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14.静寂の図書室

旧体育館裏での硬球キャッチ(指二本)という無意識のモブ防御により、腹黒な1年後輩・小日向こひなた 巳波みなみを「潜伏型のガチ恋チョロイン」へと強制クラスチェンジさせてしまった昼休み。


午後の授業が終わり、放課後。

俺、月島つきしま さくは、学園の特別棟の最奥にある『図書室』へと逃げ込んでいた。


「(素晴らしい。本が紫外線を嫌うように、俺もヒロインたちの視線を嫌う。ここは俺のような陰の者にふさわしい、究極のシェルターだ)」


俺は図書室の一番奥、分厚い百科事典が並ぶ棚の裏側にある「完全なる死角」に陣取り、適当な小説を開いた。

よし、完璧だ。幼なじみの桃瀬ももせ 雫乃しずくのは今頃、家庭科部で致死量の砂糖を煮詰めているだろうし、絶対女王・若桜わかさ 葵依あおいは生徒会室で学園の支配計画を練っているはずだ。


「……朔。見つけた」


「(ゲェェェッ!!)」


俺の背筋が凍りついた。

本棚の隙間から、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳が、ジッとこちらを覗き込んでいたのだ。

図書委員の腕章をつけ、カートに返却本を乗せた銀髪の美少女・三栗屋みくりや 翡翠ひすいである。

ピコーン……。

静かな図書室に、彼女の頭上から微かな、しかし確かな電子音が鳴る。


『誰もいない図書室の奥で、二人きりの秘密の読書タイム。本を取ろうとして手が重なり、静寂の中で互いの鼓動だけが響き渡る【王道・図書室の密着フラグ】』


「(しまった! こいつ、図書委員だった! なんで俺は自ら敵のテリトリー(本拠地)に飛び込んでしまったんだ!!)」


翡翠は無表情のまま、しかし頬をほんのりと赤く染めながら、ゆっくりと俺のいる棚の裏側へと回り込もうとしてきた。

彼女の萌え袖の手が、俺の隣にある百科事典へと伸びてくる。狙っている! 完全に「手が触れ合うイベント」を狙ってきている!

俺が逃げ出そうとした、まさにその瞬間だった。


「あっ! 三栗屋先輩っ! お疲れ様ですぅ!」


タタタタッ! と、図書室にあるまじき軽快な足音が響き、翡翠の背後から「オレンジ色の影」が飛び出してきた。


「……ッ!?」


翡翠がビクッと肩を揺らす。

そこに立っていたのは、太陽のようなパーフェクト・エンジェルスマイルを浮かべた1年の小日向 巳波だった。


「1年の小日向でーす! あのぉ、課題で使う『中世ヨーロッパの甲冑の歴史』についての本を探してるんですけどぉ、図書室広すぎて迷子になっちゃって……。図書委員の先輩、手伝ってくれませんかぁ?」


巳波は、少し困ったような表情で小首を傾げ、完璧な「可愛い後輩」の演技で翡翠にお願いをした。


「(……小日向!? なんでこいつがここに!)」


翡翠は俺の方をチラリと見た後、少し不機嫌そうに巳波へと向き直った。


「……私、今、少し手が離せない」


「ええーっ、そんなこと言わずにぃ! 明日までの課題なんです! お願いします先輩〜っ!」


巳波が翡翠の腕を掴んで、グイグイと強引に反対側の通路へと引っ張っていく。

図書委員という立場上、真っ当な生徒の質問を無下にできない翡翠は、渋々といった様子で巳波に連行されていった。


「……わかった。……歴史のコーナーは、あっち……」


「(助かった……! 小日向のやつ、計算尽くで俺のピンチを救ってくれたのか!)」


俺はホッと胸を撫で下ろし、二人が遠ざかったのを見計らって、図書室から脱出しようと立ち上がった。


――トンッ。

突如、俺の背中がドンッと壁(本棚)に押し付けられた。

そして、目の前に「オレンジ色の髪」がフワリと舞う。


「(なっ……!?)」


薄暗い本棚の隙間。俺の至近距離に立っていたのは、たった今、翡翠と一緒に別の通路へ行ったはずの巳波だった。


「シーッ。声出さないでくださいね、先輩」


巳波は悪魔のような笑みを浮かべ、俺の口を柔らかい手で塞いだ。


「あっちの先輩には『あ、本自分で探してみます!』って言って、ダッシュで戻ってきたんですよぉ。……どうでした? あたしの完璧なアシスト」


「(こ、こいつ……! 完全に他のヒロインの目を盗んで、俺にだけ接触してきやがった!)」


外面は無害な天使を演じて翡翠の警戒を解き、その裏でピンポイントに俺を狙う。これが、巳波の選んだ「潜伏型のガチ恋ミッション」なのだ。

幅30センチしかない本棚の隙間。当然、俺と巳波の身体は密着している。

制服とスパッツに隠されていて気づかなかったが、この1年、とんでもなく発育がいい。俺の胸板に、彼女の柔らかい双丘が押し付けられている。


「あたしが、先輩をあの女から隠してあげました。……ねえ、先輩」


巳波の瞳が、暗がりの中でトロンと潤んだ。

朝に見せた打算的な顔とは全く違う。ただ一人のオスに恋焦がれる完全なる「メス」の顔だ。


「……ご褒美、くれませんか? あたし、ずっと先輩の匂い、嗅ぎたかったんです……」


ピコーン!!!!!!

俺の網膜に、耳をつんざくような爆音フラグが成立した。

巳波が、目を閉じて、俺の首元に唇を寄せようとしてくる。


「(アカン!! 匂いを嗅ぐとかいいつつキスする気満々だろ!?)」


「えっ……んむっ!?」


巳波がキスをしたのは、俺の首筋ではなく、俺が一瞬の早業で脱ぎ捨てて丸めた「指定のブレザー(上着)」だった。


「ぷはっ! せ、先輩!?」


巳波が目を開けた時、俺はすでにYシャツ姿になり、本棚の隙間をすり抜けて猛烈なダッシュを開始していた。


「悪い小日向! そのブレザーはやる! 好きに匂いを嗅いどいてくれ!」


俺は図書室の出口へと音もなく駆け抜け、夕陽の差す廊下へと脱出した。


「(俺のブレザーが一つ犠牲になったが、命と唇は守り抜いた……!)」




一人残された巳波は、俺のブレザーを顔に押し当てて、スーハー、スーハーと深呼吸を繰り返す。


「……あ、小日向さん。甲冑の本、見つかった?」


別の通路から戻ってきた翡翠が、声をかける。

巳波は一瞬で「パーフェクト・エンジェルスマイル」を顔に貼り付け、ブレザーを自分のカバンの中にサッと隠した。


「はいっ、三栗屋先輩! おかげさまで見つかりましたぁ! ありがとうございますっ!」


「……そう。それなら、よかった」


翡翠は何も疑うことなく、再び静かな図書室へと戻っていく。

巳波は、翡翠の背中を見送りながら、カバンの中のブレザーを撫でて、ドス黒く、そして甘い笑みを浮かべた。


「…………絶対に、あたしだけのものにしてみせるから」


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