はじめまして(後半)
空気が、ぴんと張り詰めた。
(……今のは)
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、周囲の空気が引き締まる。
圧力でも温度でもない。
ただ、空間そのものが“整えられた”ような感覚だった。
その違和感を捉えた直後、足元が光る。
「……おい、高城」
同僚の声が低くなる。
声につられて足元へ視線を落とすと、そこには魔法陣が浮かび上がっていた。
それも――一つではない。
中心は、翔。
そこから同心円状に、魔法陣が幾重にも展開していく。
一層、二層、三層――
魔法陣は、なおも増えていく。
それぞれが独立した術式でありながら、完全に噛み合っていた。
(多重展開……いや、この構造――)
理解しようとした瞬間、思考が止まる。
(見たことがない)
次々と展開される陣の構成が理解できない。
既存のどの術式理論にも、当てはまらなかった。
東和重工は、ダンジョン由来術式の解析でも国内トップクラスだ。
翔自身も、その研究に関わっている。
それでも――解析できない。
一目で、“未知”だと分かる。
「高城、それ止めろ!!」
同僚の声が鋭く飛ぶ。
「止めろって言われても――!」
視線は魔法陣に釘付けのまま、翔は叫び返す。
「これ、簡易術式じゃない! 構成がまったく別物だ!」
「いいから止めろって!」
「だから止め方が分からないって言ってるだろ!」
焦りが混ざる。
だが、術式は止まらない。
――ピーーーッ!!
次の瞬間、警報音が食堂フロアへ響き渡った。
「魔力反応、規定値超えてる!」
「これ普通じゃねぇぞ……!」
ざわめきが一気に広がる。
(魔力の出力量がおかしい……!)
簡易召喚の上限など、とっくに超えている。
光がさらに強まる。
魔法陣がさらに重なっていく。
床だけではない。
空間そのものへ刻まれるように、幾何学的な紋様が浮かび上がっていた。
(……なんだ、これ)
眩い光に、思わず目を細める。
次の瞬間。
視界が、白く塗り潰された。
鳴り続ける警報音だけが、辛うじて意識へ届く。
やがて。
強烈な光が、ゆっくりと収束していく――。
その中心に立っていたのは、一人の青年だった。
銀に近い白髪。
片目にかかる前髪と、整いすぎた顔立ち。
――そして、その頭上には獣の耳。
(……人、か?)
思考が追いつかないまま、確認だけが浮かぶ。
青年がゆっくりと目を開き、露わになった青い瞳が真っ直ぐ翔を捉える。
その視線には、安堵と隠しきれないほどの喜びが浮かんでいた。
(……なんだ、その目)
不審がる翔へ向かって、青年が一歩踏み出す。
距離が、ゆっくりと縮まっていく。
「……はじめまして」
彼は翔の前で足を止める。
そして、どこか懐かしそうに微笑んだ。




