10.強制部活動勧誘・大戦(ハーレム・ウォー)
「キーンコーンカーンコーン……」
放課後を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間。
俺は自分の【主人公席】から、陸上のスプリンターもかくやという完璧なクラウチングスタートの姿勢をとっていた。
目指すは教室のドア、そして昇降口、からの実家(セーフティエリア?)への直帰だ。親に借金のない平凡な家庭の息子として、帰宅部という最も堅実なステータスを守り抜かなければならない。
「よーい、ド――」
「朔ちゃん! 逃がさないよ!」
俺が床を蹴ろうとした瞬間、首根っこをガシッと掴まれた。
振り返ると、フリフリのピンク色のエプロンを身につけた幼なじみ・桃瀬 雫乃が、片手にタッパーを持って立ちはだかっていた。
「さあ朔ちゃん、あたしと一緒に『家庭科部』に入ろう! 今日の部活のテーマは『愛情たっぷり・致死量ニンニク入りスタミナハンバーグ』だよ! 朔ちゃんの胃袋、あたしが一生管理してあげる!」
「(胃袋の管理じゃなくて胃粘膜の破壊だろ! 朝の紫色の卵焼きの時点で俺の防衛本能は限界なんだよ!)」
ピコーン!
雫乃の頭上に、【胃袋を掴んで離さない・新妻エプロンフラグ】が元気よく飛び出す。
「家庭科部? くだらないわね。朔の胃袋を満たすのは、若桜財閥の三ツ星シェフだけで十分よ」
教室の前のドアが「バンッ!」と勢いよく開き、レッドカーペットと共に絶対女王・若桜 葵依が歩み入ってきた。彼女の背後には、なぜか甲冑を着たSPたちが控えている。
「朔。あなたは私の『生徒会・特務制圧部隊(ただの葵依の私兵)』に入りなさい。活動内容は、私の隣でお茶を飲むことと、私の敵をひたすら蹴り飛ばすことよ。部費として毎月100万円支給するわ」
「(部費の概念が狂ってる! それはもうただの傭兵契約だ!)」
ピコーン!
葵依の頭上に、【権力と財力で彼を囲い込む・絶対女王の契約フラグ】が重々しい音を立てて顕現する。
「……二人とも、朔を困らせないで」
そして、俺の隣の席。
静かに帰り支度をしていた銀髪の美少女・三栗屋 翡翠が、ゆっくりと立ち上がり、俺の制服の袖をちょこんと摘んだ。
彼女の腕には『図書委員』の腕章が巻かれている。
「……朔。私、今日から図書委員になったの。……でも、高いところにある本が、届かなくて」
翡翠は透き通るようなエメラルドグリーンの瞳で俺を見上げ、ほんのりと頬を桜色に染めながら、萌え袖で口元を隠して言った。
「……だから、私の『不器用な騎士様』に、手伝ってほしくて。……私と一緒に、静かな図書室で、過ごしてくれないかな」
「(うっ……! 正統派の破壊力! だが騙されるな、お前のその『騎士様設定』が一番重たいんだよ!)」
ピコーン!
翡翠の頭上に、【放課後の静寂を共有する・二人きりの図書室フラグ】が美しく光り輝く。
「さあ、朔ちゃん! エプロンつけて!」
「朔、この入部届(婚姻届付き)にサインなさい」
「……朔。一緒に行こう、静かな場所へ」
「…………ッ!!!」
俺は完全に包囲された。
右からエプロン、左から婚姻届、そして正面から正統派の図書委員勧誘。
教室に残っていた他の男子生徒たちは、「あいつ、もう殺していいかな」「俺たちの青春を返せ」という血走った目で俺を睨みつけている。
このままでは、どの部活に入っても(あるいは全部に入らされても)、俺の平穏なモブライフは完全に終了する。
どうする? 言葉で説得できる相手ではない。ならば、物理的にこの包囲網を突破するしかない!
「(やるしかない! 俺のモブとしての意地を見せてやる!)」
俺は両手を大きく広げ、額の横にピタリと添えた。
「な、なにをする気……?」
「朔ちゃん……?」
三人のヒロインが、俺の奇妙なポーズに一瞬だけ動きを止める。
その刹那。俺は全身の筋肉を硬直させ、教室の窓から差し込む夕陽を背に受けながら、腹の底から絶叫した。
「○陽拳ッッッ!!!」
パァァァァァァァァァン!!!!!
俺の額から眩い光が……放たれるわけはないのだが、俺の絶叫に驚いたSPの一人が、持っていた銀色のトレイをうっかり落とし、それが夕陽を完璧に反射して、三人のヒロインの目を強烈に射抜いたのだ!
「きゃあっ!? ま、眩しいわ!」
「目、目がぁぁぁっ! 朔ちゃん、目がぁぁぁっ!」
「……っ! これが、朔の……秘められた光の力(※ただの反射)……!」
「(今だッ!!)」
三人が目を押さえて怯んだ一瞬の隙を突き、俺は教室を飛び出した。
「月島朔を逃がすな! 学園の全ての出口を封鎖しなさい!」
背後から、視力を奪われた葵依の怒号が響く。
「朔ちゃん! どこー!? あたしと一緒に帰ろー!」
「……朔。逃がさない……私の、騎士様……」
学園中に追手が放たれ、廊下はさながらパニック映画の逃走劇と化した。
俺は一階の昇降口を諦め、あえて誰も追ってこないであろう旧校舎の階段を駆け上がった。
息を殺し、足音を消し、開かずの屋上へと続く踊り場へ――。
(……ここまで来れば、さすがの連中も追ってこないだろう)
冷たいコンクリートの床に座り込み、深くため息をつく俺。
――続く




