鉄板の組み合わせ
「やるじゃん、瀧澤! さっき詩葉をナンパしてきた上級生から助けてくれたんでしょ?」
茅野小瑠璃に声をかけられたのは、ビニール袋を片手に教室に入ってすぐのことだった。
振り向けば、望月と目が合い、彼女はぺこりと頭を下げてみせた。
この様子だと無事にこっちまで戻ってこれたみたいだな。
周囲の生徒(※主に男子)から視線が向けられるのを感じつつ、「まあ、一応」俺は短く頷く。
「流石に見て見ぬ振りはできなかったからな。当然のことをしたまでだよ。多分、あの場に居合わせたら誰だってそうするだろうし」
少なくとも望月に好意を寄せる男子であれば、打算込みだとしても俺みたいに動いたはずだ。
彼女にアピールする折角の好機をみすみす逃すという選択肢はないのだから。
「それより……よかったら、これ食うか?」
言って、俺は望月に歩み寄り、購買で買ってきた二種類のパンをビニール袋から取り出して望月の前に差し出す。
「へ?」
「購買に行こうとしてたってことは、何か飯買おうとしてたんだろ。流れとはいえ邪魔しちゃったからな。口に合うか分からないけど、食うなら好きな方を選んでくれ」
パンを二つ買ってきたのは、購買に行ったのはあくまで自分の買い物ついでだ、という意図を周りに強調するため。
もう一つは単純に望月の好みが分からなかったからだ。
なので、一つは無難なやつにして、もう一つは朝陽の記憶からチョイスした。
そして、そのせいで茅野と青山には苦笑された。
「菓子パンと惣菜パンって……瀧澤、あんた、すごいセンスしてんね……」
「これは……うん、系統が違いすぎて逆に選ぶのに困っちゃうかも」
俺が買ってきたのは、オーソドックスな焼きそばパンとあんバターがサンドされたコッペパンだ。
ちなみに言うまでもないが、後者が朝陽の記憶を頼りにして買ったものである。
——ついでに言うと、こっちが先に選んだものでもあった。
なんなら見つけた瞬間、真っ先に手を伸ばしていたまであった。
「変なセンスで悪かったな……」
ぶっきらぼうに呟く傍らで望月は、目を瞬かせて二つのパンを見つめていたが、やがて懐かしむように唇を撓ませ、
「……ありがとうございます。それでは、こちらを頂きますね」
迷うことなくあんバターサンドを手に取った。
それを見た茅野と青山は意外そうな顔をしていたが、俺からすれば納得の結果だった。
何せ、あんバターサンドは、月詠の好物だったから。
朝陽と月詠が暮らしていた地域には、デカくて安いと有名な老舗のパン屋があり、月詠はそこのあんバターサンドを好んで食べていた。
まあ、その理由に家があまり裕福ではなかったって背景もあるのだが、それでも病気が進行して一切の食事が摂れなくなるまでよく母親にねだっていた。
——尤も購買に置いてあったのは、そことは別のメーカーのものだったわけだけど、そこに関しては目を瞑ってもらうとしよう。
流石にご当地グルメに分類されるような商品が、別の地方にある高校の購買で売ってあるわけがないしな。
「っと、そうだ。それならこいつも一緒にどうぞ」
それから俺はビニール袋からパックの牛乳を取り出し、望月の目の前に置く。
あんバターサンドに合わせるつもりで買っておいたものだ。
もし、望月が焼きそばパンを選んでいたら俺が飲むつもりだったが、もうその必要はないようだ。
「いえ、そこまでしてもらうわけには——」
「あんパンには牛乳が絶対、だろ」
「……っ!」
遮るように言えば、望月の瞳が大きく見開いた。
息を呑み、数瞬だけ俺を見つめると、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「……そう、でしたね」
「だろ」
この様子だと俺の意図はちゃんと伝わったようだ。
俺も小さく笑い返して、選ばれなかった焼きそばパンを回収する。
こいつは弁当と一緒にゆっくり食べるとしよう。
「じゃあ、そういうことだから」
用件が済んだところで俺は、足早に自分の席に戻る。
さっきから周りの男子生徒の視線が突き刺さって落ち着かないし、これ以上ぐだぐだ話していると何を言われるか分からない。
そうなる前にさっさと退散させてもらうのが賢明だろう。
「あんパンと牛乳って、なんてベタな……。ていうか、いつの時代の組み合わせよ」
「平成……ううん、昭和?」
後ろから茅野と青山の苦笑、それと望月の少し反応に困ったような相槌が聞こえてくる。
自分の席につきながら、俺も苦笑混じりに朝陽の記憶を掘り起こす。
——昔も似たようなやり取りをしてたな。
『月詠って、毎回それと一緒に牛乳を合わせて飲んでるよな。ずっとそれで飽きないのか?』
『何を言ってるの、お兄ちゃん。あんパンには牛乳が絶対なんだよ!』
『それ刑事ドラマの影響だろ。それも夕方に再放送してる昔のやつの』
望月も同じようなこと思い出しているのかな。
なんて頭の片隅で考えつつ、俺は焼きそばパンの包装を外し、そのまま齧り付いた。




