幕間その2 とある従者から令嬢へ
「《精霊石》の本質を、王族さえも見誤っている」
チェス盤を見下ろしながら、従者に告げた。
「あれは慈悲深い神からの救いなんてものじゃない。神の裁きだ。欲深い人間を、己の欲で滅びへ導くためのな」
「では、なぜあの令嬢に執着なさるのです?」
「簡単なこと。あの娘は、《精霊石》の真価を発揮するには不可欠な存在。所詮田舎貴族、まして跡取りもいない家だ。いっそ国内屈指の名家に利用される方が華だろう」
「……!まさか」
「ああ、そうさ。いらぬ駒を盤上に残すほど、私は博愛主義ではないのでね」
細く、骨ばった指先が、ポーンをゴロンと転がす。
「この国を見てみろ。至る所で悲鳴が上がっている。もはや戦争以外に、略奪以外にこの国が生き残る術はなかろう」
「理解できませんね。貴方はあの令嬢を好いていると思っていたのですが」
「もちろん好いているさ。人形細工のような容貌、田舎貴族らしからぬ教養、それに社交界では珍しい純朴さ。今すぐにでも私の下で啼かせてしまいたい」
それまで一切表情を変えずに話を聞いていた従者・コリンは、うへ、と主人の趣味の悪さに顔をしかめた。
(このお方は、やはり人としての正しい感情が抜け落ちておられる。英雄シャルルの血を引くが故に……お可哀想に。シャルロッテ・エリン嬢。貴女を待つ婚約は、幸せなものでも、領民を豊かにするものでもないというのに)
コリンは貧しい家の出である。僅かにだが採掘できた《精霊石》は当時の領主により使い果たされ、まともに農作物も育たなくなった痩せた土地に、しがみつくように生きていた。
コリンが今の主人に拾われたのは、それはもうろくでもない理由である。
なにぶん金が欲しかった。とはいえ雇ってくれる人もいなければ、物を売っても買える金を持つ者が周りにいない。
ならば金を持つ者から奪うほかない。
貴族の家は人こそ多いものの、侵入口はいくらでもあった。少し身なりを綺麗に整えて、枝切り鋏でも持って歩けば庭師のふりをして堂々と屋敷を歩き回れる。
そうやってこっそり伯爵子息の部屋に金目のものを漁りに入ったところ、運悪く見つかってしまった。その場でのむち打ちも覚悟したが、笑って許し、面白いやつだと妙に気にいられてしまった。どうやら、普通は後の罰が怖くて貴族の屋敷に入り込んで盗みをはたらくことはしないらしい。金がないのならうちで働け、と従者の職を与えられ、今に至る。
それゆえ、コリンは細々と、けれど決して貧しくはない暮らしを送るリーダリアの民が少しばかり羨ましかった。
この主人は、自身を合理的と評しているが、中身はただの悪魔である。
何度か社交界で見かけた、シャルロッテ・エリン。田舎貴族だと揶揄されていたが、本当の貴族の器というのはああいうものだろう、とも思う。
彼女がこの婚約の本当の狙いに気づき、逃げてくれると信じて、空のティーカップに紅茶を注いだ。




