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32.星降る別荘の攻城戦と、五等分の深夜飯

外界から隔絶されたはずの山奥のログハウスは、常軌を逸した「愛と暴力」による強行突破を受けていた。


バババババババッ!!

上空を旋回する二機の軍用ヘリコプターから放たれる強烈なダウンウォッシュ(下向きの風)が、別荘の屋根を激しく揺さぶる。


窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げる中、正面の重厚なドアが、凄まじい衝撃と共に外側から蹴り破られた。


「朔ちゃああああん!! 迎えにきたよ! マジでこんな山奥まで逃げるなんて、朔ちゃんはホントに照れ屋さんなんだから!」


粉塵の中から現れたのは、フリルのついた可愛い割烹着姿に、愛用の『出刃包丁』を固く握りしめた幼なじみ――桃瀬ももせ 雫乃しずくのだ。


彼女は、山の麓からタクシーの運転手を包丁で脅して限界まで山道を走らせてきたのだろう。息一つ乱さず、暗闇の別荘に足を踏み入れた。


「私たち、ずっと一緒の幼なじみでしょ? 朔ちゃんが私以外の女の匂いさせてるなんて、絶対に許さないんだから。……そこの泥棒猫のおばさん、私の朔ちゃんから手離してくれる?」


「……おばさん、ですって?」


玄関に立ちはだかる御影みかげ 志乃しのの顔から、大人の余裕という仮面が完全に剥がれ落ち、絶対零度の怒りが張り付いた。


彼女は右手に持った高電圧スタンガンをバチバチと鳴らしながら、ヒールの音を響かせて一歩前に出る。


「子供はさっさと家に帰りなさい。ここはね、大人の時間なのよ。……少しばかり刃物を持ってるからって、大人を舐めると痛い目を見るわよ」


バチィッ!!


志乃さんがスタンガンを威嚇するように鳴らした、その瞬間。


パァンッ!!


という鋭い破砕音と共に、リビングの巨大な天窓が粉々に砕け散った。


「(ヒィィィッ!? 上から!?)」


俺、月島つきしま さくがリビングの隅で頭を抱えていると、ガラスの雨と共に、タクティカル・ロープを伝って銀色の影が降下してきた。


「……主君の安全確保、最優先。……障害となる敵性存在は、全て排除する」


暗視ゴーグルとタクティカル・シールドを構えた銀髪の騎士、三栗屋みくりや 翡翠ひすいだ。彼女は着地と同時にシールドを構え、志乃さんの死角へと音もなく回り込もうとする。


「……屋根から侵入なんて、野蛮極まりないわね。SP、制圧なさい」


さらに、完全に破壊された正面ドアから、レッドカーペットを踏みしめるようにして、絶対女王・若桜わかさ 葵依あおいが優雅に入場してきた。


彼女の背後には、ヘリから降下してきた数十人の黒服部隊が、一糸乱れぬ動きで別荘の周囲を完全包囲している。


「若桜財閥の力を舐めないことね。……朔、迎えに来たわ。あんな大人の女の庇護なんて必要ない。私があなたを、一生かけて『王』にしてあげる」


「あははっ。先輩たち、本当に派手で馬鹿みたいですねぇ」


葵依の言葉を遮るように、別荘の暖炉の煙突から、ススだらけになりながらも「完璧な天使スマイル」を顔に貼り付けた一年の腹黒後輩・小日向こひなた 巳波みなみが降りてきた。


「(煙突から!? サンタクロースのヤンデレ版かお前は!!)」


巳波は手にした巨大な金属バールを肩に担ぎ、ドス黒い炎を宿した瞳で志乃さんを睨みつけた。


「あたしは親友のめぐるちゃんからピンポイントで座標をもらってたので、一番乗りで煙突からお邪魔しようと思ってたんですけどぉ。……お姉さん、あたしの先輩に手を出したこと、骨の髄まで後悔させてあげますからぁ……」


幼なじみ(包丁)。女王(軍用ヘリ)。騎士(タクティカル突入)。後輩(潜伏&バール)。

そして、スタンガンを構えた大人の女(合法パトロン)。


「(……終わった。五つの致死量のフラグが、この狭いログハウスの中で完全に衝突クラッシュしている!)」


俺の視界の中で、ピンク、黄金、白銀、オレンジ、そして重紫色のフラグが混ざり合い、もはや直視できないほどのハレーションを起こしていた。


「チッ……鬱陶しいハエ共ね。まとめて黒焦げにしてあげるわ」


「朔ちゃんに近づいたら、全員ニンニクの肥料にしてあげる!」


「……閃光手榴弾スタングレネード、投擲準備」


「全員、私の前でひれ伏しなさい!」


「あははっ、まとめてぶっ潰してあげますねぇ!」


五人の殺気が限界点を突破し、別荘の中で全面戦争バトルロイヤルが始まろうとした、まさにその時だった。


「(……ダメだ。ここでこいつらを戦わせたら、この別荘ごと俺も確実に死ぬ! モブの平穏を取り戻すためには、この『狂乱の連鎖』を強制終了させるしかない!!)」


俺は、モブとしての生存本能と、これまでの家事スキルで培った『絶対的な主夫の覇気』を振り絞り、肺の底から絶叫した。


「全員、そこまでだああああああああああああああッ!!!!」


ビリビリビリッ! と、生き残っていた窓ガラスが震えるほどの俺の怒声。


そのあまりの気迫に、殺し合いを始めようとしていた五人のヒロインたちの動きが、ピタリと止まった。


「さ、朔ちゃん……?」


「……主君?」


五人の視線が一斉に俺に突き刺さる。


俺は立ち上がり、キッチンのカウンターをバンッ!と叩いて言い放った。


「若桜! ヘリの騒音で近所迷惑だ! 今すぐ空中で待機させろ! 桃瀬、その包丁は料理に使う神聖な道具だ、人に向けるな! 翡翠、土足で部屋に上がるな! 小日向、煙突の煤で床を汚すな! そして御影さん! 大人が高校生相手にスタンガンで本気にならないでください!」


俺の矢継ぎ早のモブ的(オカン的)な説教に、五人は虚を突かれたように目を瞬かせた。


「お前ら、深夜のカーチェイスやヘリの降下で、体力を使い果たしてアドレナリンが出まくってるだけだろ! 腹が減ってイライラしてるんだ!……全員、そこのテーブルに座れ!!」


俺は、志乃さんが大量に買い込んでいたスーパーの袋の中から、パスタの束と、ニンニク、鷹の爪、そしてオリーブオイルを引っ張り出した。


「今から俺が、全員分の『絶品・真夜中のペペロンチーノ』を作ってやる!! 食べ終わるまで、一切の武力行使は禁止だ! 破った奴の飯は一生作らないし、洗濯もしてやらないからな!!」


「(……言った! 言ってやったぞ! 完全に主夫の脅し文句だが、今のこいつらにはこれが一番効くはずだ!)」


俺の言葉に、五人のヒロインたちは顔を見合わせた。


「……朔ちゃんが、あたしのためにご飯を……? やっぱり朔ちゃんは、あたしのことが一番好きなんだね……」


「……王の、手料理。……SP、ヘリを上空五百メートルに退避させなさい」


「……主君の、命令。……シールド、パージ」


「あはは……。先輩がそこまで言うなら、待っててあげますねぇ」


「……ふふっ。朔君ったら、本当に家庭的で男らしいんだから」


五人の殺気が、嘘のようにスゥッと引いていく。


彼女たちは武器を下ろし、大人しく(互いに牽制し合いながら)リビングの巨大なダイニングテーブルへと着席した。


「(……勝った!! モブの圧倒的な家事力(オカン力)が、ヤンデレの殺意を凌駕した!!)」


俺は急いでキッチンのコンロに火をつけ、大鍋でお湯を沸かし始めた。


フライパンにたっぷりのオリーブオイルを敷き、スライスしたニンニクと鷹の爪を弱火でじっくりと加熱していく。


ニンニクの香ばしい匂いが、埃っぽかった別荘のリビングを満たしていく。


「(ペペロンチーノの極意は『乳化』だ。茹で汁とオイルを完全に一体化させ、とろみのある極上のソースに仕上げる……!)」


俺はパスタが茹で上がる直前に、デンプン質が溶け出した茹で汁をお玉一杯分すくい、ニンニクの香りが移ったオイルの入ったフライパンへと投入した。


ジュワァァァッ!という音と共にフライパンを素早く揺すり、水分と油分をかき混ぜる。黄金色に濁った、とろみのある完璧な乳化ソースの完成だ。


そこにアルデンテに茹で上げたパスタを絡ませる。


「お待たせしました。月島特製・深夜のペペロンチーノです」


大皿に盛られたパスタをテーブルの真ん中にドンと置くと、五人のヒロインたちの喉がゴクリと鳴った。


深夜の疲労困憊の身体に、ニンニクとオイルの暴力的な香りは、どんな高級料理よりも抗いがたい魅力を放っているのだ。


「……いただきます!」


五人が一斉にフォークを伸ばし、パスタを口に運ぶ。


「んんっ!! なにこれ、めっちゃ美味しい! ニンニクのパンチ効いてるし、朔ちゃんの愛が詰まってる!」


「……悔しいけれど。三ツ星レストランのシェフにも出せない、悪魔的な中毒性があるわね……」


「……主君のエネルギーが、細胞の隅々に行き渡る。……最高」


「あははっ、先輩の匂いが体中に入ってきますぅ……」


「……やっぱり、朔君のご飯は最高ね。ずっと私のためだけに作ってくれればいいのに」


五人のヒロインたちが、一つのテーブルで、俺の作ったパスタを無心で頬張っている。


先ほどまでの殺し合いが嘘のような、奇妙でシュールな平和がそこにはあった。


俺はキッチンに立ち、その光景を眺めながら、深く、深く息を吐いた。


「(……なんとか、最悪の事態は免れた。これで少しは冷静になってくれるはずだ)」


だが。


お腹が満たされた彼女たちが、次に何を求めるか。


「愛するモブの手料理」を独り占めしたいという凄まじい独占欲が、一時休戦の後にさらなる大爆発を起こすことに、俺はまだ考えが至っていなかった。


連休の終わりまで、あと一日。


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