34.絶対防衛線
外は世界を押し流さんばかりの豪雨。土砂崩れにより外界から完全に遮断された山奥の別荘で、俺、月島 朔は、本能剥き出しの肉食獣たちを前に、決死の「家事管理能力」を振るっていた。
「いいか! お風呂の順番は厳正なるあみだくじで決めた! 混浴なんて絶対に認めない! 全員、一人ずつ順番に入れ!」
俺の必死の咆哮に、ランタンの灯りに照らされた五人のヒロインたちは、ひどく不満げな、それでいて熱を帯びた視線を俺にぶつけてくる。
「……朔、そんなに頑なにならなくてもいいのに。……濡れた肌を拭き合うのも、親睦を深めるのに良い機会だと思わない?」
「……主君の背中。……洗浄の効率化のため、私が同伴する」
「あははっ、先輩。あたしのときは、ドアの鍵開けておきますからぁ♡」
彼女たちは熱っぽい溜息を吐きながら、交代でユニットバスへと消えていった。
「(……この隙だ。奴らが体を洗っているこの数十分こそが、俺が『人間』として生き残るためのラストチャンス……!)」
俺はリビングに鎮座する、長年の埃を被った巨大な布製ソファを見つめた。
今夜、俺はここで寝る。だが、この惨状では安眠など望めない。俺はキッチンから、志乃さんが買い込んでいた『厚手のゴム手袋』を引っ張り出し、両手にはめた。
「(掃除機も使えない停電下……だが、モブの生活力を舐めるなよ!)」
俺はソファの表面を、ゴム手袋をはめた手で力強く、一方向に擦り始めた。
【モブの家事豆知識】
布張りソファやカーペットに絡みついた埃や髪の毛は、掃除機でもなかなか取れない。だが、ゴム手袋をはめて表面を撫でるだけで、摩擦による静電気が発生し、繊維の奥の汚れが面白いくらいにダマになって浮き上がってくるんだ。
俺は一心不乱にソファを「浄化」していった。
浮き出た埃を捨て、固く絞った濡れタオルで仕上げる。
さらに、俺はソファの周囲に、空き缶や空のペットボトルを絶妙なバランスで積み上げ、物理的な『鳴子バリケード』を構築した。
「(これでよし。誰かが近づけば、けたたましい音が鳴る。……頼む、朝まで死なせてくれ……)」
俺は清潔になったソファに潜り込み、極度の緊張と疲労から、吸い込まれるように意識を失った。
……。
…………。
どれくらいの時間が経っただろうか。
俺は、全身を包み込む『暴力的なまでの温もり』と、鼻腔を麻痺させるような『女の匂い』で目を覚ました。
「(……ん? 暑い……。何だ、この重さは……。金縛りか……?)」
目を開けても、そこは停電による完全な闇。
だが、俺の構築した『鳴子バリケード』は、音もなく完全に解体され、脇に避けられていた。
そして俺の体の上には、明らかに複数の『熱を持った肉体』がのしかかっていた。
「(ば、バリケードが……無力化されてる……!?)」
暗闇の中、視覚を奪われた俺の感覚は異常なまでに研ぎ澄らされる。
右腕には、柔らかくもしなやかな感触。
雫乃だ。彼女は俺の腕を自分の胸元に抱え込み、熱い吐息を俺の二の腕に吹きかけている。
「……んぅ。……朔ちゃん。……もう、どこにも、行かせないよ……」
左側からは、上質な香水の匂い。
「……朔。……このまま、私の体温を刻み込んであげるわ……」
葵依が、俺の左半身にぴたりと密着し、細い指先で俺の胸元をなぞっている。
さらに、足元には翡翠の硬質な、しかし温かい脚の感触があり、俺の胸の上には、巳波が四つん這いで覆い被さるようにして、ドロリとした視線を向けていた。
「あはは……。先輩、やっと起きましたねぇ。……鳴子なんて、あたしたちが協力して片付ければ、音なんて鳴りませんよぉ?」
「(アカン……!! こいつら、俺を襲うためだけに『ヤンデレ共同戦線』を組んでやがった……!!)」
暗闇の中、五感に訴えかけてくるのは、彼女たちの熱い肌の感触、濡れた髪の匂い、そして期待に震える吐息。
逃げ場のないソファの上で、俺は完全に『捕食される側のモブ』として固定されていた。
その時だ。
「……ちょっと。あなたたち、大人の特権を無視して、随分といい思いをしてるじゃない?」
ソファの真横から、低い、それでいて艶やかな声が響いた。
志乃さんだ。
彼女は手に青白く放電するスタンガンを握り、その閃光で一瞬だけリビングを照らし出した。
「(み、御影さん……!?)」
「……朔君。……こんな野蛮な子供たちに押し潰されて、可哀想に。……私の部屋は、ここよりずっと静かで、……ずっと『いいこと』ができるわよ?」
「……おばさん、邪魔しないで。……今は私たちの時間なの」
雫乃が暗闇の中で、俺を抱きしめる力を強める。
「……主君。……外敵からの防衛。……このまま、密着を継続する」
翡翠が、俺の足を自分の足で絡め取る。
「(ヒィィィッ!! 全員ヤバい!! ここに『逃げ道』なんて一つもない!!)」
雨音だけが世界を支配する山奥の密室。
もはやランタンの灯りすら消えた暗闇の中で、五人のヒロインたちの独占欲が、一滴の理性の残り香もなく混ざり合う。
連休最終日の夜明け前。
月島 朔の貞操は、誰一人として譲る気のない『五等分の情欲』という名の嵐に、今まさに飲み込まれようとしていた。




