お客さんのさがしもの
「もう諦めよう」
遠野信弘は、妻の百合子に諭すように言った。
「どうして?」
信弘からは、助手席に座っている百合子の表情は半分しか見えない。
顔のあちこちでしわとシミが目立ちつつあった。
「どうしてもなにも、8年経つだろう。これ以上は、お前のためにならない」
(もっと、こう、ヒステリックになると思っていたが、落ち着いているな)
百合子は俯いて、手を捏ねるようにして動かしている。
「じゃあ、どこにあったって言うのよ」
「島にあった。それで十分だろう」
「島のどこに」
「どこに」
人は遅かれ早かれ皆死ぬ。それは信弘も百合子も知っていた。
だが、あまりにも早すぎたのだ。
「羽瑠……」
二度の流産を経験した後、2人のもとにやってきた命。
どこまでも自由に飛躍できる力を持ってほしいと願いを込めて羽という字を、そして瀬戸内の海の瑠璃色から1文字取って、羽瑠。
男の子だからきっとすぐにぴったりになるだろう、と大きめのサイズを選んだ制服は、1年も着ることなく箪笥の中に仕舞われてしまった。
享年15、持病の悪化が原因だった。
夕陽の差し込む病室で、最期に「宝物を埋めてるから、いつか見つけて」と遺して逝った。
ちょうど三回忌が終わった頃、信弘に昇進の話があった。
「どうだ、これを機に、向こうに越さないか。島内もずいぶん人が減った。俺たちももう……」
そう提案したら、百合子はひどく取り乱した。
それから、羽瑠の埋めているという宝物を見つけるまでは島を出ないと2人で決めた。
(最近の百合子は、どうも見ていられない)
島内のあらゆる場所を掘り起こしては埋めてを繰り返して、形の変わった石が見つかれば勘繰った。
徐々に摩耗していく百合子の姿は、痛々しかった。年々減っていく食事量、白髪まじりの髪、浮腫んでいるのか、縛り付けるように外れなくなった結婚指輪。
だから、終わらせたかったのだ。
「あと、1か月だけ待って」
***
遠野夫妻が引っ越すとは毛頭思っていなかった夏樹は驚きが隠せなかった。
事情は深くは知らないが、少なくとも島に執着があることは知っていたのだ。
「最後の思い出に、若い頃に何度も食べたこの店に来ようってなって」
「若い頃……」
「ここは島の若者のデートスポットだったのよ」
「デートスポット、ですか」
「ええ、そう。デートスポット。ここじゃないと、オシャレなものは食べれなくてね」
「そう、だったんですね。でも、驚きました。お2人が引っ越すなんて」
夏樹にそう言われると、百合子は言い淀んだ。
「とある探し物をしていてな。でも諦めることにしたんだよ」
信弘がきっぱりと言った。
「探し物?」
「息子が埋めておいたっていう宝物だよ」
「ちょっと、あなた」
「いいだろう、別に。夏樹ちゃんは、うちの息子が亡くなっているのは知ってるね?」
「はい。以前お聞きしました」
「あの子がね、最期に『宝物を埋めているから見つけて』と言ったんだ」
「見つからなかったんですか?」
「もちろんあの子の行きそうなところは全部探したさ。探し尽くして、今も探してる」
気が狂いそうだよ、と信弘が自嘲する。
「息子、羽瑠は病弱でね。喘息もあった。一度東京で暮らした後、羽瑠の療養を目的に島に戻ることにしたんだ。中学生になるまでは百合子が家にいたし、あまり1人で出かけたこともなかったはずなんだが、いったい何を遺していたんだか」
「通学もこの島から?」
「ああ。そうか、夏樹ちゃんは船が減便されてからこっちに来たから知らないのか。前は1日に2本船が出てたんだよ。まだ島民もかなりいたからね」
「そうだったんですか。……私はしばらくここにいるので、探してみますね」
「すまないね。おばあさんのこともあるっていうのに」
「祖母は大丈夫ですよ。まだ検査の段階ですから。あ、好きな席にお掛けください。お冷持ってきますね」
カウンターに戻って、夏樹はコップに氷を入れて、水を注いだ。
遠野夫妻は、窓際の、本棚に近いソファ席に座っていた。
「お冷です。注文決まりましたら、呼んでください」
「ありがとう。ねえ、夏樹ちゃん。あの子、観光の方?」
百合子がシャルロッテの方を見ながら尋ねた。
「まあ、そんなところです。今はうちに泊まってます」
何か思いつめたように、シャルロッテはネックレスの飾り、《精霊石》を眺めている。
「そうだったのね。あ、そうそう。注文いいかしら」
「もちろんです」
「ホットコーヒーが2つとたまごサンドイッチが1つ。あと、クラブハウスサンドが1つと、蜜柑のゼリーを1つお願い。いっぺんに持ってきてもらって大丈夫よ」
「ホットコーヒー2点、たまごサンドイッチ、クラブハウスサンド、はちみつと蜜柑の宝石ゼリーが1つですね。少々お待ちください」
夏樹がキッチンに立つと、シャルロッテが駆け寄ってきた。
「コーヒー、私に淹れさせてちょうだい」
「いいの?勝手とかわからないだろうし、座っててくれて大丈夫だよ」
「コーヒーの淹れ方はわかるわ。私たちの淹れ方だけれども」
ひょい、とケトルを手に取ると、水を入れて、ネックレスから取り外した《精霊石》を中に入れた。
「ちょっと、何してんの?!」
「お湯を沸かすのよ。大丈夫、衛生の問題はないわ」
「なんでそんなこと言い切れるの?」
「《精霊石》は病魔を取り除くことだってできるの。望まない限り、体に悪さはしない」
「ファンタジーすぎるよ……」
「馴染みがないと仕方ないわ。私だって、《精霊石》で動く飛行船ができたと知ったときは驚いたもの」
2人が話していると、ケトルの口から湯気が上がり始めた。
「お湯、沸き始めてる」
夏樹が唖然としながら呟くと、シャルロッテが自慢げに笑う。
「コーヒーは任せて」
「あ、う、うん。任せた。私はサンドイッチ作るから」
夏樹は卵を2個ボウルに割り、マヨネーズと黒胡椒を加えて溶いた。
祖母曰く、これが最もおいしい組み合わせらしい。
オリーブオイルをなじませたフライパンを火にかけてから、溶いた卵の半分を流し入れる。
ジュウジュウと音を立てながら、一気に溶き卵が固まっていく。
菜箸でがちゃがちゃと混ぜてやれば、スクランブルエッグが出来上がる。
残りの半分を、すでに固くなりつつあるスクランブルエッグをフライパンの端に寄せながら箸で持ち上げて、底に流し入れ、だし巻きの要領で四角に形成すれば、火を止め余熱でさらに火を通す。
その間に食パンをトースターで軽く焼く。
レタスはぬるま湯で洗って、水気を切っておく。
小麦の香りが際立った食パンに、ワサビをほんの少しだけ混ぜたマヨネーズを塗って、たまごとレタスを挟んで、半分に切る。
残ったたまごは潰してマヨネーズと混ぜてフィリングにした。
クラブハウスサンドにはレタス、トマト、ハム、たまごを挟む。
(よし、上手くできてる)
ふわりと、コーヒーの香りが漂ってきた。
シャルロッテは真剣な表情で、ドリップポットを円を描くように動かしていた。
一滴ずつ、コーヒーの雫が落ちていく。
(綺麗な横顔。なんでも様になる)
時間の流れが変わったかのように、静謐に満ちる。
(あれ、今の、何?)
独特の香ばしさの中に、花のような甘い香りがした。
冷蔵庫からゼリーを取り出して、グラスに盛り付けた。
サンドイッチとゼリーをトレイに乗せて運ぶ。
「たまごサンドイッチとクラブハウスサンド、はちみつと蜜柑の宝石ゼリーになります。コーヒーの方もう少々お待ちください」
「あら、ありがとう。にしても、板についてきたわね」
「ああ。前に来た時よりも堂々としてる」
「……ありがとうございます!」
はじめは嫌々やっていたはずの喫茶店の手伝いだが、なんだか認められたような気がして、夏樹は胸があたたかくなった。
「コーヒーをお持ちしました」
ひょい、とシャルロッテがカップをテーブルに置く。
「ありがとう。あなた、美人さんね。なんにもない島だけど、楽しんでちょうだいな」
百合子が微笑む。
「私はこの島、好きですよ」
「ならよかった」
店内は、トーストされたパンのサク、という音とソーサーとコーヒーカップが当たる甲高い音がよく響いた。
遠野夫妻は、会話を交わさない。
何も言わずとも互いの考えていることがわかるのか、話すことがためらわれるほど2人の間に溝ができてしまったのか、時折視線を合わせる程度だ。
夏樹はシャルロッテと一緒にグラスを磨いた。
「ご馳走様でした。お釣りはいいわ」
「ありがとう、いい時間だったよ」
食器は綺麗に空になっていて、手書きの伝票より680円多い、千円札3枚がテーブルに置かれていた。
「あ、あの。短い時間でしたが、ありがとうございました!」
ばっと勢いよく夏樹が頭を下げる。
「おばあさんに、よろしくね」
「島に若いもんがいるのは、こっちにとってもいい時間だったよ」
今にも泣きそうな笑顔で、百合子が手を振る。
「お見送り、行きますね」
夏樹が手を振り返す。
「……きっと、叶いますから。安心してください」
小さな声で、シャルロッテが言った。
「シャルロッテ?」
夏樹が振り返ると、シャルロッテは小さく笑う。
「お気をつけて」
さらりとスカートの裾をつまんでお辞儀をしてみせる。
百合子はまあ、と驚いて、それから「ありがとう、さあ、行きましょう」と信弘を連れて店を出た。
「ねえ、今のなんだったの?」
夏樹が訝しんでも、シャルロッテは誤魔化すばかりだった。
2人で夕食を済ませ寝支度をし、布団を横並びにして寝転がる。
(いつも1人でどうやって寝てたんだっけ)
祖母の家に越してきてからずっと夜は1人だったはずなのに、その姿を思い描けずにいた。
「ねえ、ナツキ。あの2人は、『宝物』を見つけたら幸せになれるかしら」
「え、何。急に。私もほとんどおばあちゃんから聞いただけやし……。幸せかどうかなんて、私たちにわかることじゃないって。少なくとも、息子さんの遺言が呪縛になってるなら、それからは解放されるんじゃない?」
「そう、よね」
「どうしたの?」
「なんでもないの。なんでも」
「言いたくないならいいけどさ。言ってよね、言えなくなる前に」
シャルロッテは深く息を吐いて、上体を起こした。
「探してほしいの。私のことを」
目蓋が伏せられて、豆電球のほのかな明かりが睫毛の影を落とす。
「シャルロッテの故郷じゃなくて?」
「誰にかなんてわからない。でも、探してほしいの。誰かに、私のことを。私を探し出して、連れて帰ってほしいの」
ぎゅ、と強く布団を握りしめる。
「……やっぱり故郷に帰りたい?」
「わからない。ずっとここにいたいとも思うの。かけがえのない時間が、ここにもあるはずだから。でもね、私の心の一部が、どこかに置き去りにされているような気がして」
「そっ、か」
急に心臓に鉛玉が沈んだかのように重くなって、夏樹は何も言えなくなった。
「宝物も、きっと見つけられたいと思うの」
「あの夫婦はさ、どんな結末も受け入れる覚悟ができてるんじゃないかな。そうじゃなかったら、たぶん、死ぬまでここにいる」
「そう、よね」
「うん。だから、大丈夫。きっと」
どさ、とシャルロッテが横になる。
おやすみ、とだけ言うと、2人はそのまま眠りに落ちた。
***
「なんだか不思議な心地がしない?ふわふわするというか、体の内側から温かい感じ」
喫茶おれんじを後にしてすぐ、百合子が言った。
「ホットコーヒーのせいだろう」
すたすたと信弘は家に向かって歩いていく。
「散歩、しよ」
もう何年ぶりか、百合子が信弘の手を握る。
ずっと前の初デートは、散歩だった。
返事はないが、強く手を握り返される。歩幅が百合子に合わせた小さなものになるのは、若い頃から変わっていなかった。
海鳥の声、木々のざわめき、波の音。2人分の呼吸の音がそれらに溶け込んで、永遠にも似た時間が流れる。
幾度となく歩いた道。2人で手を繋いで、泣きながら1人で、大きくなった腹をさすって、羽瑠と3人で並んで、そして、羽瑠の宝物を探して。
「う、あ、あああああ」
慟哭が空気を揺らす。
信弘は何も言わず、ただ百合子の背中をさすった。
「歩こう、気が済むまで」
そっと手を引いてやると、百合子もゆっくりと歩き始める。
ふと、1本のみかんの木が信弘の目に留まった。
「あんなところにあったか?」
島にあるみかんの木のほとんどはかつて住民が植えていたものであり、何十本という単位で1か所に植えられているはずだ。
だがこの木は、他の背丈が高い植物に紛れて1本だけ生えているのだ。
「鳥かなにかが種を運んだんでしょう」
百合子はそう言ったが、信弘は、その存在に強烈な違和感を覚えていた。
「あの木、よく見てみろ。おかしくないか?」
信弘の違和感の1つは、木の幹だった。別の木が幹の真ん中あたりに絡みつくようになっているが、妙に膨らんだ箇所がある。
(あれは、なんなんだ)
内側から衝動がこみ上げてくる。
気づけば、百合子の手を放して、木に駆け寄っていた。
膨らんでいる箇所を覗き込むと、小さな瓶が中に半ば埋まるような形で固定されていた。
ペールブルーのガラスの奥に、丸まった紙が見える。
「百合子、百合子!」
まだそれが何の紙なのかわからないというのに、信弘は確信をもって百合子を呼んだ。
(これは、きっとそうだ。きっと______)
「どうしたのよ、急に」
「ここ、ほら、この角度から覗いてみろ。中に瓶があるだろう」
百合子が先ほどまで信弘が立っていた場所から同じようにして中を覗く。
「あ……」
瓶の蓋の留め具は錆びかけているが、大人2人の力なら容易に開けられた。
手先の器用な百合子が、その細い指を瓶の中に突っ込んで紙を取り出す。
見るのが怖くなって、紙を一度、信弘に裏を向けるようにして下にする。
「大丈夫、大丈夫」
あやすように信弘が言うと、百合子が首を縦に振る。
額には、汗がにじんでいた。
「いい?」
「ああ」
ばっと紙を表に向けた。
「羽瑠……」
百合子が膝から崩れ落ちるようにしてその場に座り込む。
良く見慣れた絵が、そこには描かれていた。
家の2階、ちょうど羽瑠の部屋から見える、海岸線の景色だ。
羽瑠は病弱だった。同級生のように、スポーツに興じることは難しかったし、そもそも学校にさえ行けない日も多かった。
だから、羽瑠には趣味と言えるものがあまりなかった。
「スケッチか」
そんな羽瑠の、日々の小さな楽しみがスケッチだ。
軽いタッチの、ラフな印象を与える絵。「お父さん、見て!」と得意げに紙を片手に走ってきて、何度も見た絵。
だが、記憶にあるよりもずっと上手い。
紙の右下には「Haru」と署名されている。
日付は、ちょうど島に戻って5年が経った日、羽瑠の14歳の誕生日になっていた。
「知らなかったな、よく家から見える景色を描いてはいたが、こんなに上手くなっていたのか……。いや、違うな」
「私たちが思うよりも、もっと、ずっと、大人になってた」
鼻の奥が、ツンと痛む。
署名の横に、小さくメッセージが遺されている。
『僕は、ここが好き。』
短い、文章とも言えないような1文だ。
「ああ、あ、はる、はる」
嗚咽を先に漏らしたのは、信弘だった。
信弘は、島に戻ってきたタイミングで転職している。それまで東京の商社勤めをしていたが、知人に頼み込んで、船のターミナルから近い、本土の食品加工工場を紹介してもらった。
工場長は気さくで、信弘の事情も理解してくれていたが、それでもなかなか羽瑠のそばにいる時間は作れなかった。
それが、信弘には気がかりだった。
百合子は羽瑠のことで神経質になっていたし、何より、羽瑠自身は東京から離れることに乗り気ではなかった。そんな2人を長い時間一緒にして、羽瑠が辛いときにそばにいてやれないことは、無責任だと思った。
だから、羽瑠はここを嫌っているんじゃないか。
ずっとそう思っていた。
目の前には、優しい、輝かしい絵がある。
これはきっと、羽瑠の目を通して見たこの島の景色だ。
「やっと見つけてあげられた。ごめんね、ごめんね」
百合子が泣きじゃくる。うわごとのように何度も「ごめんね」を繰り返す。
「ありがとう」
枯れかかった声で、百合子が言った。
海鳥が鳴いている。空高くから、2人を見下ろしている。
「ああ、好きだ。ここが」
信弘が、本音をこぼした。
「死ぬまでずっとここがいい。羽瑠と生きた思い出を抱えて、百合子の手を握って、ここにいたい」
「あなた……」
「このまま百合子が過去に囚われるくらいなら、島を出て、遠くで暮らしてしまいたかった」
「もう、大丈夫よ。もう、縋ったり、囚われたり、しない。一緒に生きるの」
ここで生きましょう、そう言って百合子は、聖母のように微笑んだ。
***
翌朝、夏樹とシャルロッテは店で、レシピを見ながら何品か料理を作っていた。
新メニューの開発は難航している。
「遠野さんが出て行ったら、寂しくなるなあ」
夏樹が今日の天気を話すように、なんでもないことのようにして言う。
「離別はいつでも寂しいものよ。それがたとえ、新たな一歩だとしても」
「リーダリアを出ていく人もいたの?」
「もちろんいたわ。でも、ほとんどなかった。身分制のせいね。職業の固定が居住地の固定を生むから」
「へえ、じゃあシャルロッテの家はずっとリーダリアにある家だったの?」
「私は詳しく知らないけれど、先祖は旅人だったと聞いているわ。飢饉に喘ぐリーダリアを救い、晩年はリーダリアで過ごして、子孫がその後の繁栄に貢献し続けたことで地位が認められたって」
「なにそれ、偉人の家系とか憧れる」
「そんなにすごいことじゃないわよ」
手を動かしながら話していると、扉が開いた。
遠野夫妻がばつが悪そうに笑っている。
「引っ越すの、やめることになったの」
百合子があっけらかんと言った。
「見つかったんだ。息子が遺したものが」
「……!よかった!」
夏樹がその場で小さく跳ねる。その横で、シャルロッテが胸をなでおろした。
「羽瑠が好きだったこの島と、ちゃんと添い遂げたいって思ってね」
百合子は、打って変わって晴れやかな笑顔を見せた。
「ここのコーヒーのおかげかな」
信弘が冗談めかして言う。
夏樹は、シャルロッテがびくりと肩を揺らしたのを見逃さなかった。
「ここを出た後、何かに導かれるようにして、羽瑠の宝物を見つけられたんだ。ずっと、地面の下を探していたが、木に押し上げられて地上に出てきていたみたいで。なんとなく、ここに来なければ見つけられないまま、逃げる選択をしてしまったと思う。ありがとう」
信弘は、深々と頭を下げた。
「そんなことないです。でも、遠野さんたちが出ていくのは寂しいなって思ってたから。嬉しいです」
夏樹が正直に、屈託なく笑うと、遠野夫妻も笑った。
「また来るよ」
何かと手続きが忙しいらしく、2人は足早に店を出て行った。
「で、シャルロッテは何をしたの?」
じと、と夏樹がシャルロッテを見る。
「《精霊石》に願ったの」
「お湯を沸かしただけじゃなかったの?」
「ええ。……水が、あの夫妻が、宝物を見つけ、本当に幸せになれる道を歩む力を分ける、熱い湯となるように願ったの」
「じゃあ、息子さんの宝物を見つけられたのは」
「絶対にそう、とは言えないわ。目に見えない願いは、何が理由で叶ったかわからないから。偶然かもしれないし」
「そりゃそっか。でも、まあ。正直さ、《精霊石》のこと疑ってたんよ。まだ。けどこれ見てようやく、理屈とか抜きにして、理解した。《精霊石》は本当に不思議な力を持つって」
夏樹が天を仰ぐ。
(もう魔法とかそういう域の話になってきた……。どうなるんだろ、これから)




