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幕間その1 旅行計画とゼリーと来客と

「喫茶店を継ぐと言っても、決めなきゃいけないことが多すぎる」

 島に戻った2人は、店の中のソファに腰かけながら話していた。

「まずは島内の方に来ていただくことが重要だわ。そのための方針を固めましょう」

 そう言ったシャルロッテは、令嬢の顔をしている。

「リーダリアも、昔は冬への備えとしてジャムや酒なんかを造っていたわ。それを旅人や役人が食べて、王都に話として持ち帰る。そうして評判が外へ伝わることで10年20年という時間をかけて栄えていったの」

「島民向け、か」

 最後に島民が店に顔を出したのはいつだったか、夏樹は記憶を手繰る。

 夏樹がこの島に来たのはおよそ半年前だ。

 その半年の中で店に客がいたのは、片手で数える程度しかない。

「たしか、夫婦が『昼食の用意が面倒だから』って来たのと、絵描きをしてる人がふらっと来たかな」

「……それだけなの?」

「覚えてる分は、これだけ、です」

 ばつが悪くなって、つい丁寧語で話す。

「どうしてこんなに素敵なお店なのにお客さんが来ないの?!」

 がばっ、とシャルロッテが立ち上がる。

「島の外に出たときに外食はするし……」

「だったらこの島だけの魅力を作りましょう!」

「そうは言っても、みかんくらいしかないし。あとは放置された畑にレモンが成ってるだけだし」

「立派な個性じゃない!」

「無理だよ……。レモンは広島、みかんは愛媛ならどこでも商品あるし。厳島とか尾道、道後には勝てないよ」

 諦め気味の夏樹に、シャルロッテは「そんなことないわ」と言ってみせた。

「焼き菓子にパルフェ、ジュースにゼリーだって作れるじゃない。紅茶だってアレンジできるわ。自信を持って、ナツキ。あなたが思っているよりずっと、ここは魅力的な場所よ。まだそれに気づけていないだけ。あなたも、世間も」

 まっすぐな視線に圧倒される。

(まだ、気づけていない……)

「あ、あのさ。旅行、しない?」

「旅行?」

「そう。気づくために。まずはちゃんと、外を見たい。卑屈にならないで、まっさらな視点で」

「それ、とっても素敵!」

 夏樹は急いで計画を立てた。

(瀬戸内の名物と言えば______)

 テーブルの端にあったメモ帳とボールペンを手に取り、あげつらっていく。

(果物はやっぱ柑橘類だよね。愛媛のみかん、広島のレモン、徳島のすだちに鳴門金時……あ、岡山のモモとブドウも。魚介はやっぱり山口のフグと広島のカキだよなあ。あとはうどんに広島焼きに……)

 書き起こして、はたと気づく。

「喫茶店で出すものを考えるためにいくわけだし、果物とか重点的に行った方がいいよね」

「そんなことはないわ。その土地の個性を見るなら、食事はとても重要よ。それが主食であれデザートであれ」

「そう、だよね」

 ああでもないこうでもないと悩んで、紙にいくつも観光コースを書き出した。

「できた!」

 夏樹が考えた計画は、愛媛の道後周辺、香川の宇多津と丸亀、岡山の倉敷、広島の宮島と尾道に重点を置いた、3泊4日の旅行だった。

「と言っても即日ホテルの予約は取れないし、メニュー考案も急いだほうがいいよね」

「この店の名物はないの?」

「サンドイッチかな。あとはゼリーとか」

 ほら、とメニューを指さす。

 目を細めて書かれている文字を読もうとして、苦笑いした。

「読めないや」

「あ、そりゃそうだよね。はちみつと蜜柑の宝石ゼリーだよ」

「はちみつと蜜柑の宝石ゼリー?」

「変な名前でしょ。みかん、っていうオレンジに似た果物を使うの」

「可愛らしくて私は好きよ。どんなゼリーなの?」

「まだ昼だし、作るよ」

「作れるの?」

「レシピが書いてあるノートがカウンターの裏にあるはずだから」

 夏樹は黒色のエプロンを着て、キッチンに立った。

『はちみつと蜜柑の宝石ゼリー』

 祖母の、少し震えた、力強い字を指でなぞる。

 夏みかんの皮を剥き、白色の筋も丁寧に外していく。一部は潰して濾して、ジュースにする。カップ1杯分の紅茶を淹れ、ジュースに混ぜ、鍋に入れて火にかけながら甘味付けのためにはちみつと少しの三温糖を入れてやる。残りのみかんはゼリーカップに入れた。

 ゼラチンを溶かして、カップに注ぎ入れる。

 冷蔵庫で冷やし固めると完成だ。

 ゼリーとともに冷やしていたグラスに盛り付けて、シャルロッテの目の前に置く。

「お待たせしました。はちみつと蜜柑の宝石ゼリー、です」

 喫茶店の店員らしいセリフを言って、慣れない感覚に少しばかり恥ずかしさを抱く。

「まあ、美味しそう!本当に宝石のように美しいわ!まるで夕陽を透かしたような色ね。それにこの香りは……紅茶ね!」

 いただきます、そう言ってゼリーを口に運ぶ。

「美味しい……!」

 シャルロッテが目を輝かせて言った。

「みかんの濃厚な甘さと酸味に、優しいはちみつの甘さとまろやかな甘みがよく合っているわ。それに、紅茶の香りがさわやかさを引き立てていて、食べやすい!口当たりも滑らかで、冷たくて、ずっと食べていられる!ここの気候にも合っているわ」

 ぱくぱくと食べ進めていく姿は、見ていて気持ちが良かった。

「そんなに美味しい?」

「美味しいわよ!ほら、ナツキも食べて」

 ずい、とスプーンが差し出される。

 実を言うと、夏樹はこのゼリーを食べたことがなかった。

 ぱく、とゼリーを口に入れる。

「ん・・・・・・!美味しい!」

 夏樹は甘いものを好んでは食べない。ポテトチップスとチョコレートのどちらかを選べと言われたらポテトチップスをとるし、スイーツビュッフェの類にはあまり関心がない。

(おばあちゃんの作るゼリーって、こんなに美味しくて食べやすかったんだ!)

「他には何があったの?食事も提供していたんでしょう?」

 シャルロッテは目を輝かせて尋ねた。

「サンドイッチとか、オムレツとか。でも、たぶん1番おばあちゃんが力を入れてたのはコーヒーだと思う。『1杯のコーヒーで、人は幸せになれるんよ』って、前に言ってたから」

「1杯のコーヒーで、幸せに……」

「そ。こんな田舎の小さい店の店主が何飾ったこと言ってんの、って感じだけどね」

 シャルロッテは何か言いたげだったが、小さく笑って、「素敵なおばあさまじゃない」と言った。

「他のレシピも見てみよう」

 ぱらぱらとノートを捲る。中には、メニューにはない料理の名前もいくつかあった。

 特に、海の幸を使ったグラタンやチャウダーなんかのレシピが目立つ。

 横には、何人かの苗字と、バツ印が書かれている。

(仕入れ、断られたのかな……?)

「これ、なあに?」

 余白に描かれていたイラストを指して、シャルロッテが訊いた。

「ああ、これ」

 黄色の台形の何かに、赤やオレンジ、緑や白の塊が乗っている絵だった。

「プリンアラモードやね」

「プリン、アラモード?」

 シャルロッテは不思議そうに、オウム返しをした。

 夏樹は、シャルロッテがサンドイッチやゼリーは知っていたため、欧州と似た食文化を持っていると考え、プリンアラモードも伝わるだろう、と思っていたため、予想外の反応に少し驚いた。

「そう、プリン、えっと、プディングに、果物とか、クリームを乗せたやつ」

 このときはまだ、プリンアラモードが日本発祥だと知らなかったのだ。

「そんなに素敵なスイーツがここにはあるのね!プディングだけでも甘いのに、さらに果物とクリームなんて、なんて罪深い!」

「そうかな」

「ええ!ナツキはそうは思わないの?」

「どっちかというと、甘いなー、重いなー、みたいな。プリンか果物か、クリームか。どれか1つでよくない?みたいな」

「無欲なのね」

「甘いものがそこまで好きじゃないってだけだよ」

「私、甘いものには目がないの。だから甘いものを好まないなんて信じられない!」

「嫌いではないよ。でもまあ、しょっぱいものの方が好き。甘党なら、シャルロッテはコーヒーとか苦手?」

「苦手、というより頂く機会が少なかったわ。商人を主に、少し余裕のある労働者階級向けに店が構えられていることがほとんどだったから」

でも、淹れ方はわかるわ、とシャルロッテが自慢げに言う。

「あれはサイフォンでしょう?」

 シャルロッテがカウンターの方へ視線をやる。

「そう、正解。サイフォンはそっちにもあったんだ」

「そうね、カトラリーなんかは使っていたものも多いわ。それに、《精霊石》を使っていたけれど、水道やコンロも使ってた。あとはそうね、船や汽車もあったわ。辺鄙な場所だったから、駅からは離れていたけれど。王都に出向く時に使ったことがあるくらいね」

(なんだ、思ってたよりぶっ飛んだ世界ではなかった)

安心するような、少し残念なような気持ちを抱えながら、シャルロッテの話に耳を傾ける。

リーダリアは、夏樹の知らないものにも満ちていた。

《精霊石》とそれで駆動する機械。水道技術は水路は引かずに、井戸に《精霊石》を入れるだけ。ガスコンロではなく、《精霊石》を埋め込んだレンガのかまどの上部をコンロに、内部は扉を付けてオーブンとして使う。

馴染みがあるようで、まるで別物だ。

シャルロッテの人形のような顔を眺めていると、コン、コン、と控えめに扉が叩かれた。

「開いてますよ」

そう答えると、客人が姿を見せた。

細身の女と、恰幅のいい男が、小綺麗な服を着て立っていた。

島と本土の往復をして暮らしている夫婦だ。

「あら、トヨさんは?」

店内を見回して、祖母がいないことに気づいたようだ。

「体の加減で、しばらくこっちには戻らないことになって。レシピはあるので、注文は承れますよ」

「あら、それは心配ねえ。大変なところ悪いわ。日を改めようかしら」

眉尻を下げて笑う妻をたしなめるように、夫が言った。

「それじゃあ間に合わん」

「また来ればいいだけの話じゃない」

むっとして妻が言い返す。

「間に合わないって、何かあったんですか?」

夏樹が疑問を呈した。

 夏樹が疑問を呈した。

「私たち、島を出ることにしたの」

 刹那、店内を静寂が支配した。


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