はじめてのダンジョン(5)
結晶を何個か回収していくと、
少しずつコツが分かってきた。
「……あれ?、意外と簡単かも」
「お。言うようになったな」
黒岩部長が肩を揺らす。
「まあ、たしかに新人にしちゃ悪くねえぞ」
そう褒められて、
少しだけ気分が良くなり始めると。
気付けば、
回収した結晶もかなりの数になっていた。
リオンが、そんな翔の作業を見守っていると。
次の回収対象に、
少し濁った結晶が控えていることに気が付いた。
リオンの耳が、ぴくりと動く。
「……」
ほんの一瞬だけ迷うような顔。
あの結晶は、
少しだけ魔力の流れが乱れていた。
マスターの作業を止めるべきか。
それとも、
今のうちに怖さを覚えて貰うべきか。
悩んだ末に、リオンは小さく息を吐く。
そして。
翔の周囲へ、何重もの結界を展開し始めた。
気付かれないように。
念入りに。
何重にも。
それを確認し終えると、
リオンはあえて何も言わなかった。
ついに、翔の手が問題の結晶へ伸びる。
ぱき。
「ん?」
そして、
結晶の奥で淡い光が脈打つように揺れる。
「……え?」
次の瞬間、結晶が眩く輝いた。
どんっ!
「うわっ!?」
思わず、目を閉じる。
――が。
いつまで経っても衝撃がこない。
不思議に思いつつ恐る恐る目を開くと。
「……え?」
周囲には幾重もの結界が張られていた。
淡い光が、幾層にも重なり。
翔を優しい光が包み込む。
リオンが、静かに近付いてくる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だったみたいだけど……」
驚き過ぎて、胸が痛い。
「……ですので」
少しだけ、困ったような顔。
「ダンジョンでは、
油断だけはしないで下さいね……?」
その瞬間。
さっきまでの自分を思い出す。
――たしかに。
少し、調子に乗っていた。
「……反省します」
「それなら、良かったです」
少しだけ、安心したような顔をされる。
きっと、本気で心配していたのだろう。
悪いことをしたな…、
そんな気持ちが湧き始める。
だけど。
正直、
急な爆発はめちゃくちゃ怖かったんだよな……。
「……あ」
ふと。
思い立って腕を押さえてみる。
「どうしました?」
リオンの顔色が少し変わる。
「いや……」
少しだけ、わざとらしく顔をしかめてみる。
「なんか。
ちょっと、痛いような気がする……」
「え」
固まるリオン。 そして――
「どこが痛むんですか!?」
そう言ってしがみついてきた。
よく見ると耳が立ち、尻尾も膨らんでいる。
「ここですか!?
どんな風に痛みますか!?」
「え……。あれ……?」
すこしだけ、
仕返しにイジッてやるつもりだったのに。
「他に痛むところは!?」
「いや。その……」
まずい。
引き返せなくなった――。
「まさか、結界の強度が不足してたのでは……」
リオンの顔から、
みるみる血の気が引いていく。
「リ、リオン?」
なんか、本気で焦ってないか?
「すぐに治療を……!」
そう言った瞬間。
リオンの背後に、
巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「……え?」
あまりの展開に、思わず固まる。
淡い金色の光を放ちながら、
幾重にも重なる複雑な紋様が浮かび上がる。
まるで。
神話や伝承に出てくる、
奇跡そのものみたいな光景だった。
魔法陣はさらに、
静かに回転しながら輝きを増していく――。
「待て」
嫌な予感がしてきた。
「もう大丈夫だから……!」
「大丈夫ではありません!!」
リオンが、本気の顔で言う。
「不安定な魔力の影響があるかもしれません。
すぐに回復魔法を――!!」
「いや!
もう、その魔法の方が怖いんだって!」
あんなものを発動されたら、
それこそ本当にどうにかなってしまう――
「ですが――」
「待て!本当に待て!」
慌てて両手を振るが、
その間にも。
魔法陣は、どんどん大きくなっていく。
「……リオン!」
「はい!」
「腕、全然痛くないから!」
「……え?」
「冗談だから!」
「…………」
数秒の沈黙。
巨大な魔法陣だけが、静かに輝いていた。
そして。
すぅっと、光が消えていく。
「…………はぁ」
大きく。
本当に大きく、
息を吐かれてしまった。
肩の力が一気に抜け、
耳も力なく垂れていった。
「……良かった」
ぽつりと。
本音みたいに、リオンの口から言葉が漏れた。
様子を見ていた黒岩部長が、肩を揺らす。
「ははっ!高城」
笑いを堪えるように、一度息を吐く。
「慢心もだが、
嘘も大概にしないといけなさそうだな!」
そう言って。
少しだけ、呆れたようにリオンに視線を送った。
その時。
施設内に電子音が響いた。
ぴーんぽーん。
聞き覚えのあるチャイム音だ。
「丁度、定時だな」
黒岩部長が時計を見る。
「今日は、ここまでだ」
もう、そんなに時間が経ったのか。
「初日にしちゃあ、十分だろ」
黒岩部長が、軽く頷く。
「片付けたら、上戻るぞ」
「はい」
そう返事をしながら、ちらりとリオンを見る。
いつも通りの顔。
でも、耳だけは
少しだけ力なく垂れたままだった。
……これは少し、やり過ぎたかもしれない。
こうして。
罪悪感を覚えながらも、
ダンジョンでの初めての一日は幕を閉じた。




