったことがないのに、まさかこんな風にして川を渡ることになるとは。


 ラウレンツはトウマをチラリと見て、苦笑した。


「どうかしたか?」


「いえ、人生分からないものですね」


「……そうだな」


 三台の兵站浮台は、そのまま魔族領側の川岸へとゆっくりと進んでいった。




 四半刻ほど経った頃、魔族領の共同河港(きょうどうかこう)、ゼルバ侯国共同河港が見えてきた。


「この共同河港は、ヴァルミリア総督ガイゼル様が、若い頃に捕虜となられた折、ゼルバ侯国の大商人とお知り合いになったことが始まりだそうです」


「ほう」


 ラウレンツは興味深そうに共同河港を見つめるトウマに話しかける。


「私もトウマ様とのご縁で、こんな所にまで来ています」


「はは。お互い様だろう」


 ラウレンツは幼い頃には白燈教会(はくとうきょうかい)の教えにより、魔族は恐ろしいものだと思っていた。

 関わり合いになることなど、一生ないと思っていた。

 ところが、自分の住むヴァルミリアが、魔族領と交易を始めた。

 自分が小麦を魔族領から輸入しようとした。

 そして、今、自分は魔族領に足を踏み入れようとしている。


「接岸準備!」


 兵站隊長が号令をかけた。


 石積みで護岸された岸には、低い荷揚(にあ)げ段があり、その上に荷捌(にさば)き場が広がっている。

 その奥には、倉庫が建ち並んでいる。

 その中には港税所(こうぜいしょ)検量所(けんりょうじょ)などもあるだろう。

 すでに港は、多くの荷役人や商会の者たちが忙しく働いていた。

 驚いたのは、牛人族(ぎゅうじんぞく)の荷役人の腕力だ。人間の二倍、三倍の数の麻袋を悠々と運んでいた。

 その荷役人たちも、兵站浮台が近づいてくると驚きの声を上げていた。


「右舷、そのまま。左舷、軽く。舵、そのまま」


「係留縄」


 兵站浮台が接岸し、兵士が縄を投げる。

 港側の荷役人が受け取り、縄を木杭に繋いだ。

 兵站浮台がガタリと音を立てて、接岸した。

 他の二台の兵站浮台も続けて接岸した。

 港の者たちは、兵站浮台とゴーレムに驚き、声を上げていた。


「降りるぞ」


 トウマはどこか楽しそうだった。


「はい」


 ラウレンツは頷いて、魔族領の大地に足をつけた。


 ラウレンツはトウマの後に続きながら、未知の土地を感じていた。

 足裏に感じる土は、ヴァルミリアと変わりはない気がする。

 だが、匂いは違う。

 魔獣革の匂い。獣脂(じゅうし)を塗った革具の匂い。魔族領産の香辛料、乾燥薬草、乾燥魚、燻製肉の匂い。

 ヴァルミリアの港とは違う匂いが、幾重にも重なっていた。

 ヴァルミリアでは珍重される品が、ここでは当たり前のように荷車に積まれている。

 見たことのない種族が、港の中を多数行き交っている。

 彼らの生まれた故郷には、他にどんな品があるのだろう。


 そんなことを考えながら港を見回しつつ、緩い坂道を上り、荷捌き場へ向かった。


 倉庫が並んでいて、その前は広めの空き地になっている。

 その空き地の至る所に、荷物が置いてある。

 (むしろ)の上には紐で束ねられた乾燥薬草の束や、乾燥させた茸類などが置いてある。

 先程から漂っていた匂いの元だ。

 木箱も多く積まれている。荷札には、王国語も併記され、乾燥魚と書かれていた。

 丁寧に厚い革布がかけられた木箱もある。隙間から淡い青白い光が漏れていた。

 荷札には、王国語で「魔晶石(ましょうせき)」とあった。

 荷役人たちが、その木箱を慎重に荷車に乗せて、川岸へと運んでいく。


 そうしてしばらく歩いていると、防水布をかぶせられた荷車が見えてきた。

 荷車に下げられた荷札を見ると、王国語で「小麦」「ヴァルミリア行き」とある。


「私たちの小麦だ」


 大型の荷車が二十四台。

 これが、兵站浮台三台で運べる第一便の輸送量になる。

 これを一日四回。

 百二十タルム。

 

 ダルガが用意する小麦は四千タルム。

 ヴァルミリア全体で、四十日分に相当する量だ。

 それを、三十日あまりかけて運び込む。

 今日だけではない。

 明日も、明後日も、これから毎日続くのだ。


「トウマ様、ラウレンツ殿、ようこそゼルバ侯国共同河港へ」


 荷車の列のそばから、ダルガが歩み寄ってくる。


「はは、ダルガ殿、感激しております。いい港ですな。活気がある」


「本当にいい港だ。

 共同出資で港を作り、運営している仕組みが特に興味深い」


 トウマもラウレンツに続いた。


「はは、これはありがたいお言葉です」


 ダルガは誇らしげに頷いた。


「それより、見てください。

 この通り、第一便の三十タルムは揃っておりますぞ。

 本日運ぶ残りの分は倉庫に。

 この荷車二十四台分の積み込みが終われば、すぐに第二便分をこちらに出しておきます。

 手続きももう全て済ませております。

 あとは、積み込むだけです」


 ダルガがそう言いながら、防水布の端を少しめくり、小麦袋に結ばれた木札をラウレンツに見せた。

 共同河港検量所の封印と、ゼルバ侯国港税所の積み出し印があった。


 あとは積み出すだけだ。


 ダルガが近くに待機していた荷役人に指示を送り、兵站浮台へと荷車を運ばせた。

 兵站浮台から降りていた作業用ゴーレムが、荷車の横へ移動した。

 巨大な揚重機(ようじゅうき)のように、荷車を下から持ち上げた。

 そして、そのまま荷車ごと兵站浮台に載せた。

 港中の者が声を上げた。

 広い甲板の上で、ゴーレムと兵士たちが、荷車から小麦袋を担ぎ出して、次々と所定の位置へ運ぶ。

 ゴーレムが空になった荷車を岸へ戻す。

 これを繰り返すうちに、予想よりもかなり早く積み込みが終わった。

 ラウレンツは、自分の倉庫にも一体ほしいと思ってしまった。


 三台の兵站浮台は、ヴァルミリア港を目指して、ゼルバ侯国共同河港を出港した。


 帰りは、行きよりも進みが遅かった。

 ゴーレムを一体だけ岸に残してきたとはいえ、十タルムの小麦はやはり重いようだった。

 小麦を濡らすわけにもいかない。

 兵站隊長は、三台の兵站浮台を慎重に進めた。


 ヴァルミリア港が見えてくるまで、半刻近くかかった。

 それでも、小麦は確かにリーヴェ川を渡った。



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