大きな変化と小さな気づき
「おはよ、滝澤くん! 昨日はありがとね。本当に助かったよ」
「……おう、どういたしまして。あの後、ちゃんと飯食って寝たか?」
「うん、ちゃーんと滝澤くんの言いつけを守ったよ。どう、偉い?」
言って、望月は自身の頭をこちらにずいっと近づける。
それに反応して半ば反射的に右手が伸びそうになったが、
「、っ!!」
ぐっと堪えて、すぐさま左手で右腕を押さえつけた。
——あぶなっ!
俺、今何をやらかそうとしてた……!?
あまりに無意識且つ自然な流れでやろうとした己に対して戦々恐々とする一方で、望月は不服そうな眼差しを俺に向けてむぅと唇を尖らせる。
「もう、遠慮しなくていいのに。昔はよくやってくれてたでしょ。偉いぞ、月詠——って」
「それ、昔の意味が違うだろ……」
兄妹だった頃はともかく、今は他人同士なんだ。
向こうからせがまれたとしても、おいそれと応じるわけにもいかない。
——というか、やっぱりそういうことだよな。
改めて確信する。
望月詩葉は、月詠の記憶を持ち合わせている。
普段の話し方から一転して敬語が砕けているのも、言葉の端々に月詠を感じるのも、ほぼ間違いなくそれが起因していると見るべきだろう。
(……いい加減、はっきりさせておくべきだよな)
互いに認識をすり合わせておいた方が今後の関係や振る舞いをどうするべきかを決めやすくなるはず。
腹を括り、俺は望月に率直に訊ねる。
「なあ、単刀直入に訊くけどさ。望月も前世の記憶……みたいなのがあるってことでいいんだよな?」
流れる数瞬の沈黙。
望月は柔らかく目を細めてこくりと頷いた。
「……今まで誰にも言ったことはなかったんだけど、物心がついた頃にね。大切にしていた物の収納場所を思い出したみたいに自覚するようになったんだ」
「そこも俺と一緒か」
俺も望月と同じような感覚で朝陽の記憶の存在に気づいた。
生まれた時から記憶があったわけではないと考えると、俺も望月もあの兄妹の生まれ変わりであったとしても完全な同一人物というわけではなさそうだ。
だとしたら、自己認識や思考、人格とかが全て合致しているはずだし。
……まあ、少なからず前世に影響を受けている部分は何かしらあるんだろうけどな。
胸中で呟きつつ、
「あともう一つ訊くけどさ」
俺は再び望月に質問する。
「前世のことはどこまで憶えている?」
すると、望月は微笑を湛えたまま、ほんの少しだけ哀愁を漂わせて目を伏せた。
「生まれた頃から——最期まで、全部。病院のベッドで朝陽お兄ちゃんがずっとわたしの手を握りしめてくれていたこと、その温もり、今もはっきりと憶えているよ」
「……そうか」
その時の光景は、俺の——朝陽の記憶にも強く焼き付いている。
吹雪が荒れに荒れた年の瀬の夜だった。
記憶の内容も一致しているとなると……そろそろ結論づけても構わないよな。
——俺と望月は前世で兄妹関係だった、と。
我ながら普通に馬鹿げた結論だと思う。
けれど、昨日から続く一連の流れの理屈を説明するには、もうこれ以外考えられない。
まあ、それはそうと——、
「まさか月詠の生まれ変わりが望月だったとはな……」
「それはこっちのセリフだよ。まさか滝澤くんがお兄ちゃんの生まれ変わりだなんてちっとも想像がつかなかったよ」
「まあ、今まで接点皆無だったし、俺と朝陽とじゃ人間がまるっきり違うからな」
自分で言うことではないのだが、男の俺から見ても朝陽はイケメンの部類に入っていた。
まあ美少女だった月詠の兄貴である時点で、美形であることは当然といえば当然なのだが。
中学、高校を通して結構モテていた——尤も、誰一人とも付き合うことはなかったが——みたいだし、ロクに友達のいない俺とは大違いだ。
しかし、望月は本気で首を傾げる。
「そうかな? わたしからすればそんなに変わりないと思うけど」
「そう見えるのは前世補正が入ってるからだろ。俺は朝陽ほどできた人間じゃねえよ」
俺としては事実を述べただけのつもりだったのだが、
「それは卑下し過ぎ。少なくとも、昨日声をかけてくれた時のきみはお兄ちゃんそのものだったよ」
あと、度を過ぎた謙遜は却って良くないよ。
そう付け加えて、望月は頬を膨らませて俺にぐいと近づいた。
大きくつぶらな瞳が俺を間近で捉えた。
(ち、近い……!)
あまりの至近距離に俺は彼女から顔を逸らし——すぐに戻す。
——ようやく気づいた、違和感の正体。
俺は望月に体を向き直し、指摘する。
「望月、お前……まだ体調戻りきってないだろ」




