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30.深夜のデスドライブと、空飛ぶ修羅たち

俺、月島つきしま さくを乗せた黒のSUVは、深夜の高速道路を制限速度ギリギリの猛スピードで駆け抜けていた。

オレンジ色に光るトンネルの照明が、等間隔で車内を照らしては後方へと飛び去っていく。


運転席には、リラックスした表情でハンドルを握る大人の女性――御影みかげ 志乃しの


「……ふふっ。夜のドライブって、なんだかロマンチックよね。ねえ、朔君。眠かったら助手席倒して寝てていいわよ? 起きたら、私たちの『新しいおうち』に着いてるから」


志乃さんは、狂気の逃避行の真っ最中だというのに、まるで深夜のデートでも楽しんでいるかのような甘い声を出した。


「(寝られるかぁぁぁっ!! ここで寝たら、次に目を覚ました時には確実にモブの高校生から『山奥に囲われた大人のツバメ』にジョブチェンジしてるだろ!)」


俺はシートベルトを両手で強く握りしめ、冷や汗を流しながらバックミラーを凝視した。

後方には、俺たちを追走する数台のヘッドライトが見える。一般車両の数倍のスピードで、確実に距離を詰めてきている。


「み、御影さん! 後ろから何台か来てます! 絶対に若桜の追手です!」


「……ああ、しつこい子供たちね。門限があるってこと、教えてあげないと」


志乃さんは気怠げにため息をつくと、シフトレバーを操作し、アクセルをさらに深く踏み込んだ。

SUVのエンジンが野獣のような咆哮を上げ、深夜のハイウェイで信じられないほどの加速を見せる。


「(す、すごい運転技術だ……! ただのズボラなお姉さんじゃないのか!?)」


だが、相手は国家予算規模の財力を持つ若桜財閥の精鋭部隊。

後方の黒塗りの車列から、一際巨大な『装甲車』のような漆黒のリムジンが、他の車を蹴散らすようにして先頭に躍り出た。


『――前方を走る黒のSUV! 今すぐ左に寄せて停車しなさい! 従わない場合、実力行使に移るわよ!』


リムジンに搭載された外部スピーカーから、絶対女王・若桜わかさ 葵依あおいの激怒した声が、高速道路に響き渡った。


「(高速道路で実力行使!? 装甲リムジンで体当たりする気か!? ここは日本の高速道路だぞ! 映画の撮影セットじゃないんだ!)」


俺が絶叫しかけた、その時。


『……あははっ。若桜先輩、遅いですよぉ。あたしはもう、助手席の先輩の顔、見えてますからぁ』


突然。

俺たちの乗るSUVの『カーナビの画面』がノイズと共にブラックアウトし、不気味なオレンジ色の光を発し始めた。

そして、車のスピーカーから、一年の腹黒後輩・小日向こひなた 巳波みなみの猫撫で声が響いたのだ。


「なっ!? 小日向!? なんでカーナビからお前の声が!」


『先輩のスマホのGPSなんて、とっくにハッキング済みですぅ。……それと、そのお姉さんの車の制御システムも、今あたしの知り合いに手伝ってもらってて、ドアロックを無効化するところですよぉ』


カチャッ。

巳波の言葉と同時に、SUVの全てのドアロックが自動で解除される音がした。


「(ハッカー!? お前の知り合いハッカーなのか!? もう何でもありかよ!)」


「……チッ。生意気な小娘ね」


志乃さんが舌打ちをし、手動でドアロックをかけ直そうとした、まさにその瞬間だった。


ドスゥゥゥンッ!!!!


俺たちの走るSUVの『屋根』に、上空から何かが激突したような、重い衝撃音が走った。


「な、なんだ!?」


「……っ!」


『……ルーフ上の安全確保、完了。これより、主君の救出、および運転手の排除を開始する』


屋根の上から聞こえてきたのは、風切り音に混じる、氷のように冷たい無機質な声。

銀髪のクール騎士・三栗屋みくりや 翡翠ひすいだ。


「(ひ、翡翠!? 高速道路を時速百キロ以上で走る車の屋根に、どうやって飛び乗ったんだ!? まさか本当にパラシュートで降下してきたのか!?)」


ギリ……ギリギリッ……!

屋根の上の翡翠が、タクティカル・ナイフを車の鉄板に突き立て、それを支点にして助手席側の窓へと這い降りてこようとする音が響く。


「朔ちゃん!! そこにいるのね!! 今行くからねえええええええ!!」


さらに、真横に並走してきたタクシー(おそらく雫乃が包丁で運転手を脅して)の窓から、身を乗り出した桃瀬ももせ 雫乃しずくのが、出刃包丁を俺たちの窓ガラスに向かって振りかぶっている。


右からは包丁を構えた幼なじみ。

上からはナイフを突き立てる銀髪騎士。

後ろからは装甲リムジンの絶対女王。

そしてシステムを掌握する腹黒後輩。


「(アカン!! モブの命がいくつあっても足りない!! どう考えてもここで死ぬ!!)」


俺は両手で頭を抱え、座席の上でダンゴムシのように丸まった。


だが、運転席の志乃さんは、四方八方からの死の包囲網を前にしても、口元に『妖艶で冷酷な笑み』を浮かべていた。


「……子供の遊びは、ここまでよ」


志乃さんは、足元のブレーキペダルを、一瞬だけ「ガンッ」と強く踏み込んだ。


キキィィィィィィィンッ!!!!


タイヤが激しいスキール音を上げ、時速百キロの車体が急激に減速する。

並走していた雫乃のタクシーが、あっという間に前方にすっ飛んでいく。


『……っ!? 慣性制御、失敗……!』


そして、屋根に張り付いていた翡翠も、急ブレーキの慣性の法則に逆らえず、前方のフロントガラス越しに、夜の高速道路へと放り出された。


「ひ、翡翠いいいいいいっ!?」


俺は絶叫したが、翡翠は空中で見事な受け身を取り、背中に背負っていたパラシュートの予備ワイヤーを後続のトラックの荷台に引っ掛けて、事なきを得ていた。


「……捕まってて、朔君。振り切るわよ」


急ブレーキの直後、志乃さんはステアリングを限界まで左に切り、そのまま強引なドリフトで高速道路の出口へと車体を滑り込ませた。


『逃がさないわ! SP、全車追従しなさい!』


後方の葵依のリムジンも、火花を散らしながら突入してくる。


ETCゲートをギリギリの速度で突破し、車は一般道へ。

そこは、街の喧騒から遠く離れた、街灯一つない真っ暗な山道への入り口だった。


「(山道……!? このままじゃ本当に、誰も来ない山奥の別荘に監禁されてしまう!)」


「……あはは。お姉さん、無駄ですよぉ」


カーナビから、再び巳波の笑い声が響く。


『そこから先の山道は一本道です。……後ろの若桜先輩の車列に追いつかれるのも、時間の問題ですねぇ』


「……そうかしら?」


志乃さんは、真っ暗な山道に入った瞬間、車の『ヘッドライトを完全に消灯』した。


「(なっ!? 御影さん、ライトを消したら前が見え……!!)」


だが、志乃さんは暗闇の中で、一寸の迷いもなくハンドルを右に切った。

そこは、ガードレールが途切れ、木々が鬱蒼と生い茂る、地図には載っていない「獣道(林道)」の入り口だった。


ガサガサガサッ!!

SUVは木の枝をなぎ倒しながら、舗装されていない泥道を、ヘッドライトを消した完全な暗闇状態ステルス・モードで駆け上がっていく。


「(なんでこの人は、ライトなしでこんな山道を走れるんだ!?)」


「……ここは、私の庭よ。子供の頃から、家の別荘に行く時に何度も通った裏道。……ナビにも、衛星のカメラにも映らない、完全な死角」


志乃さんの気怠げだった横顔は、暗闇の中で、恐ろしいほどの執着を帯びた「魔女」のそれへと変貌していた。


「……これで、ようやく二人きりになれたわね。朔君」


ドクンッ、と。

俺の心臓が、恐怖で跳ね上がった。


ヒロインたちの追撃の音は、すでに聞こえない。

巳波のハッキング音声も、深い山の電波障害によって「ザザッ……」とノイズに呑み込まれて消えた。


外界から完全に隔離された、暗闇の山道。

隣にいるのは、俺を一生飼い殺しにするために、自らの社会的地位すら投げ打って逃避行を強行した、大人の女性。


「……朔君。もう、誰も来ないわ。……君の平穏は、私が一生守ってあげる」


志乃さんの手が、ハンドルから離れ、俺の首元へと伸びてくる。

その手はひんやりと冷たく、しかし逃げ場のない蜘蛛の糸のように、俺の肌に絡みついた。


連休三日目の深夜。

狂乱のカーチェイスの末に、月島朔が辿り着いたのは、ヒロインたちの暴力が及ばない、絶対的な静寂と狂気に満ちた「大人の隔離病棟」。


俺のモブとしての青春は、この真っ暗な山奥で、永遠に幕を閉じてしまうのか。


絶望のドライブは、逃げ場のない終着点へと、ゆっくりと音もなく進んでいくのであった。

もう…いいよね……

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